第048話:巨大IT企業の狂乱と、パシリ教官の鉄壁ディフェンス
アメリカ、シリコンバレー。世界最高峰の検索エンジンとクラウドサービスを提供する超巨大IT企業の、最上階に位置する特別会議室。
そこでは今、世界中から集められたトップエンジニアたちと役員陣が、信じられないものを見る目で巨大なモニターを凝視していた。
「……ジーザス。何度見ても物理法則が狂っているとしか思えない」
CEOが、震える手で額の汗を拭う。
モニターに映し出されているのは、極めて画質の荒い(イシュラーナによって意図的にノイズがかけられた)一本の動画。日本のどこかと思われる薄暗い部屋の中で、青々と光る竹の中を、氷のように冷たい水が『電力ゼロ』で無限に循環し続ける映像であった。
「おい、解析班!
この【謎の冷却システム(流しそうめん機)】の熱交換率の計算は終わったか!」
「だ、駄目です!
水中の極小魔石と思われるコアが、周囲の熱エネルギーを完全に別次元へと反転させています!
これがもし当社の次世代AIデータセンターに導入されれば、サーバーの熱暴走問題が解決するどころか、冷却にかかる数百億円の電力が実質『ゼロ』になります!」
「信じられん……! どこの国家機関の極秘プロジェクトだ!?
この開発チームを何としても探し出し、独占契約を結ぶんだ!
懸賞金を五百億円まで引き上げろ! どんな手を使ってでも連れてこい!」
世界経済を牽引する巨大企業が、たった一つの『流しそうめん機』によって、文字通り狂乱状態に陥っていた。
* * *
「――ってことになってるんだよぉぉぉっ!!」
同じ頃、渋谷代々木学園のE組教室。
新任の凪教官は、半狂乱になって胃薬の瓶を丸ごと口に流し込み、水で無理やり飲み下していた。
「俺がちょっと目を離した隙に、またとんでもないオーパーツをネットに流しやがって……!
昨日から、学園の周辺に怪しい黒塗りの車や、多国籍な企業スパイがウロウロし始めてるじゃないか!」
『ふふっ。ご安心なさいませ、凪教官』
凪教官のタブレット端末に、勝手にイシュラーナの合成音声が響き渡った。
『学園の防犯カメラと周辺の通信ネットワークは、すべてわたくしが掌握しておりますわ。スパイどものGPSの座標をハッキングして、ダミーの熱源を東京湾のど真ん中に設定しておきましたの。今頃、エージェントたちは海の上で幻の研究所を探して右往左往しているはずですわ!』
「お、お前……本当に優秀なAIだな……」
凪教官は安堵のあまり、ガクリと膝をついた。
「だが、油断はできない。俺の夏休みの平穏と定時退社は、あいつらの偽装工作に懸かっているんだ。絶対に、この学園にスパイを一歩も入れさせないぞ……っ!」
事無かれ主義だったはずの昼行灯教官は、今やトールたちのスローライフを守るための『鉄壁の防波堤』として、世界中の大企業を相手に孤独なもみ消し(情報)戦を繰り広げていたのである。
* * *
そんな外の世界の地獄絵図など、微塵も知らない魔道具研究会の部室。
「……うむ。流しそうめんは堪能した。だが、連日同じメニューでは飽きが来るな」
特大アンティークソファーに寝転がりながら、佐藤通が欠伸交じりに呟いた。
「ボ、ボスゥ……。世界中がこの流しそうめん機(推定価値・数千億円)の話題で持ちきりなのに、もう飽きちゃったんですか!?」
部屋の隅で魔道サーバーをいじりながら、鯖江が信じられないものを見る目を向ける。
「そうめん以外に流せるものはないのか。例えば、白石殿が作った冷製カペッリーニ(細麺パスタ)とか」
「天ぷらの次はイタリアンですの!?
でも、トマトソースが竹にこびりついてしまいますわよ」
氷華(氷の女王)が呆れたようにツッコミを入れる。
「ならば、デザートだ。イシュラーナ、この無限冷却システムの余剰エネルギーを使って、何か甘いものを凍らせることはできないか?」
『お任せくださいませ、トール様!』
トールの無茶振りに、イシュラーナが歓喜の起動音を鳴らす。
『冷却水流の位相を少しズラして、急速冷凍のチャンバーを構築しますわ!
そこに白石殿が持たせてくれたフルーツジュースと練乳を注げば……』
ギイィィン……ッ!
流しそうめん機の一部が変形し、またしても物理法則を無視した魔素の圧縮が行われる。
ピローン♪
あっという間に完成したのは、『オーパーツ級・全自動瞬間かき氷&アイスメーカー』であった。
「おおっ!
注いだジュースが一瞬にしてフワフワのシャーベット状になって出てきますわ!?」
「すごいです! 練乳といちごソースが完璧な層になってますぅぅっ!」
氷華と盾花が目を輝かせ、出来上がった極上のかき氷をスプーンで口に運ぶ。
「……んんんっ! 冷たくて甘くて最高ですわーっ!」
「……うむ。誠に極楽である」
トールも山盛りのかき氷を平らげ、火照った身体を完璧にクールダウンさせていた。
ガラッ。
「お、おい……お前ら、外が大変なことに――」
血走った目で部室に飛び込んできた凪教官は、次々と生み出される極上のかき氷と、それを幸せそうに食べる生徒たちを見て、言葉を失った。
「あ、凪先生! お仕事お疲れ様です!
白石さんが作った特製シロップのかき氷、食べますか?」
盾花が、ふんわりと削られた氷の上に、濃厚なマンゴーシロップをたっぷりとかけた一杯を差し出す。
「あ、いや、俺は別に……」
言いかけながらも、過労と猛暑でカラカラに乾ききっていた凪教官の身体は、限界を迎えていた。フラフラと受け取り、一口食べる。
「…………ッ!!?」
凪教官の脳内に、再び美味の雷鳴が轟いた。
口の中で淡雪のように溶ける氷の食感。そして、幻のダンジョンフルーツを使ったマンゴーシロップの圧倒的な甘味と爽やかな酸味が、疲弊しきった脳細胞に極上の糖分を供給していく。
「う、美味すぎる……っ!
徹夜でスパイの通信を妨害して荒んだ俺の心と身体が、完全に浄化されていく……っ!」
凪教官は、涙を流しながら猛烈な勢いでかき氷を掻き込み始めた。
『(カシャカシャッ!)トール様の瞬間冷却アイスメーカー、稼働テストの動画も裏掲示板にアップ完了ですわ!』
「ぶふぅっ!?」
かき氷を吹き出しそうになる凪教官。
「お、お前! またそんなヤバい動画をネットに……っ!」
『あら。でも凪教官、この極上のスイーツを作る技術、大企業に奪われてもよろしいんですの?』
「…………」
凪教官は、手に持ったかき氷の器と、幸せそうに涼む生徒たち(と、白石さんの手作りシロップ)を交互に見比べた。
(これを失えば……俺の人生の数少ない癒やしが消える……!)
「……上等だ。あいつら、今度は超伝導冷却をアイス作りに使ってやがるって大騒ぎだろうが……俺が、俺の権限と教員生命を懸けて、世界のIT企業からお前らを守り抜いてやる……!」
もはや「パシリ」の域を超え、スローライフ防衛隊の立派な一員として覚醒した事無かれ主義の教官。
世界規模の企業が「天才技術者の特定」に数百億円を投じて発狂し続ける中、魔道具研究会の部室では、今日もただひたすらに、最高に涼やかで美味なる『夏休み』の時間が流れていくのであった。




