第046話:三者面談と、美しすぎる「保護者」の来校
七月の下旬。期末テストを無事に(トールの異世界仕込みの異常な集中力によって)乗り切った渋谷代々木学園では、夏休みを目前に控えた恒例行事『三者面談』が行われていた。
保護者を交えての成績報告や、今後のダンジョン探索の方針、クラス替えの希望などを話し合う重要な場である。
学園の本校舎へと続く桜並木の道を、一人の女性が歩いていた。
淡いパステルカラーの楚々としたブラウスに、膝丈のタイトスカート。髪は清楚に後ろで一つにまとめられ、控えめなメイクが彼女の優しげな顔立ちを引き立てている。
しかし、その控えめな装いの上からでも隠しきれない、大人の女性としての暴力的なまでの豊満なプロポーションと、ふわりと漂う石鹸の甘い香りが、周囲の空気を完全に支配していた。
「な、なんだあの超絶美人は……っ!?」
「どこのクラスの特別教官だ!? いや、女優か何かか!?」
すれ違う特進クラスのエリート男子生徒や、警備にあたっている教官たちが、文字通り全員釘付けになって振り返る。
彼らの熱烈な視線を一身に浴びながら、白石さんは少し困ったように小首を傾げ、隣を歩く佐藤通の袖をちょいちょいと引っ張った。
「あの、佐藤様。皆さん、なんだかすごくこちらを見ていますけれど……私、何かおかしな格好をしていませんか? 結衣を実家に預けて急いできたので、少しシワが寄っているかも……」
「気にするな。白石殿の装いは完璧だ。ここの連中は年中地下に潜りっぱなしだからな、美しい花(女性)を見る機会が少なくて飢えているのだろう」
トールが真顔で、さらりと歯の浮くような台詞を吐く。
「も、もうっ、佐藤様ったら!///」
白石さんは顔をポッと赤くして、恥ずかしそうに頬に手を当てた。
『キタ――(゜∀゜)――!! 白石殿の保護者会スタイル、エモすぎますわーーッ! 楚々としたブラウスとタイトスカートから放たれる圧倒的母性と色気! エリートどもが完全にモブ化してますのよ!』
トールの胸ポケットで、スマホ(イシュラーナ)が狂ったように無音シャッターを切っている。
今回、トールの保護者代理として白石さんが学園に呼ばれたのは、「家政婦」という名目ではあるものの、実質的にトールの生活の全てを取り仕切っているのが彼女だからである。
二人がEクラスの教室前の廊下で待機していると、通りかかった特進Aクラスのベテラン教官が、白石さんの姿を目にしてピタリと足を止めた。
「おお、これはこれは。Eクラスの生徒の保護者の方ですか」
教官は白石さんの大人の魅力にすっかりデレデレになりながら、愛想よく声をかけてきた。
「ええと、お姉様……いや、随分とお若くてお美しい『奥様』ですね。佐藤くん、君は幸せ者だな」
「お、奥様……ッ!?」
白石さんの顔が、一瞬にして林檎のように真っ赤に茹で上がった。
「ち、違いますっ! 私はその、佐藤様の奥様などではなくて、ただの家政婦と申しますか、身の回りのお世話をしているだけで――っ!」
慌てて両手を振って否定しようとする白石さん。
しかし、その横でトールが腕を組み、非常に満足げなドヤ顔で深く頷いた。
「うむ。俺の胃袋を完全に掌握しているからな。毎晩、美味い飯を作って俺の帰りを待っていてくれるのだ。誠に出来た女だぞ」
「…………ッ!!///」
白石さんの頭から、ボフゥッ! と湯気が上がった。
「さ、佐藤様ぁぁぁっ! それじゃあ本当に、新婚さんみたいじゃないですかぁぁっ!」
「な、なんだと!? 高校生にして、これほどの絶世の美女を妻にしているというのか!? Eクラスの底辺の分際で、生意気な……ッ!」
他クラスの教官がギリィッ! とハンカチを噛みちぎらんばかりに嫉妬の炎を燃やす。
『トール様! 無自覚な天然タラシ発言がクリティカルヒットしてますわ! 若妻の勘違いラブコメ展開、ごちそうさまですのよーーッ!!』
そんな騒がしい廊下から、ガラガラとEクラスの教室の扉が開いた。
「……おい、そこ。廊下でイチャイチャするな。次、佐藤の番だぞ。入れ」
死んだ魚のような目をした凪教官が、目の下のクマをさすりながら二人を招き入れた。
教室の中に入り、凪教官と向かい合って座るトールと白石さん。
「えーっと、佐藤通。期末テストの成績は……全教科満点で、学年トップだ」
「当然だ。夏休みの昼間、白石殿の特製ランチが食えなくなる補習など、断じて受け入れられんからな」
「……お前のその、飯に対する異常な執念はなんなんだ」
凪教官は深い深い溜息をついた。
「テストの成績は文句なしだ。……だがな、佐藤。お前、実技テストの第10階層のエリアボス戦で、ボスを数秒でワンパンしたらしいな」
「む? あれはただの羽虫だったぞ」
「だから! お前が目立つ真似をするたびに、俺が上の連中に『計測機器のバグです! 機材の故障です!』って必死に言い訳(捏造)の報告書を徹夜で書いてるんだぞ! 俺の定時退社と睡眠時間をこれ以上削るな!」
半狂乱になって胃薬をボリボリと噛み砕く凪教官。
「あ、あの、凪先生……。いつも佐藤様が、お世話になっております」
そこへ、白石さんが申し訳なさそうに微笑みながら、持参した小さな紙袋を机の上にそっと差し出した。
「これ、差し入れの手作りマドレーヌと、冷たいお茶です。徹夜のお仕事、大変ですね……。少しでもお疲れの癒やしになればと思いまして」
「……っ!」
凪教官の動きがピタリと止まった。
白石さんの楚々とした美貌から放たれる圧倒的な母性。そして、紙袋から漂う甘くバターの香ばしい匂いが、荒んだ教官の心と胃袋を強烈にノックする。
「あ、ありがとうございます……」
凪教官は震える手でマドレーヌを一つ取り出し、口へと運んだ。
「……美味すぎる……っ! 俺のささくれ立った心に、手作りの優しい甘さが染み渡る……っ!!」
ボロリと涙をこぼす事無かれ主義の教官。
「……ま、まあ、佐藤の成績も問題ないし、実技テストの結果も『機材の故障』として処理しておいたから、心配はいらない。夏休みは、ゆっくりと家で過ごしてくれ」
「うむ。世話をかけるな」
完全に白石さんのスイーツ(と賄賂)に買収された凪教官は、もはやそれ以上トールを追及する気力を失っていた。
「では、失礼します。凪先生も、お身体にお気をつけて」
白石さんが深々と一礼し、トールと共に教室を後にする。
見送った凪教官は、残りのマドレーヌを大事そうに抱え込みながら、一人静かに決意を固めていた。
(……俺は、これからもEクラスのバケモノどものパシリとして、全力でもみ消し工作を続けるぞ。この極上のスイーツと、白石さんの笑顔を見るためなら……残業も辞さない覚悟だ……!)
大企業を揺るがす異常な事態も、若妻という甘酸っぱい勘違いも、すべては美味しいご飯とスイーツの前に丸く収まっていく。
波乱に満ちた(?)三者面談を終え、魔道具研究会の面々はいよいよ、本格的な『夏休み』へと突入していくのであった。




