第057話:花嫁修業?悪くないわ!
文化祭の夜。
無慈悲なスパイ一掃と家族のイチャイチャ空間でカオスなフィナーレを迎えた部室から帰宅した神宮寺氷華は、本邸の豪奢なダイニングで、父と向かい合って座っていた。
「氷華、聞いてくれ。いや、彼に伝えてくれ」
神宮寺家の現当主である父は、淹れたての紅茶が注がれたティーカップを見つめながら、深く、そして万感の思いを込めて息を吐き出した。
「わが社の業績は、あの『イチゴオレの空き缶(無限エネルギー抽出機)』の解析データのお陰で、新興メジャーの妨害を跳ね除け、現在V字回復中だ。……我々神宮寺家は、彼に救われた。ありがとう、とな」
「お父さん……」
没落の危機にあった実家が、自分が持ち帰った(トールが適当にくれた)空き缶一つで救われていた。その事実に、氷華の大きな青い瞳から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「お父さん……わたくし、嬉しいですわ。他に何か、私にもできることがあるかしら」
涙ぐみながら、健気に問いかける娘。
その純粋な親心と愛娘の絆に、父もまた目頭を熱くして立ち上がり、氷華の小さな両手をガシッと力強く握りしめた。
「おお、氷華……!
よくぞ言ってくれた。お前はただ、あの部室で平和に青春を楽しんでくれればそれでいい。だが、一つだけ……一つだけ頼みがある!」
「はい! 何でも言ってくださいませ!」
神宮寺家再興のためなら、どんな厳しい特訓でも受ける覚悟を決めた氷華に対し、大企業のトップである父は、血走った目で言い放った。
「彼がもし、また何かを捨てようとしたら……例えば、飲み終わったペットボトルとか、弁当の空き箱とか、割り箸とか!
どんな些細なものでもいいから、パパの会社に『資源ゴミ』として持ち帰ってきてくれないか!?」
「…………え?」
感動の涙が、氷華の瞳の中でピタッと止まった。
「今日、パパは部室の展示で見てしまったんだよ……彼が作った500円のマジックバッグと、無限冷却流しそうめん機を!
彼の触れた『ゴミ』は、我々にとって数千億円の価値がある超絶オーパーツなんだ!
頼む氷華、神宮寺の未来は、お前のゴミ拾い……いや、エコ活動に懸かっている!!」
「お、お父様……?
いくらなんでも好きな殿方の『ゴミ』を漁るなんて、乙女として終わってますわ……」
ドン引きして身を引こうとする氷華だったが、父はさらに身を乗り出してきた。
「ゴミ拾いだけじゃない!
見たところ、あのバケモノ……いや、トールくんは、同棲しているというあの美しい家政婦(白石さん)に完全に『胃袋』を掌握されているようだった!」
「うっ……! そ、それは事実ですわ」
「ならば対抗手段は一つ!
明日から、神宮寺グループの総力を結集し、三ツ星シェフたちによるお前の『花嫁修業(料理特訓)』プロジェクトを発足させる!!」
「は、花嫁……ッ!?///」
「そして安心しろ!
お前が気にしているその慎ましい胸元(Aスタイル)も、我が社の最新の魔道医療チームを総動員して、必ずや豊満に発育させてみせる!
パパとお前で、神宮寺の未来を絶対に捕まえるんだァァァッ!!」
「だッ、誰が慎ましい胸元ですのォォォォォォォッ!!
ばかばかお父様のばかぁぁっ!」
感動の涙はどこへやら。
氷華が顔を真っ赤にして父をポカポカと叩き、旧エネルギーメジャーのトップは「痛い痛い!
頼むよ氷華、まずは彼が使ったティッシュペーパーからでいいから!」と情けなく命乞いをする。
大人のプライドを捨てて娘にゴミ拾いを懇願する親バカな企業トップと、羞恥に悶えるポンコツお嬢様。
神宮寺家の夜のダイニングは、シリアスな空気から一転、最高に騒がしくも温かいコメディ空間へと塗り替えられていくのであった。
その夜、自室のベッドに横たわりながら、氷華はカーテンの隙間から差し込む月明かりをぼんやりと見つめていた。
(花嫁修業も、エコ活動も……正直、あまり気は進みませんけれど)
脳裏に浮かぶのは、父の打算まみれの提案ではなく、破天荒で、いつも面倒くさそうにしていて、それでいて誰よりも不器用に優しいトールの顔だった。
(――でも。少しくらい、今よりもっと、堂々と彼の隣に立てる自分になりたいと思うのは。誰に頼まれたことでもない、わたくし自身の望みですわ)
氷華は小さく笑うと、布団を被り直し、静かに目を閉じた。




