第108話:それぞれの家の行く末と、非公式の理解者
事件から数日後、盾花の実家に、母から明るい声で電話がかかってきた。
『――盾花、聞いて。例の防具メーカーの担当者さん、急に態度が変わって、あの強引な話、なかったことになったのよ』
「本当に?」
『ええ。それに、代わりといってはなんだけど……地元の若い職人志望の子から、うちで修業させてほしいって連絡が来てね』
母の声には、これまでにない、静かな充実感が滲んでいた。
「――大きくならなくてもいい。ただ、お母さんが誇りを持って続けられる工房であれば、それで十分だよ」
盾花は、電話の向こうの母に、心からそう告げた。
* * *
神宮寺本邸でも、同様の変化があった。
「――氷華、聞いてくれ。あの常盤とやらからの圧力、すべて撤回されたよ」
父の声には、安堵と共に、どこか反省の色も滲んでいた。
「わたくしたちの技術は、誰かに脅されて差し出すものではありませんもの。当然の結果ですわ」
「その通りだ。……氷華、お前を、そしてお前の隣にいる皆を、これからも支えていくと誓おう」
父の言葉に、氷華は静かに微笑んだ。
戌井家も神宮寺家も、それぞれが技術と誇りを守り抜いた形で、静かな決着を迎えていた。
「――お父さん、これからは、もっと色々なお話、してくださいましね。一人で抱え込むのは、なしですわよ」
氷華がそう言うと、父は苦笑しながら頷いた。
「ああ、肝に銘じておくよ。……お前の隣にいる、あの頼もしい皆のことも、これからはもっと、ちゃんと知っておきたいとも思っている」
その一言に、氷華は嬉しそうに目を細めた。
* * *
事件から一月後、東城冴子が、いつも通り部室を訪れていた。
「――本日をもちまして、新技術対策室の私の役職は、少々変わることになりました」
「変わる、とは」
トールが怪訝そうに尋ねると、東城は静かに微笑んだ。
「今後は、渋谷代々木学園を含む、いくつかの"特異案件"の非公式な担当として、引き続き、定期的にこちらへ伺うことになります」
「――つまり、これからも、俺たちを見張りに来るということか」
「見張る、というと聞こえが悪いですね」
東城は、珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「――見守る、と言い換えさせていただきます」
その一言に、部室の空気が、僅かに和んだ。
「東城様には、本当にお世話になりました」
白石さんが、丁寧に頭を下げる。
「いいえ。……皆さんの平穏を守ることが、今の私にとっての、一番の仕事ですから」
トールの正体――規格外の武士としての本当の姿は、こうして、部室の仲間と、東城という、ごく僅かな「知る人ぞ知る」人々の間だけの秘密として、静かに守られ続けることになった。世間的には、相変わらず「魔道具研究会のちょっと変わった生徒たち」のままである。
「それでいい」
トールは、静かにそう呟いた。
「俺は、ただ、平穏に飯を食い、昼寝ができれば、それで十分なのだからな」
「――その台詞、もう何度目ですの」
氷華が呆れたように、しかし温かな笑みを浮かべてそう言うと、部室にはまた、いつも通りの賑やかな笑い声が広がっていった。
* * *
東城が帰った後、盾花がふと、しみじみとした様子で呟いた。
「――思えば、東城様には、最初は少し怖い印象を持っていました。でも、今ではすっかり、部室の一員みたいですね」
「それだけ、あの人が誠実だったということだろう」
トールが木刀の手入れをしながらそう答えると、氷華も頷いた。
「ええ。組織の中で、たった一人で戦う覚悟を決めた人ですもの。わたくしたちが、その誠実さに応えないわけにはいきませんわ」
「――俺も、東城さんのおかげで、色々と救われたッス」
鯖江がしみじみと呟くと、イシュラーナの声も、静かに、しかし温かく響いた。
『ええ。東城様は、この部室にとって、もはやかけがえのない味方ですわね』
その一言に、部室の全員が、確かな頷きを返した。組織という巨大な壁の中で孤独に戦い続けた一人の女性が、いつしかこの賑やかな部室の、大切な一員として迎え入れられていた。その事実こそが、今回の一連の事件が残した、何より温かな結末の一つだった。
「――さて」
トールが、静かに立ち上がった。
「今日という日を締めくくるにふさわしく、少し豪勢な夕飯にしようと思うのだが、どうだろうか」
「賛成ですわ!」
「わたしも、腕によりをかけますね」
白石さんと氷華が声を揃えると、盾花や鯖江も嬉しそうに頷いた。決戦から一月、事件はすべて丸く収まり、部室にはこれまでと変わらぬ、しかしどこか一層深みを増した、確かな絆と温もりが満ちていた。それぞれの家族が、それぞれの誇りを守り抜き、そしてこの部室そのものもまた、これまでと変わらぬ、しかし確かに深まった日常を取り戻したのだった。誰一人として欠けることなく、皆が笑い合えるこの場所こそが、彼らにとって、何よりもかけがえのない、大切な財産であり続けるのだった。それは、これから先も、決して色褪せることのない、確かな宝物だった。




