第041話:凪教官の過労死寸前なもみ消しと、極上フルーツパフェ
「――以上が、今回の『ダンジョン体育祭』において、我が一年Eクラスが叩き出した『異常なスコア』に関する調査報告書です。結論から申し上げますと、すべては【運営側の機材エラーおよびシステムバグ】によるものでした」
渋谷代々木学園の厳かな会議室。
新任のEクラス担任・凪教官は、目の下に真っ黒なクマを作り、死んだ魚のような目で分厚い報告書を机に叩きつけた。
「バグだと? ふざけるな!」
学園の上層部や特進クラスの教官たちが、顔を真っ赤にして立ち上がる。
「Eクラスの生徒が、魔石集め競技で他クラスの魔石まで根こそぎ吸い込んだという証言が多数ある! それに、障害物競走でのホブゴブリンの群れが一瞬で消滅した件や、大ダンス大会での測定器の爆発……あれがすべてバグで片付けられるわけがなかろう!」
「証言はあくまで証言です。集団心理による錯覚に過ぎません」
凪教官は一切動じることなく、タブレットで学園のメインサーバーのログを表示した。
「これが、運営の記録した公式データです。魔石の回収ログは途中で欠損し、大ダンス大会の魔力波長データも完全にノイズで上書きされています。何者かによる意図的な不正の痕跡は、ただの1バイトも存在しません」
「ぐっ……しかし……!」
「もし、これを『Eクラスの生徒がやった』と公式に認めるなら、学園側は『たった四人の落ちこぼれに、大企業が誇る最新鋭のシステムを完膚なきまでに破壊された』と世間に公表することになりますが……よろしいですか?」
「…………っ!!」
その一言で、上層部たちは完全に沈黙した。彼らのプライドと保身が、それ以上の追及を許さなかったのだ。
「……会議は以上です。定時を過ぎましたので、私は帰らせていただきます。お疲れ様でした」
凪教官は足早に会議室を後にした。
(あぶねぇぇぇっ! マジで胃に穴が開くかと思った……っ!!)
廊下に出た瞬間、凪教官は壁に寄りかかり、冷や汗をダラダラと流した。彼が提出した完璧な偽装ログは、言うまでもなく、トールの胸ポケットに潜む限界オタクAIが裏から手を回して完全改竄したデータである。
「頼むから……これ以上俺の睡眠時間を削ってくれるなよ、バケモノども……」
凪教官は重い足取りで旧校舎へと向かい、『魔道具研究会』の部室の扉を開けた。
「……うむ。白石殿の作るスイーツは、今日も完璧だな」
部室の特大アンティークソファー。
『空間断絶・絶対防音お昼寝結界』を解除した状態の佐藤通は、真顔のまま、キラキラと輝く特大のグラスを手にしていた。
中に入っているのは、体育祭の優勝賞品である『幻のダンジョンフルーツ』をふんだんに使用した、特製フルーツパフェであった。
「おい、佐藤……」
凪教官が恨めしそうに声をかけると、トールは鬱陶しそうに振り返った。
「なんだ。俺は今、至高のおやつタイムを満喫しているのだ。用なら手短にしろ」
「お前なぁ……! お前らが体育祭でチート全開で大暴れしたせいで、俺がどれだけ上の連中に頭を下げて、徹夜でもみ消しの報告書を書いたと思ってるんだ! もう当分、絶対に目立つような真似はしないでくれ! 大人しくここで昼寝をしていてくれぇっ!」
半狂乱で涙ながらに訴える凪教官。
『凪教官、お疲れ様ですわ! わたくしの完璧なログ改竄と、教官の迫真のハッタリのコンビネーション、エモかったですのよ!』
テーブルの上のスマホ(イシュラーナ)が、ピカピカと明滅しながら労いの言葉をかける。
「……五月蠅いな。だがまあ、俺の平穏な昼寝のために、お前が奔走してくれたのは事実のようだな」
トールはパフェのスプーンを置き、傍らにいた白石さんに顎でしゃくった。
「白石殿。こいつにも、その甘味を一つ振る舞ってやってくれないか」
「はい、承知いたしました。凪先生ですね。いつも佐藤様がお世話になっております」
「えっ?」
凪教官は、そこではじめて、部室の奥の簡易キッチン(給湯室)に立っている大人の女性の存在に気がついた。
淡い色のブラウスに、控えめなエプロン姿。しかし、その上からでも隠しきれない暴力的なまでの豊満な胸元のラインと、楚々とした上品な色気が、凪教官の目を完全に釘付けにした。
(な、なんだこの超絶美人の家政婦さんは……っ!? なんで学校の部室にこんな人がいるんだ!?)
「さあ、どうぞ。お仕事、お疲れ様です」
白石さんが優しく微笑みながら、凪教官の前に特製のフルーツパフェを差し出した。
ふわりと漂う石鹸の甘い香りと、圧倒的な母性のオーラ。数日間の過労でささくれ立っていた凪教官の心に、それはあまりにも強烈な癒やし(クリティカルヒット)であった。
「あ、ありがとうございます……」
凪教官はフラフラとパイプ椅子に座り、パフェを一口、口に運んだ。
「…………ッ!!?」
次の瞬間。凪教官の脳髄に、美味の雷鳴が轟いた。
幻のダンジョンフルーツの弾けるような果汁の甘みと、白石さん特製の濃厚な生クリームが、舌の上で完璧なマリアージュを果たしている。徹夜明けの疲労困憊の身体に、極上の糖分が染み渡っていく。
「う、美味すぎる……! コンビニの安物エクレアしか食べてこなかった俺の人生が、根底からひっくり返るほどの美味さだ……っ!!」
凪教官の目から、ボロリと涙がこぼれ落ちた。
「あの、佐藤さん。わたくしたちのパフェも、おかわりよろしいかしら?」
そこへ、少し顔を赤らめた氷華(氷の女王)と盾花(タンク娘)が、空になったグラスを手にしてやってきた。彼女たちは幻のフルーツ特有の『微弱な魔力酔い』によって、完全にふわふわとした状態になっていた。
「佐藤さぁん、もっと甘いのが食べたいですぅ……あーん、してくださいな」
「私もですぅ! 佐藤さん、お口に入れてください!」
魔力酔いでガードの緩くなった美少女二人が、トールの両腕にぴったりと抱きつく。盾花の圧倒的な力(体力S)と、氷華のAスタイルの硬い感触がトールを挟み込んだ。
「む……待て、お前ら。俺は自分のパフェを食うので忙しいのだ。それに暑苦しい」
『ギャアアアアッ! 左右からの甘えん坊ヒロイン攻撃!! 両手に花状態ですわーッ! トール様、パフェより甘い展開ですのよ!!///』
イシュラーナの無音シャッター音が狂ったように部室に響き渡る。
「…………」
その光景を、パフェを涙ぐみながら食べている凪教官が、呆然と眺めていた。
大企業を機能不全に追い込む謎のオーパーツの数々。美人すぎる家政婦による至高の手料理。そして、魔力酔いした美少女たちに抱きつかれるハーレム空間。
(……なんだここは。狂っている。世界の常識から完全に外れた、狂気と極楽の空間だ……)
だが、凪教官は残りのパフェをかき込みながら、心の中で一つの確固たる決意を固めていた。
(……悪くない。いや、むしろ最高だ。俺は定時退社と睡眠時間、そして何よりこの極上のスイーツのためなら……喜んで、学園のシステムを欺くパシリ教官になってやる……!)
巨大企業の覇権争いが激化する現代日本において、事無かれ主義の昼行灯教官は、トールの胃袋(と賄賂)に完全に絡め取られ、立派な『もみ消し役』としての覚醒を果たしたのである。
今日も魔道具研究会の部室には、甘いパフェの匂いと、カオス極まりない平和な日常が穏やかに流れていくのであった。




