第023話:魔物召喚術のチート化と、ポンコツお嬢様の嘆き
ペントハウスの広大なリビングは、ごま油の香ばしい匂いと、サクサクの天ぷらを頬張る心地よい咀嚼音に包まれていた。
白石さんの手による「至高の天ぷら」は、Eクラスの底辺生徒たちの心と胃袋を完全に掌握していた。
特大の海老天に齧り付きながら、佐藤通はふと思い出したように、正面の席でかき揚げ丼を作って掻き込んでいる小太りのパシリに視線を向けた。
「そう言えば、鯖江の得物はなんなの?」
「んぐっ!? よ、よくぞ聞いてくれましたボス!」
鯖江録郎は慌てて口の中のものを飲み込むと、誇らしげに胸を張った。
「俺のスキルは、ズバリ『魔物召喚術』です!」
「ああ、魔王がどさくさに紛れて仲間をふやすやつか」
トールが異世界の修羅場で散々見てきた光景を思い出しながら真顔で言うと、鯖江は途端にシュンと肩を落とした。
「そんなかっこいいもんじゃないですよ……。現代の召喚術って、専用のスマホアプリ経由で魔力を消費して、ランダムで魔物を呼び出す『ガチャシステム』なんです。でも、俺の魔力じゃ強いのが全く召喚できなくて……いつもスライムかコボルトしか出ないから、エリート連中の荷物持ち(パシリ)をしていたんです……」
現代のダンジョン探索において、魔物召喚術は『SSR(超強力な魔物)』を引けば一騎当千だが、排出率が0.0001%という極悪なクソゲー仕様であるため、ハズレスキルとして扱われているらしい。
その話を聞きながら、トールの脳内で一つの『怠惰なる方程式』が組み上がった。
(……鯖江が強大な魔物を召喚して前衛で戦わせれば、盾花への負担も減り、俺は木刀を振るうことすらなく、本当に手ぶらで散歩しているだけで実習が終わるのではないか?)
それは、トールの定時退社と昼寝の質を劇的に向上させる、完璧な戦略であった。
「……そうか。よし手伝おう」
トールは天ぷらの乗った箸を置き、鯖江に向かって手を差し出した。
「スマホを出せ」
「えっ? は、はい!」
鯖江が慌てて自分のスマホを渡すと、トールの胸ポケットからイシュラーナが「待ってましたわ!」とばかりにバイブレーションを鳴らした。
『状況は理解いたしましたわ、トール様! 録郎のスマホの召喚アプリに侵入し、排出率のアルゴリズムをハッキング! 確定演出のSSRテーブルに書き換えますのよ!』
「うむ。俺が『気』を流して、召喚に必要なエネルギー(リソース)を無限に供給してやる。これで最強の駒を呼び出せ」
「コ、駒って言っちゃったよこの人!」
トールが鯖江のスマホを両手で挟み込み、異世界を制した圧倒的な『気』を注ぎ込む。
それに呼応して、イシュラーナのAIコアが学園の、いや、国家のダンジョン管理サーバーすらも易々とすり抜け、召喚アルゴリズムの根幹を改竄していく。
『システム・オーバーライド! レアリティ制限解除! さあ録郎、召喚キーをタップなさい!』
「う、うおおおおっ! いけえええええええっ!」
鯖江が震える指で、スマホ画面の『召喚(10連)』ボタンをターン! と叩いた。
キュイィィィィィンッ!!
リビングの空間が歪み、まばゆい虹色の光が弾けた。
「ひゃあああっ!? 今度はリビングで爆発ですの!?」
氷華と盾花が慌ててテーブルの下に隠れる。
光が収まった後、ペントハウスの絨毯の上に立っていたのは――純白の鎧を身にまとい、背中に美しい光の羽を広げた、神々しいまでの美しさを持つ『戦乙女』であった。
「うひょおおおおおおおおっ!!? で、出たぁぁぁっ! 召喚術士のロマン、超絶美少女のSSR神話級モンスターーーッ!!」
鯖江が歓喜のあまり白目を剥いて発狂する。
「マスター。お呼びでしょうか」
凛とした声で、戦乙女がスッと片膝をつき、恭しく頭を垂れた。
――トールに向かって。
「……あれ?」
鯖江がポカンとする中、戦乙女は召喚主である鯖江を完全に無視し、圧倒的な『気』を注ぎ込んでくれたトールを主として認識していた。
「うむ。お前、強そうだな。ダンジョンでの雑魚の掃討と、魔石の回収は得意か?」
「はっ。我が槍はマスターの敵を穿ち、その全てをマスターの御前に捧げましょう。……ついでに、そちらのキッチンに並んだ美しい皿洗いも私が担当いたしましょうか?」
「おお、それは助かるな」
「あ、あらあら、ご丁寧にありがとうございます」
白石さんがニコニコと笑いながら戦乙女にスポンジを手渡すと、神話級のモンスターは嬉々としてシンクで皿洗いを始め、ついでに余った油の拭き掃除まで完璧にこなし始めた。
「俺のッ! 俺の召喚獣なのに、ボスの言うことしか聞かないし、超優秀な家政婦さんみたいになってるぅぅぅっ!」
鯖江が泣きながら床をバンバンと叩くが、トールは「細かいことは気にするな。これで俺の散歩がさらに快適になる」と、満足げに緑茶をすすっていた。
大盾が絶対障壁に進化し、パシリの召喚獣がチート化する。トールの周囲の環境は、彼の「怠惰なスローライフ」のために、次々とオーパーツじみた魔改造を施されていた。
その光景を、テーブルの下から這い出してきた氷華が、じっと見つめていた。
「……」
彼女の青い瞳には、羨望と、どこか深いコンプレックスが入り混じった切実な感情が浮かんでいた。
「いいなぁ、二人とも……。わたしなんて……」
「氷華ちゃん?」
盾花が心配そうに覗き込むと、氷華はポツリと、悲しげな声を漏らした。
「わたしなんて……魔力の出力調整が絶望的で、エアコン代わりにすらまともになれないポンコツ魔法使いですわ。おまけに、毎日こんなに白石さんの美味しいお弁当や天ぷらを食べているのに、ぜんっぜん、これっぽっちも『女としての武装(胸)』が成長しませんのよ……っ! いっそ、わたくしもガチャでボインボインの魔物に変身したいですわ……!」
氷の女王の仮面を完全にかなぐり捨て、切実すぎる乙女の悩みを爆発させてテーブルに突っ伏す氷華。その拍子に、またしても彼女の体から無自覚に魔力が漏れ出し、リビングの窓ガラスがミシミシと音を立てて凍りつき始めた。
「さ、佐藤さん! 氷華ちゃんが可哀想です! 盾の次は、氷華ちゃんの魔法もなんとかしてあげてください!」
盾花が懇願する中、トールは最後に残ったサツマイモの天ぷらを口に放り込んだ。
「……出力が大きすぎて制御できないのなら、俺の『気』とイシュラーナのからくりで、杖に制御装置を付ければいいだけだろう。スタイルについては知らんがな」
「ほ、本当ですの!? わたくしの魔法も、自在にコントロールできるようになりますの!?」
ガバッと顔を上げた氷華の瞳に、再び希望の光が宿る。
『トール様! 氷華様の杖の魔力回路をハッキングして、トール様の気で相殺結界を編み込めば、現代の魔道工学を五百年は先取りした【超精密・完全自動追尾型魔法杖】が完成しますわ!』
「うむ。それなら、俺の昼寝の邪魔にならなくて済むな」
トールが立ち上がり、ペントハウスの窓の外に広がる渋谷の夜景を見下ろす。
「飯も食い終わったことだし、食後の運動がてら、お前の杖も直してやろう」
マイペースな武士の「昼寝を邪魔されたくない」という極めて底辺な動機は、ポンコツお嬢様のコンプレックスを吹き飛ばし、また一つ、大企業が発狂するオーパーツを誕生させようとしていたのである。




