第109話:もう一人の男友達と、三人それぞれの、その後
事件が落ち着いた後も、蓮司は変わらず部室に顔を出し続けていた。
「――蓮くん、これからもずっと、この部室にいてくれるんですよね?」
盾花が尋ねると、蓮司は肩をすくめた。
「まあな。他に行く当てもないし、何より」
蓮司は、ソファーで木刀の手入れをするトールへと視線を向けた。
「こいつと軽口を叩き合える場所は、そう多くないからな」
「――お前が言うな」
トールが素っ気なく返すと、蓮司は愉快そうに笑った。
「トールさんに、対等に軽口を叩ける人がいるの、なんだか新鮮ですわね」
氷華がくすくすと笑う。
「これまでは、佐藤様は少し孤独な感じもありましたから」
白石さんの言葉に、トールは僅かに視線を逸らした。
「……悪いことではあるまい」
その素っ気ない一言の裏にある、確かな喜びに、部室の全員が気づいていた。鴉羽蓮司という、トールにとって初めての「対等な男友達」の存在は、こうして、これからの日常に、静かに、しかし確かに根を下ろしていった。
* * *
決戦から二月が過ぎた、ある休日の午後。
* * *
「――佐藤様」
キッチンで二人きりになった時、白石さんが、静かにトールへ声をかけた。
「わたし、これからも、佐藤様のお隣で、ずっとお料理を作り続けたいと思っています」
「――うむ。それは、俺にとっても、この上ない幸せだ」
トールの率直な答えに、白石さんは、優しく目を細めた。二人の間には、言葉にせずとも通じ合う、確かな絆があった。
* * *
「佐藤さん」
部室の窓辺で、氷華がトールに歩み寄った。
「わたくし、これからも、わたくしなりのやり方で、貴方の隣に立ち続けますわ」
「ああ。それでいい」
トールは、静かに頷いた。
「お前のそのままの姿を、俺は好ましく思っている」
その言葉に、氷華は頬を染めながらも、確かな誇らしさを胸に微笑んだ。
* * *
「トールさん」
盾花もまた、静かにトールの前に立った。
「私は、これからも、ただの親友として、皆さんの隣にいます。それが、私にとって一番自然な形ですから」
「うむ。お前らしい、良い選択だ」
トールの短い一言に、盾花は満足げに頷いた。
* * *
白石さん、氷華、盾花。三人それぞれが、誰か一人に絞られることなく、それぞれの形で、トールの隣にあり続けることを選んでいた。ハーレムの均衡は、これまでと変わらず、しかし確かに、それぞれの絆を深めながら、穏やかに続いていくのであった。
『――皆様それぞれの想いが、それぞれの形でトール様に届いている。それでいいと、わたくしは思いますわ』
イシュラーナの一文が、誰にも見えないところで、静かに浮かんでは消えていった。
「――蓮、お前はどうなんだ」
その夜、二人きりになった際、トールがふと尋ねた。
「俺か? まあ、こういう賑やかな日常の隅っこで、お前と軽口を叩きながら生きていく。それで十分だ」
「――そうか」
トールは、それだけ答えると、静かに微笑んだ。それぞれの形の幸せが、この部室には、確かに満ちていた。
* * *
翌日、部室では、蓮司の歓迎の意味も込めた、ささやかな昼食会が改めて開かれることになった。
「――蓮くん、これからもよろしくお願いしますね」
盾花がそう言って頭を下げると、蓮司は照れくさそうに頭を掻いた。
「こちらこそ、世話になる。……こんな賑やかな場所、正直、五年間の中でも初めてでな」
「あら、それは光栄ですわね」
氷華がくすくすと笑うと、鯖江も嬉しそうに箸を進めながら口を挟んだ。
「蓮さん、今度また稽古つけてくださいよ。俺、もっと強くなりたいんスよ」
「ああ、望むところだ」
その賑やかなやり取りを眺めながら、トールは静かに目を細めた。
(――五年前は、まさかこんな日が来るとは思わなかったな)
異世界の戦場で失ったと思っていた戦友が、こうして再び隣にいて、共に笑い合っている。その何気ない光景こそが、トールにとって、何よりの奇跡だった。
「――トール、何をニヤついてる」
蓮司に指摘され、トールは慌てて表情を引き締めた。
「別に、ニヤついてなどおらん」
「嘘つけ、めちゃくちゃ緩んでたぞ」
その軽口の応酬に、部室にはまた、賑やかな笑い声が響いていった。
* * *
昼食会の終わり際、蓮司がふと、皆に向かって改まった様子で口を開いた。
「――皆、聞いてくれ。五年間、身元不明のまま、一人でこの世界を彷徨っていた俺にとって、この部室は、本当にかけがえのない居場所になった」
「蓮くん……」
盾花が思わず目を潤ませると、蓮司は照れくさそうに続けた。
「大げさなことを言うつもりはないが……これからも、よろしく頼む」
「――当然ですわ」
氷華が微笑みながらそう答えると、鯖江も元気よく頷いた。
「もちろんっス! 蓮さんは、もう立派な部室の一員ッスから!」
その温かな言葉の輪の中で、蓮司は、これまで見せたことのないほど、穏やかで満ち足りた笑顔を浮かべていた。五年間の孤独な放浪の果てに、ようやく辿り着いた、確かな居場所だった。




