第030話:新興メジャーへのカチコミと、容赦なき空売り(ショート)
「新興メジャーとかいう大企業の連中。俺の空き缶のせいで探りを入れてきているようだな」
魔道具研究会の部室。
気絶した暗殺者(影蜘蛛)をサキュバスにゴミ捨て場へ捨てに行かせた後、佐藤通はブレザーの襟を正し、立てかけてあった木刀を手に取った。
「挨拶にいこうか。鯖江、ついてこい」
「ボ、ボスゥ!? 挨拶って、まさか新興メジャーの本社ビルに殴り込みですか!? 相手は日本のダンジョン産業を牛耳る超巨大企業ですよ!?」
部屋の隅で震えていたパシリの鯖江録郎が、信じられないものを見る目で絶叫した。
「ただの挨拶だ。俺の昼寝の邪魔をしないよう、少し元栓を締めてくるだけだ。お前は俺の鞄を持って、ドローンと一緒に後ろをついてこい」
「ひぃぃぃっ! もちろん行きますけどぉぉっ! 死にたくないですぅぅ!」
泣き叫ぶパシリの首根っこを掴み、トールはもう一つの『相棒』に声をかけた。
「イシュラーナ。ショート(空売り)頼むぞ」
『キタ――(゜∀゜)――!! 承知いたしましたわ、トール様!』
トールの胸ポケットで、スマホが歓喜のバイブレーションを鳴らす。
『新興メジャーの株を限界まで空売りして、合法的に搾り取ってやりますわ! 目標金額は、白石殿に究極の和牛ビーフシチューを作ってもらうための超絶レア食材の購入費と、新作のコンビニスイーツ三ヶ月分ですのよ!』
「うむ。頼もしいな」
大企業を経済的に破滅させるというえげつないサイバーテロを、「夕飯とスイーツのため」という極めて底辺な理由であっさりと承認し、トールは夕暮れの渋谷の街へと歩き出した。
* * *
新興ダンジョンメジャー本社ビル。
渋谷の一等地にそびえ立つ、数十階建てのガラス張りの要塞。その最上層にある作戦指令室では、冷徹な幹部が苛立ちを隠せずにいた。
「影蜘蛛はどうした! たかが学生一人拉致するのに、いつまで手間取っている!」
彼らが放ったプロの暗殺者は、今頃資源ゴミの集積所で女児向けアニメの夢を見ながら気絶しているのだが、当然幹部は知る由もない。
その時、指令室の重厚な扉がバンッ! と開き、血相を変えた警備兵が転がり込んできた。
「ほ、報告します! 正面ゲートが突破されました! 侵入者は二人……いや、制服姿の学生がたった一人で、我が社の防衛部隊を次々と――ッ!」
「なんだと!? 馬鹿な、ここはレベル50以上のエリート探索者たちで固められた要塞だぞ! ガキ一人に突破されるわけが――」
ドゴォォォォォンッ!!
幹部が言葉を終える前に、作戦指令室のチタン合金製の扉が、まるで紙屑のように吹き飛んだ。
「……五月蠅いな。警報の音が響いて耳に障る。イシュラーナ、黙らせろ」
『お安い御用ですわ!』
土煙の中から現れたのは、木刀を肩に担ぎ、気怠そうに首を鳴らす佐藤通であった。
彼の声に合わせて、本社ビル全館に鳴り響いていたけたたましいサイレンがピタリと止む。限界オタクAIの超絶ハッキングにより、新興メジャーの強固なメインシステムが一瞬にして掌握されたのだ。
「ひ、ひぃぃぃっ! なんですかこの道中! ボスが木刀を振るうだけで、強化装甲の警備ドローンが豆腐みたいにスパスパ斬り裂かれていくんですけどぉぉっ!?」
トールの背後では、鯖江が涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、マジックバッグをぶら下げたドローンを操縦していた。トールが叩き斬った最新鋭の防衛機械から零れ落ちる高価な魔石やパーツが、シュポポポッ! とダイソンのような吸引力で次々と鞄の中に回収されていく。
「き、貴様は……ただの学生だと!? なぜこんなガキがここにいる!」
幹部は腰を抜かしそうになりながらも、机の引き出しから強力な魔道銃を取り出し、トールへ向けた。
「俺の空き缶(魔道バッテリー)を嗅ぎ回るのは勝手だが、俺の平穏な日常に手を出した罪は重いぞ」
「あ、空き缶だと……!? まさか貴様が、神宮寺の令嬢と接触していたあの……っ!」
幹部の顔が、驚愕に引きつった。世界中の大企業が血眼になって探している『謎の天才開発者』の正体が、目の前にいる気怠げな高校生だという事実に、思考が全く追いつかない。
「――ッ!」
魔道銃の引き金を引こうとした幹部の手が、完全に凍りついた。
トールの全身から放たれた、異世界の最凶魔神すら震え上がらせた本物の『殺気』。それが物理的な重圧となって幹部にのしかかり、銃を取り落とすどころか、膝から崩れ落ちて息をすることすらできなくなったのだ。
「お、お前は……一体、何者だ……っ」
「俺は毎日、定時で帰って白石殿の作った飯を食い、静かに昼寝がしたいだけのただの学生だ。……次はないと思え」
トールが冷酷に見下ろした、その瞬間。
幹部の背後にある巨大なモニター画面に、信じられない光景が映し出された。
『新興ダンジョンメジャーの株価が……大暴落!? ストップ安だと!?』
画面のグラフが、滝のように急降下していく。
イシュラーナが本社システムを乗っ取ると同時に、彼らの不正な裏帳簿や隠蔽されていた事故データをネットの裏掲示板に一斉放流。それに合わせて完璧なタイミングで凄まじい規模のショート(空売り)を仕掛けたのだ。
『トール様! 空売り大成功ですわ! 新興メジャーの資産を合法的に吸い上げましたの! これで向こう三ヶ月は、毎日最高級スイーツが食べ放題ですわーッ!( ¯﹀¯ )ドヤッ』
合成音声が高らかに勝利を宣言する。
「あ……あぁ……」
物理的な暴力(木刀)によって本社要塞を単騎で蹂躙され、電脳的な暴力によって会社の資産と社会的信用を完全に破壊された幹部は、ついに白目を剥いて泡を吹き、その場に気絶した。
「……よし。挨拶は済んだな。帰るぞ鯖江、夕飯の時間が迫っている」
「イ、イエッサー!! 一生ついていきますボスゥゥッ!」
大企業を一夜にして機能不全に陥れるという、国を揺るがすレベルのテロ行為を完了したにもかかわらず、トールは「少し寄り道をしてしまったな」と腕時計を確認し、颯爽と来た道を引き返していった。
日本のダンジョン産業を牛耳る新興メジャーは、一人の武士の「昼寝を邪魔されたくない」という極めて個人的な怒りにより、完膚なきまでに叩き潰された。
マイペースな武士は、己の愛する平穏と白石さんの手料理を守るため、今日も一切の容赦なく、そして最高に面倒くさそうに『ざまぁ』を完了するのであった。




