第065話:部室の限界と、究極のダンジョン別荘計画
二学期の中間テストが終わり、渋谷代々木学園に少しばかりの平穏が訪れた……かのように見えた、ある日の放課後。
魔道具研究会の部室の扉が、バンッ! と勢いよく開け放たれた。
「……もう駄目だ。俺の胃袋が、物理的にストライキを起こしそうになっている」
フラフラと入ってきたのは、E組担任の凪教官であった。目の下のクマはもはや黒から紫色に変色し、白衣はヨレヨレ、片手には空になった胃薬の瓶が握りしめられている。
「どうしたんですの、教官。そんなお化けのような顔をして」
氷華(氷の女王)が淹れたてのお茶を差し出すと、凪教官はそれを震える手で受け取り、一気に飲み干した。
「お前らのせいだろ! 新興メジャーが失墜し、第30階層のモンスターが一瞬で全滅したせいで、ネットの特定班や大企業のエージェントどもが『謎の天才集団は渋谷代々木学園にいる!』って嗅ぎ回り始めてるんだぞ!」
凪教官は頭を抱え、特大アンティークソファーで寝転がっている佐藤通を睨みつけた。
「俺がどれだけ徹夜でダミーのログを捏造して、学園の周辺にうろつくスパイどもを追い返していると思ってる! 最近じゃ国家直属の探索者部隊まで探りを入れてきやがった! いくら俺が事無かれ主義でも、もみ消し(パシリ)のキャパシティに限界があるんだよぉぉっ!」
「……五月蠅いな。外野が騒いでいるなら、お前が防音の耳栓でもすればいいだろう」
トールは欠伸を噛み殺し、全く意に介さない。
「問題はそれだけじゃありませんわよ、トールくん!」
今度は氷華が、ズイッとトールの前に身を乗り出してきた。
「部室の魔道冷蔵庫も、この前トールくんが持ち帰ってきた巨大なオーク肉やサーペントの白身肉でパンパンですの! これ以上、部室の片隅でお料理特訓(花嫁修業)をするスペースがありませんわ!」
「それにボス!」
鯖江も涙目で訴えかける。
「ペントハウスの方もヤバいっスよ! 白石さんが『佐藤様が仕入れてくださった極上のドラゴン肉が、家のシステムキッチンじゃ大きすぎて捌ききれない』って、困ってましたよ!」
ピクリ、と。
トールの眉が動いた。
国家の干渉や大企業の暗躍など一ミリも気にしなかったマイペースな武士にとって、「白石さんの料理の効率が落ちる」ということと、「自分の飯のストック場所が足りない」という事実は、世界の危機に直結する見過ごせない大問題であった。
「……それは、許せんな」
トールがスッと立ち上がると、部室の空気がピンと張り詰めた。
「外野の羽虫どもが五月蠅く飛び回り、あまつさえ俺の極上の飯を保管・調理する環境が狭いだと? ……ならば、解決策は一つしかない」
トールは腰の木刀を手に取り、宣言した。
「誰も来られない、広くて静かな場所に、俺専用の『別荘』を建てる」
「……べ、別荘? さ、佐藤さん、いくらなんでもタワマンのペントハウスに住んでいる上に、別荘まで買うお金なんて……」
盾花(タンク娘)が戸惑う中、トールは真顔で首を横に振った。
「買うのではない。建てるのだ。どこか深い階層の、エリートやスパイどもが絶対に入ってこられないダンジョンの奥底にな」
「「「「…………は?」」」」
部室の全員(凪教官を含む)の思考が停止した。
『キタ――(゜∀゜)――!! トール様の規格外すぎるダンジョン私物化宣言! ついにマイホーム(別荘)建築イベントですわーッ!』
胸ポケットでイシュラーナが歓喜のバイブレーションを鳴らす中、トールは満足げに頷いた。
「ダンジョンの中なら土地代はタダだ。それに、魔物を狩れば極上の建材も手に入る。最新の魔道システムキッチンを備えた、絶対に誰にも邪魔されない最高の避暑地を作って、そこで白石殿に料理を作ってもらうぞ」
「お、おい佐藤……! お前、世界の脅威であるダンジョンに無断で建築物を建てる気か!? そんな違法建築、俺がどうやってもみ消せば――」
「教官には、その別荘の『露天風呂』の永久フリーパスをやろう。白石殿の特製弁当付きだ」
「……俺、建築資材の偽装搬入ルート作っておくから、図面できたら回してくれよな」
もはや完全にプライドを捨てた凪教官が、涙を流しながらサムズアップを決めた。
「と、トールくんの別荘……!? そこで、わたくしが手料理を振る舞えば……事実上の新婚生活……ッ!!///」
氷華が顔を真っ赤にして一人で暴走し始め、鯖江が「俺、引っ越し業者の準備しますぅぅっ!」と走り出す。
巨大企業や国家のエージェントたちが血眼になって「謎の天才集団」を探し回る中、その張本人たちは、ただ己の食欲と昼寝のためだけに「ダンジョンの深層を不法占拠して別荘を建てる」という、世界を揺るがすDIY計画を堂々とスタートさせるのであった。




