第045話:期末テストの脅威と、究極の夜鳴きうどん
七月下旬。蒸し暑い夏の日差しが照りつける渋谷代々木学園。
一年E組の教室では、新任の凪教官が、黒板に忌まわしい四文字を書き殴っていた。
『期末考査』である。
「……というわけで、来週から一学期の期末テストだ。赤点を取った奴は、夏休み期間中、毎日ダンジョン内での『地獄の座学補習』を受けてもらう。俺の夏休み(有給と睡眠)を消化させないためにも、お前ら絶対に赤点だけは取るなよ」
凪教官の言葉に、Eクラスの生徒たちから絶望の悲鳴が上がる。
その中で、最後列の窓際席でうとうとしていた佐藤通は、スッと真顔になって手を挙げた。
「教官。その『夏休みの補習』とやらは、昼を跨ぐのか?」
「あ? ああ、朝から夕方までみっちりだ。昼飯もダンジョン内で携帯食料(カロリーメイト的なもの)をかじりながらやってもらう」
「…………ッ!!」
ガタッ!! と、トールが弾かれたように立ち上がった。
「夏休みの日中、白石殿の特製ランチが食べられなくなるだと!? しかも昼飯が味気ないブロック固形物!? ……断じて許されん。そんないかなる最凶モンスターよりも恐ろしい未来は、俺が絶対に阻止する!」
「モチベーションのスイッチが相変わらず極端ですわね!」
隣の席で氷華(氷の女王)がツッコミを入れる中、トールは木刀ならぬ教科書を手に取り、総大将モードへと突入した。
「おい、お前ら。俺の平穏な夏休みのランチタイムを守るため、今週末は我が城で徹夜の勉強会(合宿)を開くぞ。一人でも赤点を出せば連帯責任で補習になりかねんからな」
「えっ! 佐藤さんのタワマンに行けるんですか! やったー!」
「わたくしも……! その、白石さんの手料理が食べられるなら、お付き合いしますわ!」
「俺も行きますボス! パシリ兼雑用として!」
盾花、氷華、鯖江の三人が即座に同調する。
* * *
そして週末。ペントハウスの広大なリビングに、四人の姿があった。先日部室にも張った『空間断絶・絶対防音結界』をリビングの片隅に展開し、完璧な集中環境を作り上げている。
「……くっ、現代の『数学』という学問は、異世界の古代魔法陣の解読より難解だな」
トールは腕を組み、数式が並ぶテキストを前に唸っていた。
「佐藤さん、ここは公式に当てはめるだけですわよ。ほら……」
旧メジャーの令嬢として高度な教育を受けてきた氷華が、珍しく(?)頼もしい姿で勉強を教えている。
時計の針が深夜零時を回った頃。
「皆さん、お勉強お疲れ様です。お夜食をお持ちしましたよ」
エプロン姿の白石さんが、お盆に乗せて運んできたのは――立ち昇る湯気と共に、暴力的なまでの出汁の香りを放つ『特製・夜鳴きうどん』と、具沢山の『こだわりおにぎり』であった。
「……っ!」
トールの脳髄に、美味の雷鳴が轟いた。
黄金色に透き通る関西風の出汁。その上に乗っているのは、甘辛く煮付けられた牛肉と、シャキシャキの九条ネギ。そして、真ん中でトロリと輝く温泉卵。
「いただきます」
トールが神速の箸さばきでうどんをすする。
「……美味い!! 五臓六腑に染み渡る、昆布とカツオの圧倒的な旨味……! 牛肉の甘い脂がスープに溶け出し、疲れた脳に極上の活力を与えてくれる!」
「このおにぎりも絶品ですぅぅっ! 中に鮭と昆布がぎっしりで……無限に食べられますぅっ!」
盾花と鯖江も涙を流しながらうどんとおにぎりを頬張り、氷華も「深夜の炭水化物は……でも、お箸が止まりませんわ!」と葛藤しながら完食していく。
「ふふっ、たくさん食べてくださいね」
夜着の上にカーディガンを羽織っただけの、少し隙のある(そして破壊的なまでに豊満な)白石さんが、慈愛の笑顔で見守っている。
「……よし。極上のエネルギーは補給された」
うどんのスープを一滴残らず飲み干したトールは、スッと目を閉じ、異世界で培った圧倒的な『気』を自身の脳内へと集中させた。
「脳神経の伝達速度を限界突破させる。イシュラーナ、教科書のデータを俺の網膜に直接投影しろ」
『承知いたしましたわ! 超絶ハッキングによる一夜漬けインストール、開始しますのよ!』
「なっ!? 佐藤さん、目がバキバキですわよ!?」
その後、トールは異世界の修羅場で極限の集中力を発揮した時と同じ(あるいはそれ以上の)『食への執念』による集中力を見せ、テキストの全ページを物理的に脳へ焼き付けていった。
* * *
数日後。
「――以上で答案の返却を終わる。……いや、マジでお前ら、どうやったんだ?」
Eクラスの教壇で、凪教官が信じられないものを見る目で成績表を見つめていた。
「落ちこぼれのEクラスの分際で、全員が平均点以上。特に佐藤……お前、学年トップの満点だぞ。おかげで俺の夏休みの有給(と睡眠時間)は無事に守られたが……」
「当然だ。白石殿の特製ランチ(と昼寝)を妨害する隙など、一ミリも与えん」
窓際の席で、トールは満足げに腕を組んで頷いた。
赤点回避による歓喜に沸くEクラス。
美味い飯への果てしない執念は、学力という壁すらも易々と(オーバースペックな集中力で)粉砕し、彼らに最高に平和な『夏休み』の権利をもたらしたのであった。




