第019話:ヒビ割れた大盾と、怠惰なる絶対障壁(イージス)の錬成
Aクラスのエリートたちがネットの海で盛大に社会的な死(炎上)を遂げた翌日の放課後。
魔道具研究会の部室には、いつものような「極上のスローライフ空間」とは少し異なる、どんよりとしたシリアスな空気が漂っていた。
「……ごめんね、氷華ちゃん。次の実習、私、前衛に立てないかもしれない」
部屋の隅で、戌井盾花(タンク娘)が膝を抱えてしょんぼりと呟いた。
彼女の足元には、昨日、第4階層での『モンスタートレイン』の猛攻を一身に受け止め、無残にヒビ割れてしまった鉄の大盾が置かれていた。
初心者用とはいえ、それなりに値の張る頑丈な武具だった。しかし、幾筋もの亀裂が走った今の状態では、ゴブリンの棍棒を一度受けただけで粉々に砕け散ってしまうだろう。
「そんなことありませんわ! 盾花がわたくしを守ってくれた名誉の負傷ですのよ。新しい大盾なら、すぐに神宮寺の家から最高級品を手配させますわ!」
神宮寺氷華(氷の女王)が、親友を励まそうと力強く言う。
「ううん、ありがとう氷華ちゃん。でも……この大盾、探索者高校に受かった時に、お父さんが無理して買ってくれた大事なものだったから……」
盾花の目から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
実家の事情でスパイ活動を強いられている彼女にとって、この大盾は家族の愛情の証でもあったのだ。
「盾花……っ」
氷華も胸を痛め、二人の少女はしんみりとした空気に包まれた。
――しかし。
「……五月蠅いな」
部屋の中央に鎮座する特大アンティークソファーから、その美しいシリアス空間をぶち壊すような、極めて鬱陶しそうな声が響いた。
横になって目を閉じていた佐藤通が、ゆっくりと上半身を起こす。
「お前たちがそんなシリアスな湿っぽい空気を出すせいで、せっかくの極上のそよ風(魔道エアコン)がジメジメして寝苦しいだろうが」
「さ、佐藤さん! 貴方という人は、親友が大事な盾を壊して泣いているというのに、自分の昼寝の心配ですの!?」
氷華が抗議の声を上げるが、トールは意に介さない。
「大事な盾が壊れた? だからどうした。直せばいいだろう」
「簡単に言わないでください! 魔力を含んだ金属の修復は、専門の鍛冶師の工房でも数週間はかかるんですのよ! それに、この亀裂の深さでは、買い換えた方が早いくらいですわ!」
氷華の正論を聞きながら、トールの脳内で一つの『怠惰なる方程式』が組み上がっていた。
(盾花の盾が直らないということは、彼女は前衛に立てない。……ということは、今後のダンジョン実習では、俺がいちいち前に出て魔物の相手をしなければならないということか?)
それは、トールにとって由々しき事態であった。
一番後ろで鯖江録郎を引き連れ、手ぶらで散歩しながら魔石を自動回収させるという完璧な『定時退社システム』が崩壊してしまう。
「……それは、誠に面倒だ。俺の平穏な散歩の時間が損なわれるのは許せん」
トールはソファーから立ち上がると、部室の隅で床を水拭きしていた小太りの男子生徒、鯖江録郎に顎でしゃくった。
「おい、鯖江。昨日のお前の鞄を出せ」
「ひぃっ! は、はいぃぃっ! ボス!」
すっかり従順なパシリと化した鯖江が慌てて500円のリュックサックを差し出す。トールはその中に手を突っ込み、昨日乱獲した魔石の山の中から、四つの極小魔石を摘み出した。
茶色く濁った『土(硬度)属性』、淡く光る『風(軽量化)属性』、そして赤く燃えるような『火属性』と、冷気を放つ『氷属性』の極小魔石である。
「イシュラーナ」
『はいっ! お呼びでございますか、トール様!』
胸ポケットのスマホが、待ってましたとばかりにバイブレーションを鳴らす。
「俺が『気』を流して、この割れた盾の金属繊維と魔石を強引に結びつける。お前は魔力回路の最適化と、反発するエネルギーの調和を担え。この鉄クズを、絶対に壊れない、かつ羽根のように軽い壁にするぞ」
「さらに、だ。火と氷の魔石も混ぜておく。魔法の炎や氷結攻撃を受けた時、勝手に中和するようにしておけば、俺の昼寝の邪魔にならないからな」
『……ほ、本気ですの!? 割れた金属の結合と、相反する四つの属性(硬度、軽量化、熱吸収、冷気中和)の同時付与なんて、現代の巨大企業の最新鋭・錬成高炉をフル稼働させても成功率0%の神業ですわよ!?』
「うるさいな。俺の後ろで泣かれては昼寝ができんと言っているのだ。やるぞ」
トールは床に置かれたヒビ割れた大盾の上に、四つの極小魔石を無造作に置いた。
そして、両手をその上にかざし――異世界で魔神をも両断した規格外の『気』を、修復と創造のエネルギーに反転させて、大盾へと一気に叩き込んだ。
ドォォォォォォォンッ!!
「ひゃあああっ!? また部室が爆発しますわーッ!」
「さ、佐藤さん!? 私の大盾が、光って……っ!」
大盾が太陽のように激しく発光し、部室内の魔素が異常な密度で圧縮される。
極小魔石から抽出された土属性の極限の硬度、風属性の極限の軽量化、そして火と氷の相反する属性による魔力相殺の機構。本来なら金属を自壊させてしまう四つのエネルギーが、トールの圧倒的な『気』の圧力によって、無理やり金属繊維の原子レベルの隙間にねじ込まれていく。
『うおおおおっ! 演算リソース全開! 金属結合のネットワークをハッキングして、トール様の気とリンクさせますわーーッ! 相対する属性は位相を反転させて、と……!』
イシュラーナのAIコアが悲鳴を上げ、スマホの画面に滝のようなコードが流れる。
鯖江は「またトンデモない技術革命が起きてるぅぅぅっ!?」と部屋の隅でガタガタと震えながらお祈りを始めていた。
ピローン♪
やがて、いつもの間抜けな電子音と共に、部室を包んでいた光が収まった。
「……完成したな」
トールが息を吐きながら一歩退くと、そこには。
見た目こそ、元の無骨な鉄の大盾のままである。しかし、表面のヒビは完全に消え去り、深い黒光りをする特殊な金属装甲へと変貌を遂げていた。
「ほら、持ってみろ」
「えっ……? あ、はい……」
盾花が恐る恐る大盾の持ち手を握り、持ち上げようと力を込める。
――スッ。
「……え?」
今まで、よっこいしょと全身の力を使わなければ持ち上がらなかった数十キロの大盾が、まるで発泡スチロールか羽根のように、片手でスッと持ち上がったのだ。
「かるっ!? なんですかこれ、空気を持ち上げてるみたいです!」
「軽く叩いてみろ。強度は保証する」
盾花がもう片方の手で、コンッと盾の表面を叩く。
キィィィィン……ッ。
部室の空気を震わせるような、極めて密度が高く澄み切った金属音が鳴り響いた。
『信じられませんわ……!』
イシュラーナが驚愕の音声を漏らす。
『総重量は元の10分の1以下! なのに、分子構造が魔石と完全に結合しているため、現代の対戦車ミサイルが直撃しても傷一つ付かない物理防御力! さらに、魔法攻撃(炎や氷)を受けた際、自動で逆位相のエネルギーを放出して中和する『熱交換無効化システム』まで備えた【絶対障壁】が完成してしまいましたわ! また世界中の軍需産業や防具メーカーが発狂するオーパーツの誕生ですのよーーッ!!』
「おおおっ……! すごいです、すっごいです佐藤さん! これなら炎も吹雪も怖くないです!」
盾花が嬉しそうに、巨大な盾を片手でブンブンと振り回す。
「本当に、直してくれてありがとうございます!」
感動のあまり、盾花がトールに抱きつこうとするが、トールはヒョイと身をかわしてソファーへと戻った。
「感謝など不要だ。お前は俺の専属の『壁』だからな。これからは、どんなダンジョン実習でも俺の前に立って、すべての面倒な攻撃を弾き返せ。俺は一番後ろで、安全に手ぶらで歩かせてもらうからな」
「はいっ! 私、佐藤さんのためなら、どんな攻撃でも絶対に防いでみせます!!」
「……本当に、貴方という人は、どこまでも自分の怠惰な理由で世界の常識をひっくり返しますのね……」
呆れ果てた氷華がため息をつきながらも、親友の笑顔を取り戻してくれたトールに対して、どこか柔らかく温かな眼差しを向けていた。
「やれやれ。これでようやく静かに寝られる」
トールはソファーに身を投げ出し、満足げに目を閉じた。
その光景を部屋の隅から見ていた鯖江録郎は、手元の雑巾を握りしめながら、心の中で固く誓っていた。
(やべえ……この人、規格外すぎる。エリートのAクラスに媚びるより、このボスのパシリを極めた方が、絶対に安全で出世できる……!)
一人の少女の涙を拭い、軍事バランスを崩壊させる最強の防具を生み出してもなお、当の本人は「昼寝がしたいだけ」。
魔道具研究会の部室には、今日も極上のそよ風と、最高にマイペースで狂った日常が穏やかに流れていくのであった。




