第039話:チート全開の体育祭と、白目を剥く新任教官
六月。
梅雨の晴れ間の、うだるような暑さの中、雲一つない青空の下、渋谷代々木学園の巨大な特設ダンジョン・スタジアムにて『ダンジョン体育祭』の幕が切って落とされた。
総合優勝の賞品である『幻のダンジョンフルーツ盛り合わせ』と『最高級海鮮の目録』を手に入れるため、一年Eクラス(実質、魔道具研究会の四人)のモチベーションは、異常なまでの高まりを見せていた。
「いいか、お前たち。白石殿の作る究極のフルーツタルトと海鮮パスタが懸かっているのだ。一ミリの妥協も許さんぞ」
Eクラスの待機テントで、佐藤通が木刀を肩に担ぎ、かつてないほど真剣な(そして食欲にまみれた)顔で宣言する。
「は、はいっ! 絶品スイーツのためなら、わたくし何でもやりますわ!」
「海鮮パスタ……じゅるり。任せてください、佐藤さん!」
「俺も、あの白ご飯に合うおかずのためなら命張れますぅっ!」
先日の海鮮ピクニックでレベル20前後に到達した氷華と盾花、そして鯖江が、トールに応えて気合の雄叫びを上げる。
その背後で、事無かれ主義の新担任・凪教官だけが、死んだ魚のような目で胃薬を噛み砕いていた。
(頼むから……頼むから俺の定時退社と睡眠時間のために、目立った問題だけは起こさないでくれよ……っ)
しかし、凪教官のささやかな願いは、第一種目から完膚なきまでに粉砕されることとなる。
【第一種目:魔石集め玉入れ】
フィールドに放たれた無数の低級モンスターを狩り、制限時間内にどれだけ多くの魔石を自陣の箱に集められるかを競う競技である。
「ふはははっ! Eクラスの底辺ども!
貴様らの魔石は俺たち特進クラスが横取りしてやるぜ!」
Aクラスの残党や上位クラスのエリートたちが、嫌がらせのためにEクラスの周囲を取り囲み、モンスターを独占しようと企んでいた。
――が。
「シュポポポポポポポポッ!!」
「えっ?」
突如、スタジアムに目に見えないダイソンのようなすさまじい吸引力が響き渡った。
トールの頭上を飛ぶ鯖江の自走ドローン。そこにぶら下がった『500円のリュックサック(自動収集マジックバッグ)』が、エリートたちが倒したモンスターの魔石はおろか、彼らがすでに自陣の箱に入れていた魔石までも、トルネードのように根こそぎ吸い込み始めたのだ。
「な、なんだあの鞄!?
俺たちの魔石が全部吸い込まれていくぞォォォッ!?」
「うむ。誠に効率が良い。さすがは俺の鞄だな」
エリートたちが涙目で追いかける中、トールは一歩も動くことなく、第一種目をトリプルスコアで圧勝した。
【第二種目:ダンジョン障害物競走】
巨大な岩壁や、運営が用意したトラップ、中ボス級のモンスターが立ち塞がる難関コースを駆け抜けるレースである。
「おい、あのE組のバケモノ(トール)のコースに、強力なモンスタートレインと粘着トラップを集中させろ!」
Aクラスの生徒たちが、運営の目を盗んでトールのコースに卑劣な妨害工作を仕掛ける。
巨大なホブゴブリンの群れと、行く手を阻む強固なチタン合金の壁。
「邪魔だ」
――ヒュンッ。
トールが気怠そうに木刀を振るうと、空間そのものが両断されたかのような衝撃波が走った。
ホブゴブリンの群れも、チタンの壁も、粘着トラップも、すべてが「峰打ち」の理不尽な斬撃によって真っ二つに割れ、綺麗な一本道が開通した。
「……は?」
妨害を仕掛けたエリートたちがポカンとする中、トールは「急がないと腹が減る」と、一直線にゴールテープを切った。
【第三種目:召喚獣騎馬戦】
生徒自身と、使役する召喚獣や魔法を駆使して戦う、体育祭の花形競技である。
「ここなら、人数の多い俺たちが圧倒的に有利だ!
Eクラスの連中を血祭りにあげろォッ!」
数十人のエリートたちが、強力な召喚獣を引き連れて氷華たちに襲いかかる。
「させません! <シールド・バッシュ>!」
レベル21に到達し、体力【S】となった盾花が、魔改造された『絶対障壁』を構えて突進する。エリートたちの魔法攻撃はすべて自動中和され、大盾の無慈悲な質量が彼らの騎馬を次々と吹き飛ばしていく。
「大気中の水分よ――『フリーズ・ブリーズ』ですわ!」
レベル20・魔力【SS】となった氷華が、ハイブリッド指輪で完璧に制御されたブリザードを放つ。エリートたちの召喚獣が、瞬く間に美しい氷の彫像へと変わる。
「いけえええっ、俺の(マスターは違うけど)神話級モンスター!!」
鯖江が涙目で叫ぶと、召喚された『戦乙女』と『精神支配のサキュバス』が、鼻歌交じりに敵の主力召喚獣を物理的・精神的にボコボコに粉砕していく。
『キタ――(゜∀゜)――!! トール様の騎馬戦、圧倒的無双!
エモすぎますわーーッ!!』
突如、スタジアムの巨大スピーカーから、妙にハイテンションな合成音声が響き渡った。
『さあ全校生徒の皆様、刮目なさい! あの洗練された木刀の構え!
息をするように常識を破壊するマイペースな佇まい!
トール様しか勝たんですわーーッ!!( ¯﹀¯ )ドヤッ』
イシュラーナが勝手に学園の実況放送システムをハッキングし、トールの活躍だけを延々と流し続ける『偏向実況』を開始したのだ。
「あ、あぁ……」
Eクラスの待機テント。
物理法則を無視したマジックバッグ、チタンの壁を叩き斬る木刀、レベル20越えのヒロインたちの蹂躙、そしてシステムを乗っ取った謎の狂乱実況。
それらを目の当たりにした新任の凪教官は、ついに許容量の限界を迎え、白目を剥いて泡を吹き、その場に気絶してしまった。
「よし、これで大半のポイントは稼いだな。あとはメイン競技の『大ダンス大会』だけだ」
全校生徒がドン引きし、エリートたちが完全に絶望してすすり泣く中、トールは満足げに木刀を肩に担ぎ直した。
「……待っていろ、究極のフルーツタルト。俺の胃袋は、すでに万全の準備が整っているぞ」
大企業が発狂するチート技術を「ただの便利アイテム」として使い潰し、エリートたちのプライドを「ただの障害物」として木刀で払いのける。
マイペースな武士の果てしない食欲は、波乱の体育祭を、最高に理不尽な蹂躙劇へと染め上げていくのであった。




