第062話:大々的な宣伝と、究極カレーのための密林実習
「――ご覧ください! 渋谷代々木学園では、新興メジャーの最新カリキュラムにより、なんと入学からわずか半年で『第一学年の全生徒が第20階層を突破し、レベル20に到達』いたしました! 是非、皆様のお子様も我が学園へ!」
十月。秋の気配が深まる中、朝のニュース番組の合間や渋谷の大型ビジョンでは、そんな渋谷代々木学園の真新しいCMがこれでもかと大々的に流されていた。
先日の実習で、魔道具研究会の引率(という名のお散歩)によって数百人の一般生徒が第20階層を突破した事実。雷撃兵器の不良在庫で大赤字を出した新興メジャーの上層部は、なりふり構わずその事実だけを切り取り、学園の宣伝に利用したのである。
結果として、その効果は絶大だった。「あの底辺のEクラスですらレベル20になれるなんて!」と世間の親たちは熱狂し、来年度の入学希望者が殺到、新興メジャーの株価は奇跡のV字回復を遂げていた。
* * *
「……というわけで。学園のブランド力が爆上がりして上層部が調子に乗った結果、来週の『二学期・中間実技テスト』の舞台は、一気に飛んで【第30階層】で行うことになった」
Eクラスの教壇で、凪教官が胃薬をボリボリと噛み砕きながら忌々しそうに告げた。
「ええええっ!? 第30階層!?」
「でも俺たち、もうレベル20超えてるし、意外と余裕なんじゃね?」
一部の男子生徒たちが、自身のステータス画面を見て根拠のない自信を口にする。彼らは「氷のハイウェイ」を歩いてレベルが上がっただけで、実戦経験が全く伴っていないことに気づいていなかった。
「……五月蠅いな。せっかく涼しくなってきたのに、また外に出なければならんのか」
教室の最後列。佐藤通は窓から秋空を見上げ、心底鬱陶しそうにため息をついた。
「俺は適当にサボるぞ。中間テストなど知らん」
「そうはいきませんわよ、佐藤さん! 第30階層といえば『深緑の地下密林』……。オークの群れや、殺人蟷螂が跋扈する危険地帯ですのよ!」
隣の席から、神宮寺氷華(氷の女王)が身を乗り出してくる。
「ええい、知らんと言っているだろう。俺の昼寝の邪魔を――」
『お待ちになって、トール様!』
トールの胸ポケットから、イシュラーナ(スマホ)がバイブレーションを鳴らした。
『第30階層の地下密林は、ただの危険地帯ではありませんわ! あの階層でドロップする【オークの霜降り肉】は、エリートたちは見向きもしませんが……白石殿の手にかかれば、最高級の豚肉として化けますのよ!』
「……ほう」
トールの目の色が変わる。
『さらに! 密林に生息する【マンドラゴラの根】を隠し味のスパイスとして使えば……今夜、白石殿が作ってくれる予定のカレーが、宇宙の真理に到達するほどの『究極のポークカレー』に進化しますわーーッ!』
「……よし。俺たちの本日のミッションは『カレーの具材調達』だ。満点で通過するぞ」
「モチベーションの切り替わりが相変わらず極端ですわね!」
氷華のツッコミを背に受けながら、トールは真っ直ぐな瞳で木刀の柄を握りしめた。
* * *
実習テスト当日。第30階層【深緑の地下密林】。
「ぎゃあああっ!? なんだこのカマキリ、動きが速すぎる!」
「だ、駄目だ、レベルは俺たちの方が上のはずなのに、剣が当たらないぃっ!」
うっそうと茂るジャングルの中で、勘違いをしていた一般生徒たちは、プレイヤースキルの圧倒的な欠如により、さっそくモンスターたちに大苦戦を強いられていた。
そんな阿鼻叫喚の地獄絵図のド真ん中を、トールたち魔道具研究会の面々は、完全にピクニック感覚で歩いていた。
「ブモォォォォッ!!」
茂みから、筋骨隆々の巨大なオークが巨大な斧を振りかざして飛び出してくる。
「邪魔だ」
――ヒュンッ。
トールが歩みを止めることなく木刀を軽く振るうと、オークは白目を剥いて光の粒子となり、見事なサシの入った『極上霜降りオーク肉』がドロップした。
「キェァァァァッ!!」
上空から奇襲をかけてきた殺人蟷螂の鎌を、盾花(タンク娘)が『絶対障壁』で軽々と弾き返し、氷華が指輪で制御されたピンポイントの『フリーズ・ブリーズ』で凍り付かせる。
その光景の最後尾では、鯖江が自走ドローンにぶら下げた『500円の自動収集リュック』で、ドロップした肉や魔石をシュポポポッ! と全自動回収していた。
「ボス! オーク肉、すでに50キロ超えました! カレー何十杯分ッスかこれ!」
「うむ。次はスパイスだ。マンドラゴラを探せ」
トールが鬱陶しそうに足元の奇妙な草を引っこ抜く。
「ギャァァァァァァァァァッ!!」
引っこ抜かれたマンドラゴラが、鼓膜を破るような致死性の悲鳴を上げ、密林全体に響き渡る。
しかし、トールはあらかじめ自分と仲間たちの耳元に『ピンポイントの絶対防音結界(見えない耳栓)』を展開していたため、その悲鳴は一切届いていなかった。
「うるさい根菜だ。コンッ」
トールがマンドラゴラの頭を木刀の柄で叩くと、悲鳴はピタリと止まり、極上の香りを放つスパイスへと変化した。
「よ、余裕すぎますわ……。周りのクラスメイトたちが地獄を見ているというのに、わたくしたちだけ、ただのお買い物(お使い)ですの……」
氷華が周囲の惨状と自分たちの温度差に遠い目をしている中、トールは腕時計を確認して頷いた。
「よし。カレーの具材は完璧に揃った。定時退社するぞ」
学園の宣伝によって不当に引き上げられた「第30階層」という過酷なハードル。
しかし、マイペースな武士の「食への執念」の前には、どんな難関テストも、ただのスーパーマーケットの特売セールに過ぎないのであった。




