第047話:無限冷却流しそうめんと、IT企業の狂乱
八月。無事に期末テストの赤点を回避し、いよいよ待望の夏休みがスタートした。
しかし、連日の猛暑は容赦なく渋谷代々木学園を照りつけていた。
「……暑い。極上のそよ風(魔道エアコン)があるとはいえ、この湿気と熱気は、スローライフの最大の敵だな」
魔道具研究会の部室で、佐藤通は特大アンティークソファーに寝転がりながら、恨めしそうに窓の外を見つめていた。
「佐藤さん、夏休みなんですから、たまには海やプールに行きませんか?」
戌井盾花(タンク娘)が元気よく提案するが、トールは即座に首を横に振った。
「外に出れば汗をかく。俺は、この部室を『究極の避暑地』にする。夏を乗り切るための、最高の納涼リゾート化計画を実行するぞ」
「納涼リゾート、ですの?」
神宮寺氷華(氷の女王)が首を傾げると、トールは真顔で頷いた。
「極上の『流しそうめん』がやりたい。白石殿が持たせてくれた極上の素麺と天ぷらを、最高の状態で味わうためにな」
『動機が常にメシ! でもブレないトール様が最高ですわーーッ!』
胸ポケットのスマホ(イシュラーナ)がバイブレーションで歓喜の声を上げる。
「よし、竹を拾いに行くぞ。鯖江、ついてこい」
「イ、イエッサー! パシリ、出動しますぅっ!」
向かった先は、学園地下ダンジョン第30階層付近に広がる『竹林エリア』。
鬱蒼と茂る竹林の中で、巨大なパンダ型のモンスターや、鋭い葉を飛ばしてくるキラーバンブーが襲いかかってきたが、トールにとっては「ただの素材」に過ぎなかった。
「邪魔だ。俺のそうめんのコース(竹)になる名誉を与えてやる」
――ヒュンッ。
トールの木刀が神速の峰打ちを描く。
強力なモンスターたちは瞬殺され、光の粒子となって消滅。後には、しなやかで美しく青光りする『神域の竹』だけが残された。
「シュポポポポポポッ!」
鯖江の操る自律ドローンにぶら下がった500円のリュックサック(自動収集マジックバッグ)が、ダイソンのような吸引力で竹と魔石を全自動回収していく。
「うむ。完璧な竹だ。帰るぞ」
食材調達感覚で素材を手に入れたトールは、あっという間に部室へと帰還した。
部室に戻ったトールは、神域の竹を半分に割り、見事な流しそうめんのコースを組み上げた。
「だが、ただ水を流すだけではすぐにぬるくなってしまうな。イシュラーナ、いつものように回路を繋げ」
『お任せくださいませ! トール様の『気』と水属性の極小魔石をハッキングで最適化しますのよ!』
トールが水属性と氷属性の積層魔石を組み合わせ、圧倒的な『気』を流し込む。
ギイィィィン……ッ!
部室の魔素が圧縮され、イシュラーナの超絶演算が物理法則を無理やり上書きしていく。
ピローン♪
間抜けな電子音と共に完成したのは、『オーパーツ級・全自動流しそうめんシステム』だった。
「おおっ! 水が……下から上へと、勝手に循環していますわ!?」
氷華が目を丸くする。組み上げられた竹のコースを、氷のように冷たい水が電力ゼロで無限に循環し続けているのだ。
「よし。これで水が蒸発せず、常に最適な冷たさを保ちながら循環し続ける。完璧な流しそうめん機だ」
「ボス……またとんでもないオーパーツを、ただのそうめんを流すためだけに作っちゃいましたね……」
鯖江が呆れ顔で呟くが、トールの目はすでに白石さん特製のお弁当箱に向けられていた。
「さあ、いただきますだ」
白石さんが持たせてくれた極上のそうめんを竹に流し、トールが箸で素早くすくい上げる。
「……ッ!! 美味い!!」
トールの脳髄に美味の雷鳴が轟いた。
「神域の竹の清々しい香りが冷水に移り、素麺の喉越しを究極の高みへと引き上げている! さらに、サクサクに揚げられた『夏野菜の冷やし天ぷら』の衣が、冷たい麺と完璧なマリアージュを果たしているぞ……!」
「本当ですわ! ナスもカボチャも、甘みが凝縮されていて最高ですの!」
「ツルツルいけちゃいますぅぅっ! 暑さなんて完全に忘れちゃいますよ!」
氷華と盾花も、涼やかな飯テロに完全に屈服し、幸せそうな笑顔で麺を啜っていた。
――しかし、彼らは全く知る由もなかった。
イシュラーナが「トール様の流しそうめんエモすぎますわーッ!」と、いつものように(顔と場所を完全に隠して)ネットの裏掲示板に動画を放流したことが、世界中で大事件を引き起こしていたことに。
『おい見ろ! あの竹の中を流れている冷却水、熱交換率が物理法則を完全に無視してるぞ!』
『電力ゼロで永遠に冷水を循環させるシステムだと!? この冷却システムがあれば、次世代AIデータセンターのサーバー熱暴走問題が完全に解決するぞ!』
『どこの研究所だ!? 何百億、いや何千億積んでもいいからこの【謎の開発チーム】を特定して引き抜けェェッ!』
GAFAクラスの世界的IT企業やデータセンター建設会社が血眼になって特定に乗り出し、ネット上は未曾有の狂乱状態に陥っていた。
「ああっ……また俺の胃が……ッ!!」
その頃、学園の教官自室では、新任の凪教官が胃薬をボリボリと噛み砕きながら、世界中の経済ニュースでトップ報道される『謎の冷却システム』の映像を見て白目を剥いていた。
「あいつら、夏休みに入ってまで俺の睡眠時間を削る気か! スパイが来たら『ウチにはそんな施設はありません!』って追い返す報告書を書かなきゃならねぇだろうがっ……!」
パシリ教官として覚悟を決めた凪教官は、涙目で決死の防波堤となるべく奔走し始めていた。
世界規模のIT企業が巨額の懸賞金をかけ、パシリ教官が胃を痛めてもみ消しに走っているその裏で。
「うむ。素麺の後は、白石殿の特製水羊羹だな」
「わぁっ! いただきますわ!」
魔道具研究会の部室では、そんな外の騒ぎなど一切届かず、ただひたすらに最高に涼やかで平和な『納涼リゾート』の時間が、今日もゆったりと流れていくのであった。




