第032話:神話級の慰労と、パシリの涙ぐましいご褒美
日本のダンジョン産業を牛耳る新興メジャーを壊滅させた後、ペントハウスの広大なダイニングで『究極の魔境和牛ビーフシチュー』を致死量まで平らげた佐藤通。
彼はすっかり満腹になると、「明日の昼寝に備えて寝る」という謎の格言を残し、特大ソファーに横たわって早々にスヤスヤと平和な寝息を立て始めていた。
キッチンでは、白石さんと戦乙女が楽しそうに談笑しながら食器を洗っている。
そんな平和すぎる光景から少し離れ、ペントハウスの広いベランダで、パシリの鯖江録郎は一人、渋谷の煌びやかな夜景を見下ろしていた。
「……俺、とんでもない世界に足を踏み入れちゃったな……」
つい先日まで、底辺クラスでエリートたちに虐げられるだけのモブだった自分が、今や大企業を物理的に崩壊させる魔王の右腕(自称)として、超高級タワマンの夜景を眺めている。
その急激な環境の変化と、今日一日のあまりにも濃すぎるカチコミの疲労が、今になってどっと押し寄せてきていた。
「あら。マスターの可愛い下僕くんじゃない。黄昏れてどうしたの?」
「ひゃんっ!?」
不意に背後から、甘く妖艶な声が耳元に吹き込まれた。
ビクッと振り返ると、そこにはプロの暗殺者を資源ゴミの集積所に捨てに行っていた【精神支配のサキュバス】が、ボンテージ風の過激な衣装を揺らしながら立っていた。
「サ、サキュバスさん! ゴミ捨ての任務、お疲れ様ッス……!」
「ええ。燃えるゴミの日に生ゴミ(暗殺者)を出しておいたわ」
サキュバスはふふっと妖しく微笑むと、ベランダの手すりに寄りかかる鯖江に、ぬるりとすり寄ってきた。
「それにしても、今日のアナタはマスターの後ろでよくドローンを操縦して働いていたわね。マスターの忠実なパシリとして、とても優秀だったわ」
「えっ?
あ、いや、俺なんてボスの前じゃただの荷物持ちで……って、わわっ!?」
サキュバスが、鯖江の首にスッと白い腕を回した。
そして、鯖江の顔を、自身の信じられないほど豊満で柔らかな胸の谷間へと、ボフッ!と強引に引き寄せたのだ。
「……っ!!?? んっ、むぐぅぅっ!?」
「ふふっ。マスターは私に見向きもしてくれないから寂しいけれど……マスターの役に立ってくれた可愛いパシリくんには、私から特別に『ご褒美』をあげちゃうわ」
サキュバスの甘い体臭と、息が詰まるほどの圧倒的な弾力。
神話級の魅了スキルを持つ悪魔のスキンシップに、童貞の鯖江の脳髄は一瞬でショート寸前まで沸騰した。
(うおおおおおっ!! な、なんだこれ!
ボスが試着室やお風呂場で遭遇していたラッキースケベ・イベントが、俺にも回ってきたぁぁぁっ!!)
さらにそこへ、キッチンでの皿洗いを終えた戦乙女が、純白の鎧(の上にエプロン姿)でベランダへとやってきた。
「む。淫魔よ、マスターの所有物をからかうのはその辺にしておけ」
凛とした声でサキュバスをたしなめる戦乙女。しかし、彼女もまた鯖江の前に立つと、スッと優しく微笑み、その頭をポンポンと撫でた。
「お前がマジックバッグを運んでくれたおかげで、マスターの手が汚れずに済んだ。マスターの剣たる私からも、その働きを褒めて遣わそう。……少しだけなら、膝枕をしてやってもいいぞ?」
「ひぃぃぃぃぃっ!? せ、戦乙女さんの神々しい太ももで膝枕ぁぁぁっ!?」
鯖江はサキュバスの胸に埋もれながら、歓喜と興奮で白目を剥きそうになっていた。
彼がガチャで引き当てた二体の神話級モンスター。
召喚主である鯖江の言うことは全く聞かず、トールを「マスター」と呼んで絶対の忠誠を誓っている彼女たちだが、トールが「俺には白石殿の飯があるから不要だ。パシリ、お前が適当に世話をしておけ」と完全に放置しているため、結果的にこうして鯖江のもとへ『極上のおこぼれ』が回ってくるのだ。
「俺のッ……!
俺の召喚獣なのにボスの言うことしか聞かないけど……でも、最高っス!!
俺、ボスに一生ついていきますぅぅぅぅっ!!」
鯖江はサキュバスの豊満な胸の中で、感涙の滝を流しながら、一生パシリとして生きる覚悟を新たに固めたのだった。
一方、リビングのソファーでは。
そんなベランダでの神話級のラッキースケベ展開など一ミリも気にする様子もなく。
「……むにゃ……白石殿、角煮のおかわりを……」
トールが幸せそうな寝言を呟き、イシュラーナが「寝顔エモすぎですわーッ!」と無音カメラのシャッターを切り続けていた。
美味しいご飯と、極上のスローライフ、そしてパシリにまで行き渡る福利厚生(ラッキー展開)。トールを中心とした魔道具研究会の環境は、世界のどこよりも平和で、そして完璧に仕上がっていたのである。
だが、この底抜けに平和な日常も、あと数日で強制的に幕を下ろされることになる。
週明け、胃薬を手放せなくなりつつある新担任・凪教官の口から、Eクラス全員に向けて、こう告げられるのだ。「来週、第10階層にて中間実技テストを行う」と。トールたちにとってそれが何を意味するのか――教官はまだ、その恐ろしさを半分も理解していなかった。




