第060話:氷のハイウェイと、無慈悲なサイレント・ピクニック
事無かれ主義の凪教官による鉄壁のディフェンスで正面からの圧力を跳ね返された新興メジャーは、学園の理事会を通じて姑息なルール変更を強行した。
「第一学年の全生徒は、次回のダンジョン実習にて【第20階層の素材納品】を必須とする。未納品の者は進級ポイントを大幅に減点するが……我が新興メジャーが提供する『使い捨て雷撃兵器』を特別に高額レンタルしてやろう。出世払い(ローン契約)も可能だぞ!」
それは、実力不足のC〜Eクラスの一般生徒たちを借金漬けにする、絵に描いたような悪徳サブスク商法(搾取)であった。
絶望に包まれた一般生徒たちは、先日の実習で無傷で帰還したという魔道具研究会の噂を頼りに、藁にもすがる思いで部室へと押し寄せた。彼らの手には、なけなしの小遣いで買い集めた「購買部の限定高級スイーツ」や「行列ができる店の絶品ケーキ」が山のように抱えられていた。
「頼む、佐藤! 神宮寺さん! 俺たちを助けてくれぇっ!」
山積みのスイーツを見た瞬間、特大ソファーで寝転がっていた佐藤通は、スッと真顔になって頷いた。
「……よかろう。ただし、引率してやる代わりに条件がある」
「な、なんでもする! 荷物持ちでも囮でも!」
「俺の後ろでは『一切の音を立てるな』。食後の静かなティータイムの邪魔になるからな」
トールの極めて理不尽な(そして彼にとっては切実な)条件に、生徒たちは何度も首を縦に振った。
* * *
実習当日。第20階層【湿った土塊と地下水脈】の広大な地底湖の前。
安全な高台からは、新興メジャーの監視員やAクラスのエリートたちが「どうせ雷撃兵器なしじゃ全滅だ。泣いて借金の契約書にサインするだろうぜ」とニヤニヤ見下ろしていた。
しかし、数百人の一般生徒を背後に従えた神宮寺氷華(氷の女王)が、一歩前に出た。
「大気中の水分よ、絶対零度の道となりなさい――『フリーズ・ブリーズ』!」
氷華がハイブリッド指輪の輝きと共に杖を振るうと、広大な地底湖のド真ん中に、対岸まで一直線に繋がる『極太で強固な氷のハイウェイ』が一瞬にして形成された。
「さあ皆さん! 私の後ろを一列で、絶対にはみ出さずについてきてくださいね! <シールド・バッシュ>!」
戌井盾花(タンク娘)が絶対障壁を構えて先頭を歩き、水中に潜れず氷の上に引きずり出されたウォーター・サーペントや水棲魔獣を、ブルドーザーのように次々と撥ね飛ばしていく。
「おおおおおっ!?」
C〜Eクラスの生徒たちが歓声を上げようとした、その瞬間。
『イシュラーナ、やれ』
『承知いたしましたわ! 超広域・完全静音結界、展開しますのよ!』
トールの指示で、数百人のモブ生徒全体を覆うように巨大な無音結界が張られた。
結果として――氷のハイウェイをハイキング感覚で歩く一般生徒たちは、次々とレベルアップの光を浴びて大興奮し、口を大きく開けて歓喜の叫びを上げているのだが、その声は一ミリも外に漏れない。まるで数百人が一斉に狂喜のパントマイムを演じているような、異常でシュールな無音空間が完成してしまったのだ。
その大名行列の最後尾で、トールは鯖江録郎に運ばせた極上スイーツの箱を開き、「うむ。静かで誠に良い」と優雅な無音のティータイムを満喫していた。
* * *
「な、なんだあれは!? なぜあんな静かに、しかも雷撃兵器なしで20階層を突破していくんだ!?」
高台の監視員たちは、全く売れない雷撃兵器の在庫の山を前にパニックに陥っていた。このままでは新興メジャーは丸抱えの大赤字である。
「ええい、こうなったら最終手段だ! デモンストレーション用に用意していたアレをけしかけろ!」
監視員が隠しゲートを開放すると、地底湖の奥から、雷属性の魔法を纏い、雷耐性を完全に備えた『変異種・サンダーサーペント』が咆哮を上げて飛び出してきた。新興メジャーが雷撃兵器の有用性をアピール(自作自演)するために用意していた凶悪なイレギュラーモンスターである。
バチバチと紫電を放つ変異種が、氷のハイウェイを進む生徒たちへ向かって牙を剥く。
「きゃあっ! なんですのあの魔物は!」
氷華と盾花が身構えた――その時だった。
「……おい」
最後尾で極上スイーツ(モンブラン)を味わっていたトールの瞳から、スッと感情が消え失せた。変異種が放った雷鳴の振動が結界をわずかに揺らし、トールの口に運ぼうとしていたモンブランの上の栗を落としてしまったのだ。
「……スイーツを食う手が止まっただろうが。羽虫どもめ」
トールが腰の木刀を抜き、スッと上段に構える。
異世界の修羅場で培われた圧倒的な『気』が木刀に収束し、空間そのものが軋み声を上げた。
「消えろ」
――ヒュンッ!!
トールが無造作に振り下ろした木刀から、神速の斬撃波(峰打ち)が放たれる。
凄まじい衝撃波は、迫り来る変異種サンダーサーペントを一瞬で光の粒子に変えただけでは止まらなかった。斬撃波はそのまま斜め上方へと駆け上がり、監視員たちが陣取る高台へ一直線に直撃したのだ。
ドゴォォォォォォォォンッ!!
「ぎゃあああああっ!?」
監視員たちへの直接的なダメージはなかったが、彼らが背後に山積みしていた『数千本に及ぶ雷撃兵器の在庫の山』が、トールの斬撃波によって文字通り木っ端微塵に粉砕(全損)されたのである。
* * *
「……あ、あぁ……俺たちの、在庫が……何十億円の赤字が……っ」
高台では、莫大な不良在庫を一瞬で失った新興メジャーの監視員たちが、白目を剥いて泡を吹いていた。
一方、レベルが一桁から一気に20台へと跳ね上がり、安全に実習を終えた数百人の一般生徒たちは、声を出せない完全静音結界の中で、涙を流しながら氷華と盾花を女神のように拝み倒していた。
「トール様が、周囲に埋もれる『可もなく不可もない中堅のモブ数値(レベル20)』になるよう、学園のデータベースをこっそり上方修正しておきますね」
「よし。食後の良い腹ごなしになったな」
トールは木刀を肩に担ぎ、落ちた栗を惜しそうに見つめながらも、「ごちそうさまでした」と満足げに手を合わせて帰路につく。
新興メジャーの悪徳ビジネスは、一人の武士の「おやつの邪魔をされた」という理不尽な怒りによって、一切の慈悲もなく物理的に粉砕されたのであった。




