第061話:山積みの高級スイーツと、氷の女王の花嫁修業
文化祭から10日が経過したある日。
先日の第20階層での「無音ピクニック」の引率代として、C〜Eクラスの一般生徒たちがなけなしの小遣いで買い集めた「購買部の限定高級スイーツ」や「行列ができる店の絶品ケーキ」が、魔道具研究会の部室のテーブルに山のように抱えられて(積まれて)いた。
色とりどりのマカロンや、宝石のように輝くケーキの山を前に、佐藤通は「……うむ。誠に絶景であるな」と、特大ソファーの上で至福のティータイムを満喫していた。
そこへ、モジモジとしながら歩み寄ってくる一つの影があった。
神宮寺氷華(氷の女王)である。
「佐藤君、あのね、私が作ったスイーツ、食べてみて?」
ある日の部室、氷華が花嫁修業でこっそり鍛えてきた調理の腕前を披露してきたのだ。
あの文化祭の夜、大企業のトップである父から「神宮寺の未来を捕まえるために、三ツ星シェフによる料理特訓プロジェクトを発足させる!」と宣言されて以来、彼女は密かに包丁とフライパンを握る日々を送っていたのである。
「ん? 頂戴しよう」
トールは山積みのプロの高級スイーツからあっさりと視線を外し、氷華の差し出した可愛らしいラッピングの小箱を受け取った。
箱を開けると、中に入っていたのは少しだけ形が不揃いな『手作りのスノーボール・クッキー』だった。
しかし、ただのクッキーではない。氷華が自らの『ハイブリッド指輪』で精密にコントロールした絶対零度の魔力を薄く纏わせており、常温の部室にあっても、ひんやりとした極上の冷気を放っていた。
「……その、まだ白石さんの足元にも及びませんけれど……。佐藤さんは、少し冷たい甘味がお好きだと言っていましたから……っ」
顔を真っ赤にしてうつむく氷華。
トールは無言でクッキーを一つ摘み上げ、口の中へと放り込んだ。
サクッ……。
「…………」
部室の空気が、ピンと張り詰める。
氷華は心臓が口から飛び出そうになるのを必死に堪えていた。プロのパティシエが作った高級スイーツの山が目の前にある中で、自分の不格好な手作りクッキーなど、一口食べて捨てられてしまうのではないか。
しかし、トールの口から漏れたのは、深く、そして真剣な感嘆の息だった。
「……美味い」
「えっ……?」
「プロのケーキのような洗練された甘さはない。だが……お前の氷魔法で極限まで冷やされたことで、クッキーの生地がキュッと引き締まり、口の中で解ける瞬間にバターの香りが爆発的に広がっている。何より、俺の好みを考えてわざわざ手間をかけてくれた……その『心意気』が、最高のスパイスだ」
トールは真顔でそう言い切ると、二つ目、三つ目と、氷華の手作りクッキーを次々と口へ運んでいった。
「ほ、本当ですの……!? わたくしのクッキーが、美味しい……っ!?」
氷華の大きな青い瞳から、ポロリと嬉し涙がこぼれ落ちた。
一流シェフの地獄の特訓に耐え、指に絆創膏を貼りながら夜な夜なオーブンと睨み合った苦労が、報われた瞬間だった。
『ギャアアアアアッ!!
トール様のイケメンすぎる食レポからの、ヒロインの好感度爆上がりイベントォォォッ!!』
トールの胸ポケットで、限界オタクAIのイシュラーナが狂ったようにバイブレーションを鳴らす。
『高級スイーツの山に見向きもせず、ヒロインの不器用な手作りを「美味い」と真顔で全肯定!
氷華様の花嫁修業(ヒロイン力)が限界突破してますわーッ!!///』
「ああっ、ずるいですわ氷華ちゃん! 私にもそのクッキー一口ください!」
「ボス! 俺もパシリの糖分補給に一つおこぼれを――」
横から盾花と鯖江が身を乗り出して、クッキーの箱に手を伸ばそうとした。
――ピキィィィンッ!!
「触らないでくださいませッ!
これは、佐藤さん(トールくん)のためだけに作った、わたくしの特別なクッキーですのよ!!」
氷華が顔を真っ赤にして杖を振るい、クッキーの箱の周囲に『絶対零度の防壁』を展開して二人を完全にシャットアウトした。
「ひぃぃっ! 冷たいっス!」
「氷華ちゃんが独占モードに入っちゃいましたよぉっ!」
騒がしくなる部室の中。
トールは「俺の昼寝の邪魔はするなよ」と呆れながらも、口の中の冷たくて甘いクッキーの余韻を楽しみ、「白石殿の飯も最高だが、たまにはこういう手作りも悪くないな」と、心地よい満足感に浸るのであった。
大企業が用意した高級品の山よりも、一人の少女が不器用に作った手作りクッキーを選ぶ。
たかがクッキー、されどクッキー。氷華には大きな意義があった。
(白石さんには、まだまだ降参しないわ。見てらっしゃい)
マイペースな武士とポンコツお嬢様の距離が、甘いお菓子を通してまた一歩、確実に縮まった最高に平和な日常の1ページである。
だが、この甘い蜜月も、そう長くは続かない。
文化祭の熱狂から一夜明け、大赤字を抱えた新興メジャーは、その穴埋めとばかりに、ある白々しい発表を大々的に打ち上げることになる。「渋谷代々木学園、一年生全員が第20階層の攻略に成功」――その景気のいい宣伝文句の裏で、Eクラスの生徒たちを待ち受けていたのは、後に『密林の悲鳴』として語り継がれることになる、あまりにも過酷な二学期中間テストであった。




