第021話:完全静音サーバーの錬成と、チートすぎるお散歩実習
戌井盾花(タンク娘)のヒビ割れた大盾が、トールの怠惰な魔改造によって『絶対障壁』へと進化を遂げた、その翌日の昼休み。
魔道具研究会の部室の扉が、遠慮がちにガラガラと開いた。
「あの……ボス。少々、よろしいでしょうか……」
顔を出したのは、すっかりトールの忠実なパシリとして定着した小太りの男子生徒、鯖江録郎だった。彼の手や背中には、マザーボードや冷却ファン、巨大なHDDなどの「パソコンのジャンクパーツ」が山のように抱えられている。
「……なんだ、そのガラクタの山は」
特大アンティークソファーで横になり、食後の昼寝を楽しもうとしていたトールが、鬱陶しそうに片目を開けた。
「こ、これは俺の命の結晶です! 先日、イシュラーナ様に自室のサーバーを物理的に爆破されてしまったので、秋葉原のジャンク屋を巡ってかき集めてきたんです!」
鯖江は息を切らしながら、パーツを部室の隅に置いた。
「お願いです、ボス! この部室の隅っこでいいので、俺のサーバーを設置させてください! 今後、ドローンの映像データをリアルタイムで処理したり、学園の裏掲示板の動向を監視したりするには、どうしても強力な情報処理拠点が必要なんですぅぅっ!」
涙ながらに土下座で懇願する鯖江。
『トール様、録郎の言うことにも一理ありますわ!』
トールの胸ポケットから、スマホ(イシュラーナ)がブルルッと震えて同意した。
『わたくしの演算能力は世界最高峰ですが、データを蓄積するための「物理的な保管庫」がこのスマホ一台では手狭なのですわ! 部室に専用サーバーがあれば、学園中のネットワークを監視し、トール様の平穏なスローライフを脅かす不穏分子を事前に察知して潰せますのよ!』
「……ふむ」
トールはソファーから身を起こし、山積みのジャンクパーツを見下ろした。
「お前たちが俺の平穏のために働くと言うなら、置くこと自体は構わん。だが……その機械というやつは、動かすと『ブォォォン』と五月蠅い音を立てて、さらに熱気を発するのだろう?」
トールの目が、スッと細められ、剣呑な光を帯びた。
「俺はこれから毎日、この極上のそよ風の中で昼寝をするつもりだ。少しでも騒音や熱気を出して俺の睡眠を邪魔するようなら、その機械ごと窓からグラウンドへ放り投げるぞ」
「ひぃぃぃっ! そ、それは……」
鯖江が絶望的な顔になる。現代のIT技術において、ハイスペックなサーバーに排熱と冷却ファンの騒音はつきものだ。物理法則上、無音で稼働させることなど不可能なのだから。
「――ならば、騒音も熱も出ないように俺が作り変えてやろう」
トールはブレザーのポケットをごそごそと探り、いくつかのアメ玉と一緒に転がっていた極小魔石を取り出した。
青白く冷気を放つ『氷属性』の魔石と、透明な『風属性』の魔石である。
「イシュラーナ。お前がそのジャンクパーツの回路を繋げ。俺が魔石で冷却と防音の結界を張る」
『承知いたしましたわ! 超絶ハイスペック・魔導サーバーの構築、開始しますのよ!』
トールはジャンクパーツの山に極小魔石を放り込み、両手から圧倒的な『気』を流し込んだ。
それに合わせて、隣で弁当のおかずを食べていた氷華(氷の女王)に顎でしゃくる。
「氷華、冷やせ」
「は、はいっ! 大気中の水分よ――『フリーズ・ブリーズ』!」
氷華が放ったオーバースペックな猛吹雪が、サーバーパーツを包み込む。トールの気によってその冷気はパーツの内部に完全に定着し、さらに風属性の魔石が「真空の防音層」を形成して、一切の駆動音を外部に漏らさない結界を作り上げた。
ピローン♪
まばゆい光が収まった後、部室の隅には、青白い魔力光のラインが走る、美しくも無骨な黒いサーバーラックが完成していた。
「……稼働しているのか?」
「は、はいっ……! 稼働しているどころか……」
手元のタブレットでサーバーにアクセスした鯖江が、ガタガタと全身を震わせ、次の瞬間、歓喜のあまり白目を剥いて発狂した。
「うひょおおおおおおおっ!!? CPU温度、常に絶対零度で安定! 冷却ファンの音、ゼロデシベル! 処理速度は俺が組もうとしてた構成の数万倍……いや、最新のスーパーコンピューターすら軽く凌駕してますぅぅぅっ!! なんですかこの神の箱はぁぁぁっ!!」
「うるさいぞ、鯖江」
「ひゃんっ! すいませんでした!」
トールに睨まれ、鯖江はピタッと直立不動になった。
「そうだ、鯖江。お前、いつもあの空飛ぶ機械の操縦で両手が塞がっているだろう。いざという時、俺の身の回りの世話ができないではないか」
「は、はひ?」
「それもついでに直してやる」
トールは鯖江の持っていたドローンに『雷(動力)属性』と『土(空間把握)属性』の魔石を押し込み、イシュラーナのAIプログラムを強制的にリンクさせた。
『プログラムの同期完了ですわ! これでこのドローンは、コントローラー不要の【完全自律・自動追従型】に進化しましたの! 録画データは今錬成した超絶サーバーにリアルタイムで転送されますわ!( ¯﹀¯ )ドヤッ』
「うむ。これなら、お前も両手が空くから、弁当の買い出しにもすぐ行けるな」
「じ、自走ドローンに、リアルタイムクラウド転送……っ!」
大企業が数千億円かけても実現できない最先端のドローン技術とサーバー環境が、「昼寝がしたい」「パシリの両手を空けたい」という極めて底辺な理由で、たったの五分で錬成されてしまった。
鯖江は魔道サーバーに頬擦りしながら、「一生……一生、ボス(佐藤様)についていきますぅぅっ!」と歓喜の涙を流し続けるのだった。
* * *
そして翌日。
新興メジャーの轟教官による『第一学年・合同ダンジョン実習』が行われた。
舞台は、第1〜10層に広がる初心者向けエリア『新緑の洞窟』の、第5階層の中継ポイントである。
初心者向けとはいえ、この階層まで来ればモンスターの質も数も格段に上がる。Aクラスのエリートたちが最新装備で身を固め、緊張した面持ちで隊列を組む中。
最後列のEクラスの集団の中で、信じられないほど場違いな光景が広がっていた。
「ギギャァァァァッ!!」
通常のゴブリンよりも二回り以上大きく、筋骨隆々の肉体を持つ上位種『ホブゴブリン』が、太い棍棒を振り下ろしてくる。
しかし、その前衛にスッと進み出た戌井盾花が、片手でひょいっと黒光りする大盾を掲げた。
ガキンッッッ!!
「ええっ!?」
周囲のAクラスの生徒たちが驚愕の声を上げた。
大の大人すら吹き飛ばすホブゴブリンのフルスイングを受け止めたというのに、小柄な盾花は一歩も後ろに下がるどころか、顔色一つ変えていなかったのだ。
「ふふん! 効きませんよ! 今の私(と佐藤さんに直してもらった大盾)は無敵なんです!」
さらに、後方から群れを率いる『ゴブリンシャーマン』が詠唱し、『火球』を放つ。しかし炎が盾花を襲う直前、大盾の表面に埋め込まれた魔石が淡く光った瞬間、炎はシュンッ……と音を立てて完全に中和され、消滅してしまった。
「な、なんだあの盾!? ホブゴブリンの物理攻撃を完全に無効化して、魔法まで相殺したぞ!?」
「あんなチート防具、新興メジャーのカタログにも載ってないぞ!?」
周囲のエリートたちがドン引きし、轟教官すらもタブレットを落としそうになっているその後方で。
「……うむ。今日は良い天気だな(洞窟だが)」
佐藤通は、ブレザーのポケットに両手を突っ込み、完全に手ぶらの状態で、まるで公園を散歩するかのような足取りでのんびりと歩いていた。
彼の横には、プロポがなくても勝手にフワフワと飛ぶ『自律型ドローン』が寄り添っている。ドローンの下には500円のリュックサックがぶら下がっており、氷華の魔法で倒されたモンスターから魔石がドロップするたびに、
シュポポポポポポッ!!
と、目に見えないダイソンのような吸引力で、次々とリュックの中に魔石が自動回収されていく。
「ボス! 現在の魔石回収率100%です! サーバーへの映像転送も遅延ゼロ! 最高、最高の環境ですぅぅっ!」
両手が空いた鯖江は、タブレットで完璧な数値を眺めながら、感動のあまりダンジョンの中で小躍りしていた。
「うむ。お前は帰ったら、購買で新作のイチゴオレを買ってこい」
「イエッサー!!」
前衛では少女たちが傷一つ負わずに上位モンスターを蹂躙し、後方では男子生徒が手ぶらで散歩しながらオーパーツが全自動で魔石を回収していく。
それはもはや「実習」ではなく、完全にダンジョンのシステムを崩壊させた『チートすぎるピクニック』であった。
「……あり得ん。Eクラスの底辺どもが、あんな無傷で第5階層を……っ!?」
轟教官がワナワナと肩を震わせているのを尻目に、トールは腕時計(先日白石さんが安売りで買ってきてくれたものだ)をチラリと確認した。
「よし、17時だな。実習の時間は終わりだ」
トールはくるりと踵を返した。
「待て、佐藤通! まだ実習のカリキュラムは終わって――」
「俺は帰る。今日は白石殿が、俺の帰りに合わせて『熱々の天ぷら』を揚げて待っていると言っていたからな。揚げ物は揚げたてが命だ。一秒たりとも残業(延長)はせん」
轟教官の制止を完全に無視し、トールは定時退社の絶対の掟に従って、迷うことなく出口への転送陣へと向かっていく。
「ああっ! ずるいですわ佐藤さん! わたくしもサクサクの天ぷらが食べたいですわーッ!」
「ボス! イチゴオレ買って走りますから待ってくださーい!」
騒がしいヒロインとパシリの叫び声がダンジョンに響き渡る中。
周囲のエリートたちを完全なポカン状態に置き去りにして、マイペースな武士は己の胃袋と平穏な夕飯のためだけに、今日も颯爽と家路につくのであった。




