第024話:ハイブリッド指輪の錬成と、氷の女王の覚醒
ペントハウスのシステムキッチンでは、鯖江が召喚した神話級モンスターである戦乙女が、エプロン姿の白石さんと並んで鼻歌交じりに天ぷらの油汚れをキュッキュと洗い落としていた。
そんなシュール極まりない光景を背に、リビングの中央では、佐藤通が氷華の魔法杖を手に取っていた。
「……なるほど。お前の魔力回路は太すぎる上に、出口のバルブが壊れているような状態だな。だから少しの魔力を込めただけでも、暴走して猛吹雪になってしまうのか」
「うぅっ……面目ないですわ。神宮寺の最高傑作と呼ばれる魔力総量も、これではただの欠陥品ですの……」
氷華がシュンと肩を落とす。
「案ずるな。バルブ(リミッター)を付けてやれば済む話だ」
トールが杖に極小魔石を押し込もうとした、その時だった。
『お待ちになって、トール様!』
テーブルの上で、イシュラーナがピコン!と警告音を鳴らした。
『杖そのものに制御機構を組み込むのは、魔力伝導率の観点から非効率ですわ! 魔力は術者の肉体から発せられるもの。ならば、術者の身体に直接触れる『アクセサリー』という形で独立させた方が、遥かに精密なコントロールが可能ですのよ!』
「む、そうなのか? ならば、それでいい」
トールはブレザーのポケットから、先日初心者エリアでドロップした『水属性』と『氷属性』の極小魔石を取り出し、テーブルの上で並べた。
「俺が『気』で形を整える。イシュラーナ、回路の最適化を頼むぞ」
『承知いたしましたわ! 今回は特別大サービス、限界オタクAIの粋を集めたスペシャル仕様にハッキングして差し上げますわよ!』
トールが極小魔石を両手で挟み込み、異世界の修羅場を越えた覇気を注ぎ込む。
ギイィィィン……ッ!
強烈な冷気と共に魔素が圧縮され、イシュラーナの超絶演算が物理法則を強引に書き換えていく。
数秒後、光が収まったテーブルの上には、透き通るような氷の結晶をあしらった、美しい銀色の『指輪』が完成していた。
「……完成したな。氷華、手を出せ」
「えっ? あ、はい……」
氷華が恐る恐る手を差し出すと、トールは無造作に彼女の左手を取り――その薬指に、スッと氷の指輪をはめた。
「「「…………え?」」」
リビングの空気が、完全に凍りついた。
洗い物をしていた戦乙女がツルッと皿を落とし、白石さんが口元を押さえて目を丸くする。盾花は「あわわわっ」と顔を赤くして両手で顔を覆っている。
「さ、さささ、佐藤さん!? な、なぜ左手の薬指に……っ!? これって、そういう……プロ、ぽーず……っ!?///」
氷華の顔面が、一瞬にして沸騰したように真っ赤に染まった。ポンコツお嬢様の脳内で、ウェディングドレスを着た自分と、紋付袴のトールの幻影が猛スピードで駆け巡る。
「ん? ああ、適当にはめただけだ。魔力の通り道(経絡)さえ繋がっていれば、どこの指でも問題ないだろう」
当のトールは、ラブコメの波動など微塵も感じ取っていない真顔であった。
『ギャアアアアッ! 無自覚タラシのナチュラル・エンゲージリング装着ゥゥッ!! トール様、デリカシーがゼロどころかマイナスに突入してますわ! 最高にエモいですのよーーッ!///』
「ば、ばかばか! 一瞬でも期待したわたくしがバカでしたわ!」
氷華が真っ赤な顔でポカポカとトールの胸を叩くが、トールは意に介さず「まあ、魔法を試してみろ」と顎でしゃくった。
「や、やってやりますわよ! 大気中の水分よ、我が魔力に応じ、涼やかなる氷の息吹へと変われ――『フリーズ・ブリーズ』!」
氷華がヤケクソ気味に杖を振るう。
すると、指輪の結晶が淡く輝き、彼女の膨大で制御不能だった魔力を、完璧な黄金比率へと自動調整した。
シュァァァァン……。
リビングの空間に、暴走した猛吹雪ではなく、キラキラと輝く美しいダイヤモンドダストが舞い散り、心地よい冷気がふわりと広がった。
「す、すごいですわ……! わたくしの魔力が、指先から糸を紡ぐように完璧にコントロールできていますの!」
「それだけじゃありませんよ、氷華ちゃん! 魔力の密度が桁違いです! さっきの吹雪の時より、ずっと洗練されていて強そうです!」
盾花の言う通り、指輪はただのリミッターではなく、魔力の純度を高める『増幅装置』としての機能も備えたハイブリッド・アーティファクトだったのだ。
『ふふふ……驚くのはまだ早いですわよ、氷華様』
イシュラーナの合成音声が、どこか誇らしげに響く。
『その指輪には、わたくしが気を利かせて【乳房増幅ホルモン(効果微量)発生装置】の術式も編み込んでおきましたの! 魔力を行使するたびに、極小の微弱電流が細胞を刺激し、胸の健やかなる発育を促す究極のエステ機能付きですわ!( ¯﹀¯ )ドヤッ』
「ひゃんっ!?」
言われてみれば、指輪をはめてから、氷華の胸のあたりがポカポカと温かくなっている。
「こ、これなら……わたくしのAスタイル(絶壁)も、いつかは……っ!」
『あくまで(効果微量)ですので、日々の努力と栄養摂取は必須ですけれどね!』
「十分ですわ……! 佐藤さん、イシュラーナさん、本当に、本当にありがとうございます……っ!」
氷華は感涙にむせびながら、左手の薬指にはめられた指輪を胸に抱きしめた。
完璧な魔力コントロールと、発育への希望(微量)。それを同時に手に入れた彼女の纏うオーラは、まさに『氷の女王』と呼ぶにふさわしい、気高く美しい貫禄に満ち溢れていた。
「……うむ。これで、明日から俺の昼寝が吹雪で邪魔されることもなくなるな」
トールは一人、満足げに頷きながら白石さんが淹れてくれた緑茶をすする。
大企業が発狂する超絶アーティファクト(ハイブリッド指輪)が、またしても「昼寝のため」「胸の発育のため」という極めて個人的な理由で錬成されてしまった。
最高に美味しい天ぷらと、無自覚なラブコメ、そして技術の無駄遣い。ペントハウスの夜は、今日も賑やかに更けていくのだった。




