第028話:新興メジャーの刺客と、武士の理不尽な起床
「……神宮寺のラボから、未知の超高効率な魔力反応が検出されただと?」
新興ダンジョンメジャー本社の地下深く。
薄暗いモニター群に囲まれた作戦指令室で、冷徹な目をしたスーツ姿の幹部が、報告書をモニターに叩きつけた。
「神宮寺が開発中の新型バッテリーは暗礁に乗り上げていたはずだ! その技術の出所はどこだ!」
「報告によれば……神宮寺の令嬢、氷華が持ち込んだ『空き缶型の魔道具』から検出されたものとのこと。その回路構造は、現在ネットで世界中の軍事企業をパニックに陥れている【謎の天才企業】の技術と完全に一致しています」
「……何だと?」
幹部の目が、ギラリと猛禽類のように光った。
「神宮寺の令嬢が、あの謎の開発者と接触しているというのか。……ならば話は早い」
幹部は背後の深い闇に向かって、低く声をかけた。
「――『影蜘蛛』。いるか」
「ええ。ここに」
闇の中からヌルリと這い出してきたのは、黒いライダースーツに身を包んだ、痩身の男だった。彼はダンジョンの深層で違法な汚れ仕事(暗殺)を請け負う、レベル60を超えるプロの暗殺探索者であった。
「学園に通う神宮寺氷華を秘密裏に拉致し、技術の提供者の名前を吐かせろ。我々の覇権を脅かす者は、学生だろうが容赦するな。邪魔な周囲の人間は……処理(殺)して構わん」
「了解した。学生のガキどもなど、三分で終わらせてみせよう」
影蜘蛛は残忍な笑みを浮かべ、闇の中へ溶けるように消え去った。
* * *
放課後の渋谷代々木学園、旧校舎。
魔道具研究会の部室の中央では、佐藤通が特大ソファーの上に展開された『空間断絶・絶対防音お昼寝結界』の中で、スゥ、スゥ、と平和な寝息を立てていた。
その結界の外側では、氷華、盾花、鯖江(と戦乙女)が、結界に音を遮られているのを良いことに、ワイワイと放課後のお茶会を楽しんでいる。
「お父様ったら、あの空き缶を見てから完全に理性を失って、徹夜で解析を続けていますわ……。わたくし、トールくんの名前を隠し通すのに必死でしたのよ」
「やっぱり、ボスの錬金術は国家機密レベルだったんスねぇ……」
鯖江が戦乙女の淹れた紅茶をすすりながら感心する。
和やかな放課後のスローライフ空間。
――しかし、その平穏は、唐突かつ暴力的に破られた。
音もなく部室の窓ガラスが溶け落ち、ドブ泥のような悪意を纏った黒い影が、部屋の中へと滑り込んできたのだ。
「ッ!? なんですの!」
「神宮寺氷華だな。大人しく同行してもらおうか。少しでも騒げば、その綺麗な首を刎ねる」
影蜘蛛が、毒の塗られた凶悪な短剣を構えて冷たく宣告する。
「盾花!」
「させません! <シールド・バッシュ>!」
盾花が咄嗟に絶対障壁を構え、影蜘蛛へ突進する。
ガキンッ!!
影蜘蛛の放った一撃が、大盾によって完全に弾き返された。
「ほう……ただのガキが、俺の『防御貫通』のスキルを防ぐ大盾を持っているとはな。だが――実戦を知らんガキの動きだ」
影蜘蛛は盾花と正面からぶつかることを避け、自身のユニークスキル『影潜り』を発動。瞬時に盾花の足元の影を経由して、彼女の死角(背後)へと回り込んだ。
「しまっ――」
「死ね」
影蜘蛛の手刀が、盾花の細い首筋に容赦なく叩き込まれようとした瞬間。
「大気中の水分よ――『フリーズ・ブリーズ』ッ!!」
氷華のハイブリッド指輪から放たれた極低温の氷槍が、影蜘蛛の足元を瞬時に凍らせ、その動きを強制的に鈍らせた。
「チッ、鬱陶しいガキ共だ! 生け捕りの命令だが、手足の腱を切り飛ばして連れて行ってやる!」
怒りを露わにした影蜘蛛から、プロの暗殺者が持つ本物の『殺気』と『濃密な血の匂い』が膨れ上がる。
大人の世界の無慈悲な暴力。異能バトルにおける圧倒的な実力差が、少女たちを絶望で包み込もうとしていた。
――しかし。
その殺気が部室に充満した、まさにその時だった。
ピキッ……。
部室の中央。外部の物理干渉と音を『100%完全に遮断していた』はずのお昼寝結界に、内側から亀裂が走った。
「……あ? なんだこのドームは」
影蜘蛛が訝しげに結界を見た、次の瞬間。
パリーンッ!!!
ガラスが砕け散るような甲高い音と共に、大企業が血眼で欲しがる絶対防衛結界が内側から弾け飛び、中から一人の男子生徒がゆっくりと身を起こした。
「……五月蠅いな」
佐藤通の双眸は、いつもの気怠げなものではなかった。
結界は音と物理干渉は完璧に防ぐ。だが、一流の暗殺者が放つ『極上の殺気』という波長までは遮断しきれなかったのだ。その微かな殺気の匂いが、異世界で数多の魔神を屠ってきたトールの闘争本能を、無意識のうちに強制的に叩き起こしてしまったのである。
「あ? なんだお前は。そこで寝ていろ、ガキ――」
影蜘蛛が鬱陶しそうにトールに向けて短剣を投擲した。
ヒュンッ。
――しかし、トールの姿が、文字通り『消えた』。
「なっ!?」
影蜘蛛が驚愕した瞬間、彼の背後に立っていたトールの左手が、影蜘蛛の右腕を万力のように掴んでいた。
「俺の、極上の昼寝を……」
メキボキィィィィンッ!!!
「ギャアアアアアアアアアアアッ!?」
肉と骨が砕け散る生々しい音が、部室に響き渡った。トールは一切の容赦なく、暗殺者の右腕の関節を逆方向に完全にへし折ったのだ。
「よくも、邪魔してくれたな」
「ヒィッ……あ、あァ……! ば、化け物……ッ!」
レベル60のプロの暗殺者が、激痛と本能的な恐怖で白目を剥き、子供のように泣き叫ぶ。しかし、トールは冷酷な無表情のまま、影蜘蛛の腹部に木刀の柄尻を無慈悲に叩き込んだ。
ゴフッ!!
影蜘蛛は大量の血を吐きながら吹き飛び、壁に激突して完全に意識を失った。
圧倒的。あまりにも一方的で残酷な、暴力の蹂躙であった。
「「「…………」」」
氷華も、盾花も、鯖江も、あまりの出来事に言葉を失い、ガタガタと震えていた。
いつもは「昼寝と飯」のことしか考えていないマイペースな武士が、本気で怒った(寝起きで不機嫌な)時の『真の姿』を目の当たりにしてしまったからだ。
「……ふぅ」
トールは一つ長い息を吐くと、いつもの気怠げな表情に戻り、ボリボリと頭を掻いた。
「やれやれ……変な殺気を当てられたせいで、完全に目が覚めてしまった。仕方ない、白石殿の夕飯までまだ時間があるし、購買でプリンでも買ってくるか」
「えっ……あ、はい……」
氷華が引きつった顔で頷くと、トールは床に転がる暗殺者を鬱陶しそうに見下ろした。
「おい、パシリ。そこのゴミ(暗殺者)が邪魔だ。お前の召喚獣に頼んで、適当なゴミ捨て場にでも放り出しておけ。資源ゴミの日でいいだろう」
「イ、イエッサー!!」
大企業が放った最強の刺客は、トールの昼寝を邪魔したという理由だけで数秒で骨を折られ、パシリの召喚獣によってゴミ捨て場に出される運命となった。
トールがくるりと踵を返し、部室を出ようとした――その時。
「あっ、いや待て」
ふと何かを思い出したように足を止める。
「こいつを捨てて、また別の羽虫が来ても困るな。おいパシリ、なんか自白させられる召喚獣を呼ぶか」
「じ、自白用の召喚獣ですか!? 俺のガチャ運に懸かっているんですね、回してみます!」
「うむ。……まあ、まずはプリンを食べてからだな」
トールは倒れた暗殺者の尋問など後回しにして、購買のプリンを求めてのんびりと部室を出て行った。
氷華は、プリンを買いに行くために颯爽と歩き出すトールの広い背中を見つめながら、ごくりと生唾を飲み込んだ。
(この人……普段はあれだけ怠惰ですけれど、敵に回したら、絶対に一番ヤバい人ですわ……!)
マイペースな武士の「昼寝」を脅かす者は、大企業のエリートであろうがプロの暗殺者であろうが、等しく無慈悲な物理的制裁を受ける。
魔道具研究会の部室には、背筋の凍るような少しの狂気と、圧倒的な安心感が同居したスローライフの時間が、今日も静かに流れていくのであった。




