第027話:新興メジャーの本気
新興ダンジョンメジャー本社、最上階の役員会議室。
窓のない、分厚い防音・電磁遮蔽扉の奥。無機質な長テーブルを囲んでいたのは、影蜘蛛を差し向けた作戦指令室の幹部ではなく、その一つ上――技術提携課を束ねる、白髪を隙なく撫でつけた初老の男、常務・黒羽であった。
「――『影蜘蛛』の一件は、失敗する前提で構わない」
黒羽が抑揚のない声で言うと、居並ぶ部下たちが一斉に息を呑んだ。
「じょ、常務。失敗する前提とは……」
「あれは脅しの第一段に過ぎん。神宮寺の小娘を拉致できればそれでよし。できずとも、神宮寺家に『次はない』という恐怖を刷り込めれば十分だ。――本命は、もっと静かなところにある」
黒羽は指を一本ずつ立てながら、抑揚のない声で続けた。
「一つ。神宮寺グループが今期発表予定の新技術特許について、我々の顧問弁護士団を通じ、類似特許による無効審判請求を三件、同時に仕込んでおけ。研究発表そのものを差し止められずとも、半年は足止めできる」
「二つ。神宮寺の株を、名義を分散させた我々のダミー口座で市場から静かに買い集めろ。焦って高値掴みをする必要はない。あくまで『気づかれない速度』で、だ」
「三つ――」
黒羽は手元のタブレットに、一枚の古びた町工場の写真を表示させた。戌井鍛冶工房。盾花の実家である。
「例の内部進学者の小娘に接触した件は、もう報告を受けている。断られたのなら、それはそれで構わん。……あの工房は、地元の信用金庫からの借入を、来月末で借り換えられなければ即座に詰む規模だ。ウチの息のかかったペーパーカンパニーに、その債権をそっくり買い取らせておけ」
「そ、それは……脅しの材料に、ということでしょうか」
「今すぐ使う必要はない。使わずに済むなら、それが一番いい。だが――手駒はあるだけ手元に置いておくものだ。神宮寺の技術の出所が、あの学園の魔道具研究会にあると確信が持てた時、我々には『三つの刃』が揃っている。腕利きの暗殺者などという分かりやすい脅威は、しょせん囮に過ぎん」
黒羽は薄く笑うと、資料をシュレッダーへと投げ込んだ。
「派手に殴り合う馬鹿には、派手に返り討ちにされる。……だが、金と法と時間で首を締め上げる相手に、正体不明の天才高校生が、一体何をどう『気』とやらで斬り伏せるつもりだ? ――せいぜい、目先の刺客一人が返り討ちに遭って喜んでいるがいい」
役員会議室に、氷のような静けさが満ちた。
* * *
その頃、渋谷のペントハウス。
「――クシュンッ!」
「あら、佐藤様。お風邪ですか?」
「いや……何か、遠くで胃の痛くなる陰謀でも巡らされている気がしただけだ。気にするな」
トールは特に気にした様子もなく、白石さんの淹れてくれた温かい生姜湯をズズッとすすると、大きな欠伸を一つこぼした。
世界最大級のダンジョンメジャーが動かす『三つの刃』も、正体不明の天才企業を気取る彼らの標的が、実のところ「面倒事は全部後回しにして、まず一杯の生姜湯を優先する」タイプの武士であるという、あまりにも根本的な事実には――まだ、誰一人として気づいていなかった。




