第050話:夏休みの課題と、見守り魔石の極楽ハプニング
八月も後半に差し掛かったある日。
魔道具研究会の部室には、いつものように極上のそよ風(魔道エアコン)が吹き抜け、平和なスローライフの時間が流れていた。
……はずだったのだが。
「お前ら、夏休みの宿題だ。新学期が始まる前に、第10階層のエリアボス『ゴブリンキング』を討伐し、証拠写真を提出しろ」
部室に顔を出した新担任の凪教官が、死んだ魚のような目でプリントを机に置いた。
「……教官。第10階層のボスなら、一学期の中間テストで一度倒しているはずですのよ?」
氷華が不思議そうに首を傾げると、凪教官はギリィッ!
と奥歯を噛み鳴らし、血走った目でEクラスの面々(特にトール)を睨みつけた。
「……お前らが中間テストで、エリアボスを『数十秒で無傷で秒殺する』なんて目立つ真似をするからだろうがっ!
俺が徹夜で『あれは計測機器のバグです』ってもみ消し(捏造)工作をしたせいで、学園のデータベース上、お前らの10階層のクリアフラグが完全にリセット(未クリア扱い)されてしまったんだよ!」
「なっ……!?」
「期日までに再討伐のデータが提出できなかった班は、新学期から一ヶ月間、毎日放課後に居残り補習だ。いいか、今度は絶対に秒殺なんてするなよ!
ちゃんと『苦戦したふりをして、普通のタイムで』倒してこい!
俺の定時退社を邪魔したら承知しないからな!」
そう言い残し、凪教官は胃薬を飲みながら逃げるように去っていった。
「……俺のせいではないな。証拠を残したドローン(鯖江)の不手際だ」
特大アンティークソファーで昼寝の態勢に入っていたトールは、心底鬱陶しそうに背を向けた。
「つ、ついにわたくしたちだけでエリアボス討伐の課題が……!
盾花、鯖江くん、すぐに攻略プランを練りますわよ!」
神宮寺氷華(氷の女王)が気合を入れて立ち上がる。
しかし、特大アンティークソファーで昼寝の態勢に入っていた佐藤通は、心底鬱陶しそうに背を向けた。
「面倒くさい。俺は疲れることはせん。お前たちで適当に写真を撮ってこい」
「そうはいきませんわ!
班の連帯責任ですから、トールくんも一緒に行ってもらいますのよ!」
「……やれやれ。まあいい、少しエアコンの魔石の出力が落ちてきたからな。新しいのを拾いがてら、浅層へ散歩に行ってくる」
騒がしいヒロインたちを部室に残し、トールは木刀を手に一人でダンジョンへと向かった。
* * *
学園地下ダンジョン・初心者エリア。
「コンッ」
飛び出してきた角ウサギや大蝙蝠を、トールが適当に木刀の峰で叩き落としていく。
「む?」
自動収集マジックバッグ(500円のリュック)に吸い込まれていく魔石の中に、淡いピンク色に光る、一対の珍しい原石が混ざっているのをトールの目が捉えた。
『トール様、それは【共鳴魔石】の原石ですわ!』
胸ポケットのスマホ(イシュラーナ)が解説する。
『とても希少なドロップ品で、二つの魔石が互いの状態をリンクさせる性質を持っていますの。大企業が通信機器のコアに使いたがるレア素材ですわよ!』
「……状態をリンクさせる、か」
トールの脳裏に、ふと、ある女性の顔が浮かんだ。
『……夏休みの間、娘の結衣を実家に預けているんですけれど……離れていると、元気にしているか少し心配になってしまって……』
先日、ペントハウスで白石さんが少し寂しそうにこぼしていた言葉だ。
「白石殿には、毎日極上の飯を作ってもらっているからな。俺の胃袋を満たしてくれる恩返しに、丁度いい」
トールは二つのピンク色の魔石を手に取ると、圧倒的な『気』を流し込んだ。
「イシュラーナ、回路を繋げ。互いの健康状態や、危険が迫った時にアラートが出るようにしろ。デザインは……そうだな、肌身離さず持てるように首飾りにでもするか」
『お任せくださいませ!
限界オタクAIの超絶ハッキングで、数千キロ離れていてもバイタルデータを完璧に共有できる【超絶オーパーツ級・見守りペアペンダント】を錬成しますのよ!』
ピローン♪
間抜けな電子音と共に、トールの手の中には、淡い桜色の結晶があしらわれた、美しくも洗練された二つのペンダントが完成していた。
* * *
夕刻。ペントハウスの広大なリビング。
「お帰りなさいませ、佐藤様。もうすぐ夕飯の準備ができますよ」
エプロン姿の白石さんが、キッチンから優しく微笑む。
「ああ。……白石殿、少し来い」
「えっ? はい……」
トールは不思議そうな顔をする白石さんの前に立つと、無造作にポケットから先ほど錬成したペンダントの一つを差し出した。
「白石殿と、娘の結衣用だ。もう一つは結衣に送ってやるといい。これを持っていれば、互いの無事と健康状態がいつでも分かるようになっている」
「えっ……こ、こんなに綺麗で高価そうなものを……っ!?」
大企業が数百億円出しても買えないオーパーツを手渡され、白石さんは感動のあまり瞳を潤ませた。
「佐藤様……私の何気ない一言を、覚えていてくださったんですね……っ。ありがとうございます、本当に……!」
「気にするな。……着けてみるか?」
「はいっ。さっそく着けてみますね」
白石さんは嬉しそうに首の後ろへ手を回すが、夏服の薄手のサマートップス越しでは、小さな留め具がうまくハマらないようだった。
「俺がやろう」
見かねたトールが白石さんの背後に回り、細く白い首筋にそっと手を添えて留め具をカチリとはめる。
「……はい、できました。とっても綺麗……」
白石さんが胸元のペンダントを握りしめ、パッと嬉しそうな笑顔で振り返った――その瞬間であった。
「あっ!」
あまりの嬉しさに、思わず一歩後ずさった拍子――白石さんのつま先が、リビングの絨毯の縁にほんの少しだけ引っ掛かったのだ。
「危ない」
トールが咄嗟に抱き留めようと腕を伸ばす。
しかし、バランスを崩した二人は、そのまま背後の巨大なソファーへと倒れ込んでしまった。
ドサッ!
「「…………っ!!」」
倒れた反動で、白石さんの両腕がトールの頭を抱き込む形になり――結果として、トールの顔面が、薄着の夏服越しに盛り上がる『白石さんの豊満な双丘の谷間』へと完全にダイブ(埋没)してしまったのである。
「むぎゅぅぅっ!」
顔面を包み込む、圧倒的で暴力的なまでの弾力と熱い体温。そして、フローラルな石鹸の甘い香りがトールの嗅覚と理性を強襲する。
「ほう……。誠に、極上のクッションである」
トールは顔を真っ赤にしながらも、真顔で宇宙を感じていた。
『ギャアアアアアッ!! プレゼントからのお約束の顔面ダイブ!!
ラッキースケベの王道コンボごちそうさまですわーーッ!!///』
イシュラーナの無音シャッターが狂ったように連写される。
「さ、佐藤様ぁぁぁぁっ……!?」
数秒遅れて事態を把握した白石さんが、顔を茹でダコのように真っ赤にして悲鳴を上げ、慌ててトールの頭を胸から引き剥がした。
「ご、ごごごめんなさい佐藤様ッ! 私、またドジを……っ///」
(またこんな風に、佐藤様の腕の中に転がり込んでしまって……。恥ずかしいのに、どうしてか、少しも嫌じゃないと思ってしまう自分がいる)
そんな胸の内を悟られないよう、白石さんは慌てて視線を伏せた。
「いや……お前が思いのほか喜んでくれて、俺も少し浮かれていたのかもしれん」
トールもコホンと咳払いをして立ち上がるが、その耳はほんのりと赤い。
恥ずかしさのあまり湯気を出している白石さんは、真っ赤な顔のまま、逃げるようにキッチンへと戻りながら叫んだ。
「き、今日の夕飯は……佐藤様が課題(エリアボス討伐)を頑張ってくるご褒美に、お肉たっぷりの『特大チーズインハンバーグ』にしますからねッ!///」
ピタッ。
その言葉を聞いた瞬間、トールの足が止まった。
「……ハンバーグ……特大の、チーズイン……だと?」
ナイフを入れた瞬間、肉汁と共に溢れ出す濃厚なチェダーチーズの滝。それを白米と共にかき込む至福の情景が、トールの脳内に閃光のように走った。
次の瞬間、トールの瞳から「面倒くさい」という感情が完全に消え去り、極上の食欲がカンスト状態へと振り切れた。
「……待っていろ、白石殿」
トールはソファーに立てかけてあった木刀を引っ掴むと、猛然と玄関へと向かった。
「行くぞお前ら。俺のハンバーグのために、5分で終わらせる」
大人の色気と極上ハンバーグの前に完全に陥落したマイペースな武士は、総大将モードを全開にして、部室で待つ仲間たちの元へ(そして変異ボスが待つ第10階層へ)と突撃していくのであった。




