第067話:白石さんvs氷の女王! 深層の胃袋争奪戦
第40階層のボス部屋を不法占拠し、トールの圧倒的な『気』とイシュラーナのハッキングによって錬成された超高級リゾート別荘。
その週末、魔道具研究会の面々は、ついにこの秘密の城へ『最重要VIP』を招待していた。
「わぁぁっ! パパの新しいおうち、すっごく広くてピカピカ!」
結衣ちゃんが、光る鉱石の間接照明に照らされた広大なリビングを駆け回り、窓の外に作られた源泉かけ流しの魔道露天風呂を見て大はしゃぎしている。
「こ、これがダンジョンの深層……!? 信じられません……。ペントハウス以上に素晴らしい設備が揃っているなんて……っ」
白石さんは、別荘の奥に鎮座する『最新鋭・魔道システムキッチン』を前に、完全に言葉を失っていた。
土属性の高純度魔石を動力とした、火力調整自由自在の魔道IHコンロ。火属性と氷属性の積層魔石を組み合わせた、巨大な魔道チルド冷蔵庫。さらには、清らかな地下水脈から直接引かれた超高純度のミネラルウォーターサーバーまで完備されている。
「……うむ。これで白石殿の料理の効率が上がり、俺の飯のストック場所も確保できた。存分に使ってくれ」
新設されたフカフカの特大ソファーに深く腰掛け、佐藤通が満足げに頷いた。
「ありがとうございます、佐藤様! こんなに素晴らしいキッチンを使わせていただけるなんて、お料理のしがいがあります!」
白石さんがパァッと顔を輝かせ、気合を入れるようにエプロンの紐をキュッと結び直す。その拍子に、大人の女性特有の『圧倒的で暴力的なまでの双丘』が、エプロン越しにブルンッと豊満な揺れを見せた。
『ギャアアアアアッ! 白石殿の気合いのエプロン締め! 圧倒的なバブみ(母性)と色気の暴力ですわーーッ!!』
トールの胸ポケットでイシュラーナが狂ったように無音シャッターを切る中。
「……お待ちになって、白石さん」
凛とした声と共に、もう一つの影がキッチンへと足を踏み入れた。
淡い水色の、可愛らしいフリルがあしらわれたエプロン姿。神宮寺氷華(氷の女王)であった。
「あら、氷華ちゃん? そのエプロン、とっても似合っていて可愛いわね」
「ふふん、ありがとうございますわ。……ですが今日、この素晴らしいキッチンでトールくん(と皆)の胃袋を満たすのは、わたくしですの!」
ビシッ! と氷華が白石さんに向けてお玉を突きつけた。
あの文化祭の夜、お父様から『花嫁修業プロジェクト』を命じられて以来、氷華は三ツ星シェフの地獄のしごきに耐え、夜な夜な包丁とフライパンを握り続けてきたのだ。
「今日こそ、わたくしの特訓の成果を見せつけ……トールくんの胃袋を完全に掌握してみせますわ!」
「まあ……! 氷華ちゃん、お料理の特訓をしていたのね。ふふっ、それじゃあ今日は、二人で佐藤様たちに美味しいものを作りましょうか」
宣戦布告に対して、白石さんは余裕たっぷりの(そして全く悪気のない)慈愛の笑顔で応じた。
* * *
数十分後。
別荘の広大なダイニングテーブルには、二つの「極上のメインディッシュ」が並べられていた。
「お待たせしました! わたくしの特製、『深層キノコと夏野菜の極上クリームシチュー』ですわ!」
氷華がドヤ顔で差し出したのは、彼女が道中で一生懸命採取した深層のレアキノコをふんだんに使った、具沢山のシチューだった。野菜の切り方は少し不格好だが、ルーからはバターとミルクの優しく甘い香りが漂っている。
「そしてこちらが、『極上霜降りオーク肉の特製・焦がしチーズインハンバーグ』です。熱々ですから気をつけてくださいね」
白石さんが並べたのは、第30階層でストックしておいたオーク肉を叩いて作った、爆弾のような巨大ハンバーグだった。ナイフを入れる前から、濃厚なデミグラスソースと肉の焼ける匂いが、暴力的なまでに食欲を刺激してくる。
「……」
トールは真顔のまま、左右に並べられた二つの料理と、エプロン姿の二人の女性を交互に見比べた。
「さあ、トールくん! わたくしのシチューから食べてみてくださいな!」
「佐藤様、ハンバーグはお肉が冷めないうちにどうぞ」
氷華の指先には、包丁で切ってしまったのか、小さな絆創膏がいくつか貼られている。トールはそれに気がつくと、まず氷華のシチューをスプーンで掬い、静かに口へと運んだ。
「…………美味い」
「ほ、本当ですの!?」
「ああ。野菜の形は不揃いだが、それが逆に食感のアクセントになっている。深層キノコの濃厚な出汁と、牛乳の優しい甘みが完璧に調和しているぞ。……お前の努力と心意気が、最高のスパイスだ」
「トールくん……っ!///」
トールの真っ直ぐな全肯定の食レポに、氷華は顔を真っ赤にして嬉し涙を滲ませた。
すかさず、トールは白石さんのハンバーグにナイフを入れる。
ジュワァァァァァッ!!
中から、オーク肉の極上の肉汁と共に、黄金色のチェダーチーズが滝のように溢れ出した。
それを切り分け、神域の白米と共に掻き込む。
「……ッ!! んんんんんんまァァァァァイッ!!」
トールの脳髄に、美味の落雷が直撃した。
「オークの甘い脂と濃厚なチーズのコク、そして白石殿のデミグラスソースが、口の中で完全に三位一体の宇宙を創り出している! これはもはや、人類の至宝と呼ぶべき神域のハンバーグだ!」
「ああっ、ずるいですわ! どっちが、どっちが美味しかったんですの!?」
氷華が身を乗り出して詰め寄る。
「決める必要などないだろう。俺の胃袋には無限のスペースがある。美味いものを両方食えば、二倍美味いからな」
トールは全く悪びれることなく、ハンバーグとシチューの『無限の三角食べ(モグモグタイム)』へと突入していった。
「氷華ちゃんのシチュー、お野菜が甘くてすっごく美味しいですよ!」
「白石さんのハンバーグも最高ッス! チーズとご飯が止まらないッスぅぅ!」
盾花と鯖江も、結衣ちゃんと一緒に満面の笑顔で二つの極上料理を平らげていく。
「もうっ! トールくんのバカッ! 鈍感! 大食い武士!」
ポンコツお嬢様の乙女心は空回りしてしまったが、その文句を言う顔はどこか嬉しそうに綻んでいた。
世界の脅威であるダンジョンの深層(第40階層)。大企業が血眼になって探す未知の領域の中心で、今日も彼らは、最高に美味しくて賑やかな『家族の食卓』を囲み、平和なスローライフの時間を穏やかに過ごしていくのであった。




