第035話:極上のドラゴンステーキと、最強の胃袋たち
「……白石殿、頼んでいた食材を持ち帰ったぞ」
夕闇が完全に渋谷の街を包み込んだ頃。
ペントハウスの広大なリビングに帰還した佐藤通は、パシリの鯖江が操る自律ドローンから500円のリュックサック(自動収集マジックバッグ)を受け取り、システムキッチンのカウンターにドサリと置いた。
「お帰りなさいませ、佐藤様。皆さん無事で……って、ええっ!?」
出迎えたエプロン姿の白石さんは、リュックの口から溢れ出んばかりに詰まっている『それ』を見て、目を丸くした。
赤身と雪のような脂身が見事な霜降り模様を描き、ほんのりと温かな魔力と芳醇な香りを放つ、数百キロにも及ぶ巨大な肉のブロック。
「さ、佐藤様……。以前、私が『いつか究極のドラゴンステーキを焼いてみたいですね』と冗談で言ったのは覚えていますけれど……まさか本当に、本物のドラゴンの肉なんですか!?」
「うむ。学園の地下(第91階層)にちょうどいいのがいたからな。新鮮なうちにと思って、急いで首を落としてきた」
近所のスーパーで特売品の牛肉を買ってきたかのようなトールのテンションに、後ろについてきた氷華と盾花、そして鯖江が「レベル90オーバーの最凶エリアボスでしたけどね……」と遠い目をしている。
「すごい……! なんて美しいサシなんでしょう!
これなら、絶対に最高のステーキになります!
私、急いで下準備に入りますね!」
白石さんの瞳に、プロの料理人としての熱い情熱の炎が灯った。彼女は袖をまくり上げると、神話級モンスターの戦乙女をアシスタントに従え、すぐさま調理を開始した。
――しかし。
人類未踏破クラスのエリアボスである『真紅のドラゴン』の肉からは、切り分けようとするだけで圧倒的な『熱量と魔力』が噴き出していた。
「きゃっ……!?
な、なんですかこの熱気は……っ。キッチンが、まるでサウナみたいに……」
ほんの数分、肉の塊と格闘しただけで、白石さんの全身から玉のような汗が吹き出した。
着ていた薄手のブラウスは汗で完全に肌に張り付き、エプロンの上からでも分かる豊満なバストラインと、うっすらと透けて見える黒いレースの下着が、強烈な大人の色気を放ち始める。
「白石殿、無理をするな。肉の解体なら俺がやろう」
トールが背後から近づき、白石さんを気遣って手を伸ばした。
その瞬間。汗で踏ん張りが効かなくなった白石さんの足が、キッチンの床でツルリと滑った。
「ああっ!」
「むっ」
トールが反射的に腕を回す。
白石さんの身体が、トールの胸の中にすっぽりと収まり――汗ばんだ豊満な双丘が、トールの胸板にムギュッと強烈に押し当てられた。
「…………っ!!」
フローラルな石鹸の香りに、汗の艶めかしい匂いが混ざり合う。大人の女性の暴力的なまでの柔らかさと密着感に、さすがのトールも息を呑んだ。
「さ、佐藤様っ……! ご、ごめんなさい、私、汗だくで……っ///」
白石さんは顔を真っ赤にして身をよじるが、滑りやすい床のせいでなかなか離れられず、結果的にトールの胸に何度も極上の感触を擦り付ける形となってしまう。
『ギャアアアアアッ!
白石殿の汗だく透けブラウスからの密着ハグゥゥゥッ!!
破壊力カンストしてますわーッ!!///』
イシュラーナの無音シャッター音が狂ったように響き渡る。
「うひょおおおおおおっ! ボスばっかりズルイっス!
俺も家政婦さんのエプロン姿のハプニングを――」
鼻息を荒くしたパシリの鯖江が身を乗り出し、その光景をガン見しようとした、その時。
「マスターの視界を汚すな、下僕」
ボフッ!!
「むぐぅぅっ!?」
アシスタントに入っていた戦乙女が、背後から鯖江の顔面を自身の神々しく柔らかな胸の谷間へと強引に引き込み、視界を完全に物理封鎖した。
「……っ! な、何も見えないけど……!
戦乙女さんの神話級の感触と匂いがダイレクトに……っ!
俺、今日死んでもいいッス!!」
鯖江は白石さんのハプニングこそ見逃したものの、戦乙女からの『極上のおこぼれ(ラッキースケベ)』を顔面でフルに受け止め、歓喜の涙を流して昇天しかけていた。
「ちょっ、二人とも何やってますの!?」
「佐藤さん、エッチです!」
氷華と盾花が顔を真っ赤にして抗議する中、トールはようやく白石さんを優しく引き剥がした。
「……すまない。肉の魔力が強すぎたな。解体は俺と戦乙女でやるゆえ、白石殿はソースの準備を頼む」
「は、はいぃぃっ……///」
白石さんは茹でダコのように顔を赤くしたまま、慌てて火口の方へと逃げていった。
ジュワァァァァァッ!!
数十分後。ペントハウスのダイニングに、食欲を暴力的に刺激する凄まじい音が響き渡った。
最高級の魔境和牛の牛脂を引いた熱々の鉄板の上で、分厚く切り出されたドラゴンステーキが踊っている。赤ワインと醤油、そしてすりおろしたニンニクとタマネギをベースにした白石さん特製のシャリアピンソースが焦げ、リビング全体が致死量の「美味のオーラ」で満たされた。
「お待たせしました! 究極のドラゴンステーキです!」
着替えを済ませた白石さんが、熱気を放つ鉄板を次々とテーブルに並べる。
付け合わせには、バターでソテーされたホクホクのジャガイモと、彩り鮮やかなインゲン豆。そして、艶やかに炊き上がった大盛りの白米。
「いただきます」
トールは祈るように両手を合わせ、ナイフとフォークを手に取った。
――スッ。
ナイフを当てた瞬間、分厚いドラゴンの肉が、まるで柔らかなつきたての餅のように、何の抵抗もなくスッと両断された。
中からは、見事なミディアムレアの桜色の断面と、キラキラと輝く肉汁が溢れ出す。
トールはソースをたっぷりと絡ませ、その肉片を口へと運んだ。
「…………ッ!!」
トールの意識が、再び宇宙の果てへと弾け飛んだ。
異世界で彼が噛みちぎっていた、ゴムタイヤのように硬く血生臭いドラゴンの肉とは、完全に別次元の食べ物であった。
表面の香ばしい焼き目とは裏腹に、内部は雪のようにとろけ出し、ドラゴン特有の野性味あふれる強烈な旨味が、白石さんの特製ソースと完璧なマリアージュを果たして口内を蹂躙する。噛むたびに溢れる極上の肉汁が、脳の報酬系を直接ショートさせるほどの快感をもたらした。
「……美味い」
歴戦の武士の目から、自然と一筋の涙がこぼれ落ちた。
白石さんは、その涙を見て一瞬だけ息を呑んだ。あまりの美味しさに感激しているだけだと分かってはいても、佐藤様が時折見せるこの静かな涙には、笑い話だけでは片付けられない何かが滲んでいる気がして――白石さんは、それ以上その横顔を見つめることができず、そっと視線を鉄板の方へと逸らした。
「圧倒的な生命の躍動。それを優しく包み込み、高みへと昇華させる完璧な火入れとソース……。この一口のためなら、俺はもう一度異世界へ行って魔神を何十匹でも唐揚げにしてやろう……!」
『トール様、感動の方向性が完全に狂ってますわ! 草www』
イシュラーナがテキストを流すが、トールはすでに白米の茶碗を左手に持ち、無限のモグモグタイムへと突入していた。
「んんんんんんまァァァァァイッ!!」
向かいの席では、盾花が涙と鼻水を流しながら、巨大なステーキ肉をご飯に乗せて猛烈な勢いで掻き込んでいた。
「な、なんですのこれ……! お肉が口の中で溶けて、甘い脂が……!
神宮寺の食卓に並んでいた最高級シャトーブリアンが、ただの石ころに思えてきますわ……っ!」
氷華も完全に「氷の女王」の仮面を失い、口の周りにソースをつけながら年相応の少女のような笑顔で肉を頬張っている。
「生きててよかったッス……!
いろんな意味で、ドローン飛ばした甲斐がありましたぁぁっ!」
鯖江に至っては、あまりの美味さと先ほどの戦乙女の感触の余韻で、昇天しかけて白目を剥いていた。
「ふふっ。皆さんの笑顔が見られて、私も本当に幸せです」
白石さんがエプロン姿のまま、頬に手を当てて嬉しそうに微笑む。
「まだまだお肉はたくさんありますからね。明日はこのドラゴンのスジ肉を使った特製ビーフシチューにしましょうか」
「「「おおおおおおおっ!!」」」
トール、氷華、盾花、鯖江の四人の声が、歓喜のあまり完全にハモった。
その頃。
外の現実世界では、イシュラーナが「学園の裏掲示板と教育委員会」に一斉送信した『轟教官が奈落のダンジョンで失禁しながら命乞いをする映像』によって、新興ダンジョンメジャー本社はさらなる大炎上と株価暴落の地獄に叩き落とされ、阿鼻叫喚の騒ぎとなっていた。
――しかし。
ペントハウスの完璧な防音結界に守られたダイニングには、そんな大人の世界の醜いノイズは一ミリも届かない。
大企業を機能不全に追い込んだ『謎のバケモノ』こと佐藤通は、ただひたすらに「おかわりだ、白石殿!」と茶碗を突き出し、愛する仲間たちと極上のドラゴンステーキを奪い合っている。
美味しいご飯と、一切の面倒事がない平穏な空間、そして極上のラッキーハプニング。
マイペースな武士は、己の愛するスローライフと白石さんの手料理を守り抜いた圧倒的な満足感に浸りながら、今日も至高の晩餐を味わい尽くすのであった。




