第049話:ダンジョン夏祭りと、浴衣の極楽ハプニング
八月中旬。渋谷のダンジョン・エントランス周辺に設けられた特区広場では、毎年恒例の『魔石夏祭り』が盛大に開催されていた。
無数の提灯が飾られ、魔石を動力とした色とりどりのネオンが屋台を照らし出す。ダンジョン探索者や学生、一般の観光客が入り乱れ、広場はすさまじい熱気と喧騒に包まれていた。
「……暑い。そして人が多いな。だが、屋台から漂ってくるタレの焦ける匂いは誠に素晴らしい」
佐藤通は、涼しげな甚平姿で周囲を見渡していた。
今日は魔道具研究会の面々と白石さんを連れて、全員で夏祭りに繰り出してきたのだ。
「お待たせしました、佐藤様」
待ち合わせ場所の時計塔の下。声に振り返ったトールの息が、ピタリと止まった。
「……ほう」
そこに立っていたのは、紺地に大ぶりの朝顔があしらわれた、しっとりとした大人の色気を放つ浴衣姿の白石さんだった。
うなじを美しく見せるまとめ髪。そして、帯でキュッと締められているせいで、普段隠されている『圧倒的なまでの双丘』の存在感が、浴衣の襟元を押し上げるようにして暴力的に強調されている。
(……なんという破壊力だ。現代の『浴衣』という装甲は、防御力ゼロどころか、周囲の理性を狂わせる広範囲魅了魔法ではないか)
トールが真顔で思考を宇宙へ飛ばしていると、
「さ、佐藤さん! わたくしの浴衣姿も見てくださいませ!」
淡い水色の可憐な浴衣を着た神宮寺氷華(氷の女王)が、ツンと胸を張って前に出た。
「和装というものは、胸元が平坦な寸胴体型の方が似合うとされていますのよ! つまり、今日のわたくしは誰よりも和服を完璧に着こなしていますの!( ¯﹀¯ )ドヤッ」
「氷華ちゃん、それ自分で言ってて悲しくならないんですか……?」
金魚柄の元気な浴衣を着た戌井盾花(タンク娘)が、同情の目を向ける。
『キタ――(゜∀゜)――!! 浴衣ヒロイン大集合! トール様、眼福すぎますわーーッ!』
トールの懐で、イシュラーナ(スマホ)が狂ったようにバイブレーションを鳴らした。
「よし、全員揃ったな。鯖江、お前は俺たちが買った飯と景品を持つ係だ。行くぞ」
「イエッサー! 今日もパシリの流儀(ドローン自動追従)でお供しますぅっ!」
トールたちは光の海へと足を踏み入れた。
たこ焼き、イカ焼き、焼きそば、りんご飴。トールは屋台のジャンクフードを次々と制覇し、「外で食う飯もまた一興だな」と満足げに頷いていた。
そんな中、彼らの足が止まったのは『射的』の屋台の前だった。
「きゃぁぁぁっ! あの超特大のクマのぬいぐるみ、可愛いですわ!」
氷華が屋台の最上段に飾られた景品を見て目を輝かせる。
「よし。俺が取ってやろう」
トールはワンコインを払い、備え付けのコルク銃を受け取った。
「兄ちゃん、そいつは重いから無理だぜ? 弾も軽いしな」
屋台の親父がニヤニヤと笑う。現代ダンジョン特区の屋台の景品は、底に重りが仕込まれており、普通のコルク銃では絶対に落ちないぼったくり仕様なのだ。
「……五月蠅いな。的がそこにあるなら、撃ち抜くまでだ」
トールはコルク銃を片手で構え、スッと息を吐いた。
異世界の修羅場で培われた、極限の『動体視力』。そして、指先からコルク弾へと流し込まれる圧倒的な『気』。
――パンッ!
軽い破裂音。
銃口から放たれたコルク弾は音速を超え、空気を切り裂くような衝撃波を伴って、超特大のクマのぬいぐるみの眉間(重りの中心軸)へと迫る。
しかし、トールはただ撃ち抜いたわけではなかった。着弾の刹那、コルク弾に込めた『気』をぬいぐるみ全体を包み込むように作用させ、「一点を貫通する力」から「面で押し飛ばす衝撃波」へと変換させたのだ。これぞ、対象を破壊せずに無力化する『峰打ち』の神業的応用である。
ドゴォォォォンッ!!
「なっ!?」
トールの気によって完璧に保護されたぬいぐるみは、無傷のまま屋台の棚ごと後ろのテントを突き破って吹き飛んだ。
「次だ」
パンッ! ドゴォン! パンッ! バキィィン!
トールが無造作に引き金を引くたびに、絶対に落ちないはずの高額景品(最新型ゲーム機、高級魔石セット、特大ぬいぐるみ等)が、無傷のまままるで爆撃を受けたかのように次々と吹き飛んでいく。
「あ、あわわわわ……っ!? 嘘だろ、俺の屋台がァァァッ!?」
屋台の親父が白目を剥いて泣き崩れる。
『(カシャカシャカシャッ!)トール様の射的無双、ゲリラ配信完了ですわ! コルク弾に『気』を込めて質量兵器に変え、さらに景品を保護する神業! またネットが億バズりしますのよーッ!』
「うむ。鯖江、拾っておけ」
「ボ、ボス! マジックバッグが景品でパンパンですぅぅっ!」
周囲の客たちが「なんだあの凄腕スナイパーは!?」と騒然となる中、トールは満足げに銃を返し、傷一つない超特大のクマのぬいぐるみを氷華に押し付けた。
「ほら、約束の品だ」
「さ、佐藤さん……っ! ありがとうございますわ……っ!」
氷華が顔を真っ赤にしてフワフワのぬいぐるみを抱きしめる。
「……おや、そろそろ花火が上がりますよ」
白石さんが夜空を見上げた時だった。
ドンッ! と腹に響く音と共に、大輪の花火が打ち上がった。
それと同時に、広場にいた数万人の観光客が一斉に移動を始め、凄まじい人波がトールたちに押し寄せてきた。
「きゃっ……!?」
下駄を履き慣れていない白石さんが、人混みに押されてバランスを崩す。
「危ない」
トールが瞬時に手を伸ばし、はぐれそうになった白石さんの細い手首をガシッと掴み、自分の胸の中へと強く引き寄せた。
――ムギュゥゥゥゥッ。
「…………ッ!!」
人混みの圧力と、トールが力強く引き寄せた勢いにより、白石さんの『豊かな双丘』が、浴衣の帯の上に乗るような形で、トールの胸板と腕に完全に密着した。
薄い浴衣の生地越しに伝わってくる、大人の女性の熱い体温と、信じられないほどの弾力。甘い石鹸の香りに、ほんのりと混ざる夏祭りの熱気と汗の匂い。
「あ、あの……佐藤様ぁ……っ///」
至近距離で見上げる白石さんの瞳は潤み、その顔は打ち上げ花火の光よりも赤く染まっていた。
「……はぐれないよう、しばらくこうしていろ。白石殿が迷子になっては、明日の朝飯が食えなくなってしまうからな」
トールは顔を赤くしながらも、決してその手を離そうとはしなかった(そして腕の極上の感触を堪能していた)。
『ギャアアアアアアッ!! 花火の下での浴衣密着ハプニングゥゥゥッ!! トール様、完全にラブコメの主人公してますわーッ!! 尊すぎてサーバーが焼き切れますのよォォォッ!!///』
イシュラーナの無音シャッターのフラッシュが、花火の光に紛れて狂ったように瞬き続ける。
「ああっ、ずるいですわ! わたくしも迷子になりますの!」
「佐藤さん、私も引っ張ってくださいぃっ!」
氷華と盾花が人混みを掻き分けてトールに抱きついてくる。
ドンッ、パラパラパラ……。
夜空を彩る美しい魔石花火を見上げながら、トールは腕の中に確かな温もり(と圧倒的な柔らかさ)を感じていた。
大企業を発狂させた騒動も、理不尽な教官の撃退も、すべてはこの極楽なスローライフのために。
「……やれやれ。誠に騒がしく、そして美味い夏になりそうだ」
マイペースな武士と最強の家政婦、そして個性豊かな仲間たちが織りなす、カオスで最高に幸せな『夏休み』が、今ここに本格的な幕を開けたのであった。




