第033話:実技テストのフォーメーションと、出番ゼロのヒーラー部隊
新緑の季節を迎え、渋谷代々木学園では第一学期の中間テストの時期が近づいていた。
魔道具研究会の部室では、今日も風属性の積層魔石から生み出される極上のマイナスイオンそよ風が吹き抜けている。
特大アンティークソファーで、白石さん特製の手作りクッキーをかじりながらゴロゴロしていた佐藤通に、胸ポケットのスマホ(イシュラーナ)が語りかけた。
『トール様。来週は第一学期の中間実技テストですわ。一年生の実技テストは、学園地下ダンジョン第10階層のエリアボス討伐。トール様、実技テストに備えて、10階層ボスの討伐訓練は如何ですか?』
「やだよ面倒くさい」
トールは即答し、クッキーをもう一枚口に放り込んだ。
「俺は毎日、定時で帰って白石殿の飯を食うことで忙しいのだ。それに第10階層のボスなど、異世界で俺が斬り伏せてきた最凶の魔神や邪竜どもに比べれば、ただの羽虫に過ぎんだろう。訓練など不要だ」
『それがそうもいきませんのよ。今回の実技テストは、4人1組の「チームを組んで討伐する」というルールが設定されていますわ。個人行動は評価されませんの。それに……』
イシュラーナはわざとらしく、低い合成音声で告げた。
『この実技テストで赤点をとると、夏休みに【地獄の泊まり込みダンジョン講習】が待っておりますわよ』
「……なんだと?」
トールの動きがピタリと止まった。
「夏休みに講習……つまり、俺の愛するペントハウスでの快適なお昼寝時間が奪われ、白石殿が作ってくれるであろう『夏休み特製・極上の冷やし中華』や『ふわふわのかき氷』を食べる機会が激減するということか……?」
『御名答ですわ!』
「さあ、フォーメーションを考えよう。イシュラーナ、ボスのデータをよこせ」
トールは食い気味に起き上がり、見事な掌返しで木刀を手に取った。己の食欲とスローライフを脅かす危機に対しては、歴戦の武士は一切の妥協を許さないのである。
『第10層のエリアボスは【ゴブリンキング】。レベルは10で、取り巻きのゴブリンを数十匹引き連れて出現しますわ』
「レベル10か。……よし、俺が完璧なフォーメーションを考案してやる」
トールは部室でお茶を飲んでいた氷華、盾花、鯖江を集め、真顔で宣言した。
「盾花、お前は絶対に壊れない大盾で前衛に立ち、すべての攻撃を無効化しろ。氷華、お前は指輪の制御を使って後方から敵を凍らせろ。鯖江、お前は戦乙女を召喚してボスをタコ殴りにしろ」
「えっ? さ、佐藤さんはどうするんですの?」
氷華が尋ねると、トールはふんぞり返った。
「俺は一番後ろで、鯖江の自律ドローンを使ってドロップした魔石を自動回収する。総大将は動かんものだ」
「「「それ、ただサボりたいだけですよね(ですわよね)!?」」」
三人のツッコミが美しくハモったが、トールの意志(怠惰)は固かった。
* * *
そして、実技テスト当日。
第10階層・エリアボス『ゴブリンキング』の出現する大広間は、物々しい空気に包まれていた。
学園側は、新入生が初めて挑むエリアボス戦での事故を完全に防ぐため、上級生やプロの探索者からなる『大量のヒーラー部隊』を大広間の周囲に配置していたのだ。
「さあ、次はいよいよEクラスの魔道具研究会チームだ」
「あいつら、Eクラスの底辺だろ? いくらヒーラー部隊が控えているとはいえ、ボス戦なんて死人が出るぞ……」
周囲の生徒や教官たちが不安げに見守る中、トールたち4人は大広間へと足を踏み入れた。
「グガァァァァッ!!」
咆哮と共に、身の丈3メートルを超える巨大なゴブリンキングと、数十匹の取り巻きゴブリンが一斉に襲いかかってくる。
「ヒーラー部隊、いつでも回復魔法を撃てるようスタンバイしろ!」
教官が叫んだ、その直後だった。
「任せてください! <シールド・バッシュ>!」
最前線に立った小柄なタンク娘・盾花が、魔改造された『絶対障壁』を構える。ゴブリンキングの全力の棍棒の一撃が直撃するが――ガァァンッ! という澄んだ金属音と共に、棍棒の方が粉々に砕け散り、盾花は1ミリも後退しなかった。
「なっ……!? ゴブリンキングのフルスイングを、ノーダメージで弾き返しただと!?」
ヒーラー部隊のリーダーが目をひん剥く。
「大気中の水分よ――『フリーズ・ブリーズ』!」
続いて、後方から氷華が魔法杖を振るう。ハイブリッド指輪によって完璧な黄金比率に制御・増幅された絶対零度の冷気が、取り巻きのゴブリン数十匹を一瞬にして美しい氷の彫像へと変えてしまった。
「うおおおおっ! いけえええっ、戦乙女さぁぁん!」
さらに、パシリの鯖江がスマホのアプリを起動する。まばゆい光と共に召喚されたのは、神話級モンスターの『戦乙女』。
「マスター(トール)の御前に、汚らわしい豚の血を撒き散らすわけにはいきませんね」
戦乙女は美しく微笑みながら、目にも留まらぬ神速の槍捌きで、武器を失い唖然としているゴブリンキングの急所を的確に串刺しにした。
「グゲェェェ……」
ゴブリンキングは反撃の糸口すら掴めないまま、白目を剥いて光の粒子となって消滅した。
戦闘開始から、わずか数十秒の出来事であった。
「「「…………え?」」」
待機していた大量のヒーラー部隊は、回復魔法の杖を構えたまま、完全に石化していた。
死人が出るどころか、擦り傷一つ、いや、誰の息すら上がっていない。完全無欠のオーバーキルである。
シュポポポポポポッ!!
静まり返った大広間に、目に見えないダイソンのような吸引力が響き渡った。
「うむ。今日のドローンもいい働きをしているな」
トールは一番後ろで欠伸をしながら、自律ドローンにぶら下がった500円のリュックサックが、ボスと取り巻きが落とした大量の魔石を全自動で吸い込んでいくのを満足げに眺めていた。
「……おい、なんだあの自動で魔石を吸い込む鞄は……!?」
「それにあのEクラスの連中の異常な強さ……! まさかあいつらが、ネットで噂になっている『謎の天才開発チーム』なのか!?」
ようやく我に返った教官やエリート生徒たちが騒然となり始めた。
「よし、実技テストは終わりだな。帰るぞ」
トールは周囲の騒ぎなど一切意に介さず、くるりと踵を返した。
「あ、佐藤さん! 待ってくださいませ! 唐揚げのお弁当、わたくしにも分けてくださる約束ですわよね!」
「ボスゥ! ドローン回収しますんで置いていかないでくださいぃっ!」
周囲のポカンとした視線を完全に置き去りにして、魔道具研究会の面々は、いつも通りの騒がしい日常のノリでダンジョンを後にした。
「……出番、ゼロだったな……」
大量のヒーラー部隊は、虚しく宙に浮いた回復の杖を下ろし、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。
こうして、赤点の危機(と夏休みの補習)を見事に回避したトールは、白石さんの作る特製ご飯と極上のお昼寝を守り抜き、己のスローライフをさらに強固なものとするのであった。




