第025話:空間断絶のお昼寝結界と、軍事企業の絶望
氷華のポンコツ魔法を制御する『ハイブリッド指輪』が錬成された翌日の放課後。
魔道具研究会の部室は、いつになく賑やかな活気に包まれていた。
「見てくださいませ、盾花! わたくしの指先から、こんなに繊細な氷の雪片が……! これでもう、部室をブリザードで凍らせることもありませんわ!」
「すごいです氷華ちゃん! これなら次の実習、私の大盾と合わせて最強のコンビになれますよ!」
「それに……気のせいか、今日はブラウスの胸元が、少しだけ張っているような気もしますの……! この指輪のおかげですわ!」
「わぁっ! 本当ですか! 私も触らせてください!」
「きゃっ!? だ、駄目ですわ盾花!///」
指輪の恩恵(魔力制御と微量な発育効果)に感動する氷華と、それにじゃれつく盾花。さらには、部屋の隅で魔道サーバーをカタカタといじっている鯖江録郎までが、「ボスが作ってくれた自走ドローン、マジで最高っス!」と奇声を上げている。
平和で微笑ましい光景――ではあるのだが。
「…………五月蠅い」
特大アンティークソファーに身を沈め、食後の極上の昼寝を楽しもうとしていた佐藤通にとっては、安眠を妨害する騒音でしかなかった。
「お前ら、少し静かにしろ。グラウンドで特訓しているエリート連中の掛け声より五月蠅いぞ。俺はこれから、一時間の完璧な昼寝をする予定なのだ」
トールが鬱陶しそうに身を起こすと、ヒロインたちとパシリがビクッと肩を揺らした。
「す、申し訳ありません佐藤さん……! つい嬉しくて……」
「ぼ、ボス、すんません!」
静かになった部室。だが、トールの聴覚は一度乱された安眠のペースを取り戻せていなかった。それに、外からは相変わらず、新興メジャーの特別教官に扱かれている生徒たちの怒号がかすかに聞こえてくる。
「……駄目だ。これでは極上の昼寝空間とは言えん。物理的に音と気配を遮断する壁が必要だな」
トールはブレザーのポケットから、二つの極小魔石を取り出した。
茶色く濁った『土属性』の魔石と、透明な『風属性』の魔石である。
「イシュラーナ」
『はいっ! 限界オタクAI、ただいまスタンバイ完了しておりますわ!』
テーブルに置かれたスマホが、待ってましたとばかりにブルッと震える。
「俺が『気』でこの空間の位相を切り取る。お前は風属性の魔石で音の伝達を完全遮断し、土属性の魔石で外界からの物理的干渉を完全に防ぐ『結界』を構築しろ。範囲は俺が寝るこのソファーの周囲二メートルでいい」
「えっ……?」
氷華と盾花が目を丸くする。
『……ちょっ、トール様!? 空間の位相を切り取って物理干渉を完全遮断って、それ、大企業が血眼になって研究している【軍事用の無敵の拠点防衛システム】そのものですわよ!? 現代の魔道工学では、街一つ分の魔力リソースを使っても実現できない神の領域ですのに!』
「理屈は知らん。俺はただ、静かに寝たいだけだ。やるぞ」
トールは二つの極小魔石をソファーの前のテーブルに置くと、両手をかざして、異世界を制した圧倒的な『気』を一気に流し込んだ。
ドォォォォォォンッ!!
「ひゃあああっ!? また錬成の爆発ですわ!」
部室の魔素が限界まで圧縮され、イシュラーナの超絶ハッキング演算が物理法則を無理やり上書きしていく。風の魔石が真空の断層を作り出し、土の魔石が空間そのものを強固な壁へと変換する。
ピローン♪
光が収まると、トールが座る特大ソファーの周囲を囲むように、薄っすらと青白く光る「半透明のドーム型の結界」が出現していた。
「……よし。完成したな」
結界の内側にいるトールが何かを言っているように見えるが、外にいる氷華たちには、その声が全く聞こえなかった。音という音が、ドームの表面で完全にシャットアウトされているのだ。
「さ、佐藤さん……? 声が、全く聞こえませんわ……」
氷華が恐る恐る結界に手を伸ばす。
カチンッ。
「痛っ!?」
何もない空中に触れたはずなのに、指先が硬いガラスのようなものに弾かれた。
「な、なんですのこれ! 絶対防音どころか、物理的にも完全に遮断されていますわ! 盾花、ちょっと叩いてみてください!」
「は、はいっ! <シールド・バッシュ>!!」
盾花が自慢の大盾を全力で結界に叩きつけるが、ビクンともしない。ドーム型の結界は、衝撃を完全に空間の彼方へと逃がし、内側にいるトールには振動一つ伝わっていなかった。
「……うむ。これなら、外で爆弾が爆発しようが、魔神が喚こうが、静かに眠れるな」
トールは外で騒ぐヒロインたちを尻目に、ふかふかのソファーに横たわると、満足げに目を閉じてスゥ……と穏やかな寝息を立て始めた。
『信じられませんわ……!』
イシュラーナの合成音声が、部室のスピーカーから震えながら響き渡る。
『外部からの物理的干渉や騒音を100%完全にシャットアウトする【空間断絶・絶対防音お昼寝結界】……! 対戦車ミサイルが直撃しても破れない無敵の防衛陣地が、たった数個のハズレ魔石で完成してしまいましたわ!』
「……本当に、この人は……自分の昼寝のためだけに、どれだけ世界の常識を破壊すれば気が済むんですの……」
氷華は、結界の中でスヤスヤと平和そうに眠るトールの寝顔を見つめながら、深い深い溜息をついた。
* * *
――そして数時間後。
イシュラーナが「トール様の神業エモすぎ!」と軽い気持ちでネットの裏掲示板に放流した『絶対防衛結界の展開検証データと映像』は、世界中の軍事関係者や防衛企業の間で、核爆弾級の大パニックを引き起こしていた。
『おい嘘だろ!? なんだこの空間断絶シールドは!!』
『熱量ゼロ、魔力消費ほぼゼロ!? こんな技術が実用化されたら、世界中の軍需産業が全部潰れるぞ!!』
『どこの研究所だ!? 特定しろ! どんな手を使ってでもこの開発チームを自国に引き入れろ!!』
大企業や国家機関が血眼になって「謎の天才開発チーム」を追跡しようと狂乱する中。
魔道具研究会の部室では、そんな外の世界の騒ぎなど一切届かない完璧な防音結界の中で、マイペースな武士が、白石さんの夕飯の夢を見ながら極上の昼寝を満喫し続けていたのであった。




