第015話:陰湿なドローン監視と、怠惰なる自動収集鞄(マジックバッグ)
地獄のステータス測定から一夜明けた、翌日の放課後。
渋谷代々木学園のグラウンドでは、今日も凄惨な光景が広がっていた。
「ぜぇっ……はぁっ……! も、もう、魔力が……一滴も出ませんわ……っ!」
「足が……足がちぎれそうですぅぅ……っ」
神宮寺氷華と戌井盾花をはじめとする、レベル2以下の判定を受けたEクラスの生徒たちは、新興メジャーの轟教官から命じられた『特別指導』によって、文字通り泥にまみれて這いつくばっていた。
唯一の例外である佐藤通だけは「俺はレベル3だからな」と定時退社をキメ込み、その姿はどこにもない。結果として、Eクラスはトール以外の全員が特訓を受けさせられるハメになっていた。
そんな無惨な生徒たちの頭上、グラウンドの上空数十メートルの位置に、音もなく滞空している小型の飛行物体があった。
最新鋭のステルス・ドローンである。
「ひひひっ。いい絵が撮れてるぞ。旧メジャーの神宮寺の令嬢が、鼻水垂らして泥まみれだ」
学園の旧校舎の屋上。身を隠すようにしてドローンのコントローラーを操作しているのは、度の強い眼鏡をかけた小太りの男子生徒だった。
彼はAクラスのエリートや教官たちに媚びへつらうことで学園での地位を保っている「オタク内部生」である。昨日、エリートたちから『Eクラスの底辺どもの無様な姿を録画して、学園の裏掲示板にアップしろ。いい笑いものにしてやる』と指示を受け、喜々としてスパイ活動を行っていたのだ。
「これを見れば、Eクラスの連中も完全に心が折れるだろうな。ん? そういえば……」
オタク内部生は、ドローンのカメラを操作しながら首を傾げた。
「Eクラスの特訓免除者……あの佐藤とかいう謎の転入生は、どこで何をしているんだ? どうせ部室でサボっているんだろう。あいつの怠惰な姿も録画して、教官にチクってやれば俺の評価もウナギ登りだぜ!」
彼はニチャリと笑い、ドローンの機首をグラウンドから旧校舎の窓へと向けた。
* * *
その頃。魔道具研究会の部室。
特大アンティークソファーの前に胡座をかいたトールは、購買部で買ってきた500円の安いリュックサックを裏返しにし、その中に手を突っ込んで真顔で唸っていた。
「……以前、イシュラーナに魔石を拾わせようとしたが、貴様には手足がないため不可能だと言われたな」
『当然ですわ! わたくしは旧メジャー最高峰のスーパーAIであって、物理干渉用の念動力アプリなんてインストールされておりませんのよ!』
テーブルの上で、スマホがブルルッと震える。
「俺とて、一匹斬るたびにいちいちしゃがんで小石を拾うのは誠に面倒だ。腰にも悪いからな。ならば、倒したそばから勝手に魔石を吸い込み、なおかついくら入れても重くならない『鞄』があれば、俺の平穏なスローライフはさらに快適になるはずだ」
トールの手元には、リュックサックの他に、先日初心者エリアで乱獲した『風属性の極小魔石』と『土(空間)属性の極小魔石』がいくつか転がっていた。
「イシュラーナ。俺が気を流す。空間拡張と吸引の術式構築、合わせられるか?」
『……本気ですのトール様!? 鞄の内部空間を魔力で拡張する『四次元収納技術』と、特定の物質(魔石)だけを識別して吸引する『自動追尾回収システム』なんて、現代の大企業が数千億円を注ぎ込んで血眼で研究しても未だに実用化されていない、夢のオーパーツ技術ですわよ!?』
「理屈は知らん。だが、材料はある。やるぞ」
『ええい、もうどうにでもなれですわ! わたくしの全演算リソースを解放します! 失敗して部室が吹っ飛んでも知りませんわよ!』
トールがリュックサックの中に極小魔石を放り込み、両手で包み込むようにして圧倒的な『気』を注ぎ込む。
ギイィィィィィン……ッ!!
部室内の魔素が異常な密度で圧縮され、空間そのものが軋むような音を立て始めた。トールの「異世界で培われた規格外の気」と「空間を切り裂く剣術の素養」が、イシュラーナの超絶ハッキング演算によって、無理やり現代の物理法則(鞄のナイロン生地)に上書きされていく。
風属性の魔石が「吸引」の回路を形成し、土属性の魔石が「空間拡張」の断層を固定する。
そして――ピローン♪
間抜けな電子音と共に、まばゆい光が収まった。
「……完成したな」
トールは、見た目は500円の安物のままのリュックサックを手に取り、部室の隅に転がっていた予備の極小魔石に向けて、鞄の口をパカッと開けた。
シュポッ!
まるで目に見えない掃除機に吸い込まれるように、3メートル先にあった極小魔石がふわりと宙に浮き、一直線に鞄の中へと吸い込まれていった。
「ほう。重さも全く変わらん。これなら、背負って歩いているだけで、倒した魔物からドロップした魔石が勝手に回収されるというわけだ」
『信じられませんわ……。総製作費、たったの500円(リュック代)で、現代の魔道具工学の歴史がひっくり返りましたわーーッ! しかも動機が「しゃがんで拾うのが面倒くさいから(怠惰)」って、天才の無駄遣いにも程がありますわ!! 草www』
イシュラーナが画面に大量のアスキーアートを明滅させて限界化している中、トールは「これで明日の探索は手が汚れなくて済む」と、至極満足げに頷いていた。
* * *
「…………は?」
旧校舎の屋上。
ドローンのコントローラーを握りしめていたオタク内部生は、モニターの映像を見て、カチンコチンに固まっていた。
魔道具研究会の窓の外から、ドローンの高性能カメラが捉えていた映像。
それは、ただの落ちこぼれ(と認識していた)男子生徒が、たった数個の極小魔石と安物のリュックを使って、大企業が実現不可能な『自動収集型マジックバッグ』を、鼻歌交じりに錬成してしまうという、世界を揺るがす技術革命の決定的瞬間であった。
「な、なんだあれ……空間が歪んで、魔石が勝手に吸い込まれて……っ!? あり得ない、あんなの、特進科の最高レベルの魔道具開発部だって足元にも及ばない超絶技術だぞ!?」
ガタガタと震える彼の手の中で、コントローラーが滑り落ちそうになる。
Eクラスの無様な特訓風景を晒すつもりが、とんでもないパンドラの箱を覗き込んでしまった。
「こ、これをこのままエリート連中に見せたら……いや、ネットにアップしたら……俺の、いや、学園の常識が崩壊するぞ……っ!!」
恐怖と興奮で全身に脂汗をかきながら、オタク内部生は震える指で『録画保存』のボタンを押した。
トールの「極度の面倒くさがり」から生まれたこの怠惰なアーティファクトが、グラウンドで泥まみれになっているエリートや教官たちの度肝を抜き、さらなる「技術的バズ」の波を引き起こすことは、もはや誰にも止められない確定事項となっていた。




