第051話:変異ボスの強襲と、初めて懐いた召喚獣(パシリ)
夏休みも後半戦。
新担任の凪教官から出された『第10階層のエリアボス(ゴブリンキング)討伐と、証拠写真の提出』という夏期課題を終わらせるため、魔道具研究会の面々は学園地下ダンジョンへと足を運んでいた。
道中、トールが浅層で拾った『共鳴魔石』をイシュラーナのハッキングで魔改造し、娘を預けている白石さんへ【超絶オーパーツ級・見守りペアペンダント】をプレゼントした際、とびっきりの極楽ハプニング(顔面ダイブ)が発生。
結果として茹でダコになった白石さんから「課題を頑張ったご褒美に、夕飯は特大チーズインハンバーグにしますからねッ!///」と宣言され、トールのモチベーションは完全にカンスト状態にあった。
「行くぞお前ら。俺のハンバーグのために、5分で終わらせる」
トールを先頭に、第10階層のボス部屋の重厚な扉を開け放つ。
――しかし。
大広間に鎮座していたのは、通常のゴブリンキングではなかった。
「グガアアアアアアアアッ!!」
咆哮と共に現れたのは、全身の皮膚が黒光りする鋼鉄のように硬化し、通常の倍以上の巨体を持つイレギュラーモンスター。
「なっ……!? あれは、ただのゴブリンキングではありませんわ!
レアな突然変異種、『メタルゴブリンキング』ですの!?」
氷華(氷の女王)が血の気を引かせて叫んだ。
ダンジョンのバグか、あるいは新興メジャーの実験の余波か。通常なら第30階層相当の硬度を持つ最悪の変異ボスである。
「<シールド・バッシュ>!!」
前衛の盾花(タンク娘)が大盾で突進するが、ガァァンッ!と鈍い音が響くだけで、ボスの鋼鉄の装甲には傷一つ付かない。
「わたくしの魔法も弾かれますわ! トールくん、出番ですのよ!」
氷華が助けを求めるが、当のトールは木刀を腰に差したまま、大広間の壁に寄りかかって欠伸をしていた。
「俺がやってもいいが……ハンバーグを食う前に腕を疲れさせたくないからな。今日は手出しせん。お前たちだけで倒せ」
「えええええっ!? 腕が疲れるって、貴方いつもワンパンじゃないですか!」
「どんな鋼鉄の鎧にも、稼働するための『隙間』があるはずだ。筋肉と骨を繋ぐ関節部を狙え」
トールは異世界の修羅場で培った圧倒的な眼力でボスの構造を見抜き、的確なアドバイス(軍師プレイ)を開始した。
「そうは言っても、あんな巨体をどうやって崩せば……っ!」
「おい、鯖江」
トールは、部屋の隅で震えていたパシリの鯖江録郎に顎でしゃくった。
「戦乙女やサキュバスでは手数が余る。盤面を物理的に制圧する、重い駒を呼べ」
「イ、イエッサー! 回しますぅっ!」
鯖江は震える手でスマホを取り出し、召喚アプリの10連ガチャボタンをターン!と叩いた。
キュイィィィンッ!
魔法陣からまばゆい光が弾け、重低音と共に地響きが鳴る。
現れたのは――巨大な岩石の甲羅を持ち、背中に無数の荷物を積載できる空間を備えた、軽トラックほどもある土属性のモンスター『SR・重機甲陸亀』であった。
「おおっ! SRの重量級モンスター!」
鯖江が目を輝かせる。しかし、彼にはトラウマがあった。今までSSRの神話級モンスターを引いても、彼女たちはトールにしか懐かなかったのだ。
(どうせこいつも、ボスのところに挨拶に……)
鯖江が卑屈に身構えていると。
『グルゥゥゥン……』
巨大な陸亀は、トールには見向きもせず、ゆっくりと鯖江の元へ歩み寄り、その大きな頭を鯖江の足元にすりすりと擦り付けた。
「えっ……? お、お前……」
『マスター。荷物持ちの御用命でしょうか』
イシュラーナの翻訳機能を通して、陸亀の忠誠心あふれる念話が鯖江の脳内に響く。
「う、うおおおおおおおおっ!! 俺の!
俺を慕ってくれる、俺だけの召喚獣(荷物持ち)がやっと来てくれたぁぁぁっ!!」
鯖江は亀の太い首に抱きつき、歓喜の滝涙を流して覚醒した。
「ボス! こいつならやれます! いかせてください!」
「うむ。やれ」
トールの短い許可を受け、Eクラスの完璧な連携が始まった。
「氷華ちゃん、関節です!」
「ええ! 大気中の水分よ――『フリーズ・ブリーズ』ですわッ!」
氷華が杖を振り抜き、ボスの膝と足首の関節部へピンポイントで絶対零度の冷気を叩き込む。急激な温度変化により、鋼鉄の装甲に「金属疲労」のミシミシという嫌な音が響いた。
「そこぉっ!!」
すかさず盾花が踏み込み、絶対障壁の鋭い角を、凍りついたボスの膝裏へフルスイングで叩き込む。
パキィィンッ!
「グギャァァァァッ!?」
関節を砕かれ、巨体を支えきれなくなったメタルゴブリンキングが、轟音を立ててバランスを崩し、その場に倒れ伏す。
「いけええええっ! 俺の亀ぇぇぇぇっ!!」
鯖江が涙声で天を指さす。
その指示に呼応し、重機甲陸亀が巨体を宙へと浮かせた。甲羅の質量と、土属性の重力魔法を限界まで乗せた、必殺の『ヘビー・プレス』である。
ドゴォォォォォォォォォンッ!!!
「グゲェェ……」
大広間が激しく揺れ、数トンの質量に押し潰された変異ボスは、反撃の暇も与えられず光の粒子となって完全に消滅した。
チャリン、コロン。
「や、やりましたわ! わたくしたちだけで、変異ボスを倒しましたの!」
「鯖江くんの亀さん、すごいです!」
歓喜に沸く三人。鯖江のスマホから『レベルアップ!』のファンファーレが連続で鳴り響き、彼は大幅なステータス上昇(と、陸亀による無限の荷物積載枠)を獲得した。
「そういえば……先ほどの『フリーズ・ブリーズ』、いつもより狙いが正確でしたわね。まるで、狙った場所に杖の先が勝手に吸い込まれていくような感覚でしたわ」
氷華が、手元のハイブリッド指輪と、もう片方の手に持った杖を交互に見つめながら首を傾げる。
『あ、それなら種明かし済みですわ! 前に指輪作りのついでにボツにしたはずの【ファンネル魔法杖】の改造、実はあの後わたくし、暇な時間にこっそり仕上げておいたんですの! 杖の方にも、ちゃーんと自動追尾機能を仕込んでおきましたのよ!』
「なっ……!? そんな話、一度も聞いておりませんわよ!? いつの間に……!」
『言ってしまうと、氷華様が「指輪の【発育促進ホルモン】のおかげだ」と信じてくださらなくなるかもしれないと思いまして、内緒にしておいたんですの! てへぺろ♪』
「て、てへぺろではありませんわーーッ! 道理で……道理で最近、妙に杖の調子が良いと思っていましたのよ!」
顔を赤くして地団駄を踏む氷華をよそに、壁際のトールは特に興味もなさそうに欠伸をしていた。
「杖だろうが指輪だろうが知らんが……それより、そろそろハンバーグの時間ではないか?」
「ピースしろ。証拠写真を撮るぞ」
壁際で欠伸をしていたトールが、スマホを構えて三人と亀のドヤ顔を撮影する。
* * *
ペントハウスへの帰還後。
ダイニングテーブルには、ナイフを入れると肉汁が滝のように溢れ出す、白石さん特製の『特大チーズインハンバーグ』が並べられていた。
「……美味い」
溢れ出すチェダーチーズとデミグラスソースを絡め、白米を猛烈な勢いで掻き込むトール。
「今日の佐藤さんは、ずっと壁に寄りかかって指示を出していただけですのに、一番お腹を空かせていますわね……」
氷華が呆れたように言うが、その顔には確かな自信と達成感が満ちていた。
「俺はアドバイスをしただけで、今日はほとんど何もしていないからな。ハンバーグを食う権利は十分にある」
トールが真顔で嘯きながら、仲間たちと陸亀(玄関でおとなしく待機中)の成長を頼もしく見守る。
世界規模のオーパーツとチート能力を駆使して手に入れたのは、美味しいご飯と、大切な人たちの笑顔という最高の「日常」であった。




