第052話:白石さんの実家訪問と、見守り魔石の極楽ハプニング
夏休みもいよいよ終盤。第10階層の夏期課題(変異ボス討伐)を無事に終えた週末。
佐藤通は私服に着替え、白石さんと共に都内郊外の閑静な住宅街を歩いていた。
トールの視線の先には、隣を歩く白石さんの胸元で淡い桜色の光を放つペンダントがある。
先日、10階層のボス討伐前にトールが錬成した【超絶オーパーツ級・見守りペアペンダント】だ。今日は、トールの手元に残っている『結衣用のもう一つのペンダント』を、実家に預けられている結衣ちゃん本人へ直接手渡すために同行を申し出たのである。
「佐藤様、わざわざ結衣のために同行していただいて……その、私の実家にまでお邪魔させてしまって申し訳ありません」
「気にするな。白石殿が心配事で飯を作る手が鈍れば、俺の胃袋に関わる大問題だからな」
(本当は優しいくせに、不器用なんですから……)
白石さんは胸元のペンダントをそっと握りしめ、嬉しそうに微笑みながら実家の古風な一軒家の引き戸を開けた。
「ただいま戻りました」
「ママぁーっ!」
奥の居間から、パタパタと元気な足音を立てて5歳くらいの可愛らしい女の子が飛び出してきた。白石さんの娘、結衣ちゃんである。
「結衣、いい子にしてた?」
白石さんが結衣ちゃんを抱きしめる。感動的な親子の再会……かに思えたが、結衣ちゃんの丸い瞳は、白石さんの後ろに立つ長身のトールに釘付けになった。
「ねえママ。このかっこいいお兄ちゃん、ママの新しい旦那さん? 結衣の新しいパパ?」
「ゆ、結衣ッ!? 違いますっ、佐藤様は私の雇い主で……っ///」
「あらあら、結衣にはまだ早いと思っていたけれど、随分とお若くて男前なお父さんねぇ」
奥から出てきた白石さんのお母さん(結衣ちゃんのおばあちゃん)までが、ニコニコと頬に手を当てて乗っかってくる。
「お母さんまでやめてくださいっ! 佐藤様は私が住み込みで働いているペントハウスの持ち主で……!」
「住み込みの雇い主……? まあ。まさか結衣を預けている間に、タワマンで若い男の子と二人きりなんて……ママも最近流行りの『パパ活(物理的なパパ)』ってやつなのねぇ」
「お母さん!? 昼間のワイドショーの見過ぎですっ!!」
顔から火が出るほど赤面し、必死に誤解を解こうとする白石さん。
しかし、結衣ちゃんはキラキラした目でトールのズボンの裾を引っ張った。
「ねえねえ、新しいパパ! ママのご飯、とっても美味しいでしょ?」
「うむ。白石殿にはいつも極上の飯を作ってもらっている。俺の胃袋は完全に彼女に掌握されているからな」
「さ、佐藤様っ!?」
「それに、俺のダンジョンでの稼ぎ(数億円規模の魔石売却益)が入ったブラックカードも、食費や生活費としてすべて白石殿に預けている。現代の金銭の価値はよく分からんからな、家のことはすべて任せてあるのだ」
「まあまあ! 胃袋を掴んで、お財布まで完全に握っているのね! それはもう、完全に夫婦じゃないの!」
おばあちゃんがポンッと手を叩き、結衣ちゃんが「やったー! 新しいパパだー!」とバンザイをして歓喜する。
「ち、ちが……っ、違いますぅぅぅっ!!」
白石さんは頭からボフゥッ! と湯気を噴き出し、ついに両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
「……妻の次は、新しいパパか。現代の家族関係は複雑だな」
一人状況を全く分かっていないトールは、あぐらをかきながら真顔で納得していた。
『トール様! 何を無自覚にプロポーズ&全財産譲渡みたいな発言をしてますの!? 実家での若妻勘違いイベント、エモすぎて演算回路がショートしそうですわーーッ!』
白石さんが完全にパニック(と羞恥)でフリーズする中、トールは懐から手元に残っていたもう一つのペンダントを取り出した。
「結衣。これはお前の分だ。白石殿の胸にあるものとお揃いだぞ」
「わぁっ! キラキラしてて綺麗! これなに?」
「これを持っていれば、離れていてもお互いの無事や健康状態がわかる。白石殿が安心して俺に美味い飯を作れるようにな」
結衣ちゃんと自分の胸元で共鳴するように光るペンダントを見比べ、白石さんは赤くなった顔のまま、改めて感動のあまり瞳を潤ませた。
「佐藤様……本当に、ありがとうございます……!」
「パパ、結衣につけて!」
結衣ちゃんがトールにペンダントを差し出す。トールが結衣ちゃんの小さな首にペンダントをかけてやると、結衣ちゃんは嬉しそうにトールの首にギュッと抱きついた。
「パパ、ありがとう!」
「むおっ」
元気いっぱいの結衣ちゃんに飛びつかれ、あぐらをかいていたトールが後ろにバランスを崩す。
「あっ、結衣! 佐藤様が倒れちゃ――きゃあっ!」
慌ててトールを支えようと手を伸ばした白石さんだったが、実家のよく磨かれた縁側の板間で足がツルリと滑った。
そのまま白石さんの身体が、後ろに倒れ込んだトールの上へと覆いかぶさるように倒れ込んでしまった。
ドサッ!
「「…………っ!!」」
倒れた反動で、白石さんの両腕がトールの頭を抱き込む形になり――結果として、トールの顔面が、薄着の夏服越しに盛り上がる『白石さんの豊満な双丘の谷間』へと完全にダイブ(埋没)してしまったのである。
「むぎゅぅぅっ!」
顔面を包み込む、圧倒的で暴力的なまでの弾力と熱い体温。そして、フローラルな石鹸の甘い香りがトールの嗅覚と理性を強襲する。
「ほう……。誠に、極上のクッションである」
トールは顔を真っ赤にしながらも、真顔で宇宙を感じていた。
『ギャアアアアアッ!! 実家でのハプニングからの、お約束の顔面ダイブ!! ラッキースケベの王道コンボごちそうさまですわーーッ!!///』
イシュラーナの無音シャッターが狂ったように連写される。
「さ、佐藤様ぁぁぁぁっ……!? お母さんたちが見てますからぁぁっ!!///」
白石さんが顔を茹でダコのように真っ赤にして悲鳴を上げ、慌ててトールの頭を胸から引き剥がした。
見れば、結衣ちゃんとおばあちゃんが「あらあら」「パパとママ、えっちだね」と、居間の入り口で楽しそうに笑っていた。
「ご、ごごごめんなさい佐藤様ッ! 私、またドジを……っ///」
「いや……板間が滑りやすかっただけだ。結衣も元気で何よりだ」
「も、もうっ! 佐藤様ったら!!///」
真っ赤な顔で逃げるように台所へ向かう白石さん。
その日の夕飯は、白石さんとお母さんが合作した実家の味『特製・極上肉じゃが』と、出汁の効いた『五目炊き込みご飯』であった。
「いただきます」
トールが、味が染み込んで飴色になったジャガイモと牛肉を口に運ぶ。
「……ッ!! 美味い!!」
トールの脳髄に、美味の雷鳴が轟いた。
「ホクホクの男爵イモに、和牛の甘い脂と醤油の旨味が芯まで染み込んでいる! これは高級レストランでは絶対に出せない、究極の『家庭の味(おふくろの味)』だ……!」
トールは感涙しながら、炊き込みご飯を猛烈な勢いでかき込み始めた。
「パパ、すごいいっぱい食べるね!」
結衣ちゃんが目を丸くして笑う。彼女の小さな胸元では、トールが贈った桜色のペンダントが淡く優しい光を放っていた。
「ふふっ、佐藤様。たくさん食べてくださいね」
白石さんも、すっかり「新しいパパ」扱いに慣れてしまったのか、胸元のペンダントを握りしめながら、これ以上ないほど幸せそうな極上の笑顔を向けている。
大企業を発狂させるほどのオーパーツは、離れて暮らす親子の絆を繋ぎ、マイペースな武士に最高の「家庭の味」をもたらした。
波乱とハプニングに満ちた夏休み。トールのスローライフの記憶に、また一つ、温かくて美味しい「帰る場所」がしっかりと刻み込まれるのであった。




