第106話:亡き戦友たちの一太刀
ゲートの魔法陣が、制御を失ったまま暴走し、遺跡全体が激しく振動を始めた。
「――このままでは、ゲートが暴走したまま固定されてしまいますわ! 異世界と現代、両方に取り返しのつかない被害が及びますの!」
イシュラーナの悲鳴じみた警告が響く。
「常盤! お前は、自分が何をしようとしているのか、分かっているのか!」
トールの怒声に、常盤は恍惚とした笑みを浮かべるだけだった。
「これでいい。制御できずとも、道さえ開けば……」
「――黙れと言ったはずだ」
蓮司が、地を蹴った。常盤の身柄を、剣の腹で容赦なく打ち据え、無力化する。
「ゲートは、俺たちで止める!」
「ああ!」
トールと蓮司は、暴走する魔法陣へと向き直った。
* * *
その間にも、施設内に残っていた常盤配下の私兵たちが、最後の抵抗とばかりに襲いかかってきた。
「――わたくしたちが、お二人の背中は守りますわ!」
氷華の氷結魔法が、敵の足元を次々と凍てつかせていく。
「私も、絶対に通しません!」
盾花の絶対障壁が、私兵たちの銃撃を、悉く弾き返す。
「イシュラーナさん、こっちも通信妨害、もう一段階強めるっス!」
鯖江のタブレットから放たれる電脳の盾が、敵の連携をさらに寸断していく。三人の連携は、これまでのどの戦いよりも研ぎ澄まされており、私兵たちは、なす術もなく次々と沈黙していった。
「――さすがだな、お前たち」
その光景を横目に、蓮司が僅かに口の端を緩めた。
(――あの日、俺の隣で命を賭して戦った戦友たちの分まで。あんたらの分まで、俺は生きて、食って、笑ってきた。だからこそ、今度は俺が、この平穏な世界を守る番だ)
トールの脳裏に、異世界の戦場で共に戦い、そして散っていった仲間たちの顔が、一瞬だけよぎった。
「――カタストロフ」
トールは、腰に差した魔剣を、静かに抜いた。持ち主の魂を喰らうとされる呪いの魔剣は、しかしトールの手の中で、まるで意志を持つかのように静かに輝いていた。
「お前の呪いも、俺の想いも、今この一撃に込める」
蓮司もまた、トールの隣に並び立った。
「俺も、付き合うぜ。今度こそ、隣で共に戦う」
二人の剣が、同時に、暴走する魔法陣の核へと振り下ろされた。
――ヒュンッ。
静かな、しかし全てを断ち切るような一閃。
亡き戦友たちへの想いと、この平穏な日常を守るという確かな意志を込めた一太刀が、暴走する魔力の奔流を、根本から断ち切った。
「――ぐ、う……!」
魔法陣が、急速にその輝きを失っていく。常盤は、その光景を呆然と見つめながら、崩れ落ちるように膝をついた。
「馬鹿な……。これほどの力を持ちながら、なぜ、それを国家のために使わない……」
「――お前には、分からんだろうな」
トールは、静かに魔剣を鞘に収めた。
「この力は、誰かを支配するためのものではない。ただ、大切な者たちの、当たり前の日常を守るためだけのものだ」
その一言を最後に、遺跡全体を包んでいた禍々しい魔力は、完全にその姿を消していった。
* * *
静寂が戻った遺跡の中、氷華が息を切らしながら、トールと蓮司のもとへと駆け寄った。
「お、お二人とも、ご無事ですのね……!」
「ああ、心配をかけたな」
トールが答えると、盾花や鯖江も、安堵の表情を浮かべながら集まってきた。
「――終わった、のか」
鯖江が呆然と呟くと、イシュラーナの声が、静かに、しかし確かな喜びを込めて響いた。
『ええ。皆様の想いが、確かに、この暴走を止めましたのよ』
その一文に、部室の全員が、これまでにない深い安堵と、確かな達成感を分かち合っていた。
* * *
崩れ落ちた常盤の傍らに膝をつき、トールは静かにその顔を見下ろした。
「――常盤修造。お前の計画は、これで完全に潰えた」
「……まだだ。私一人が倒れたところで、この国が異世界の資源に目をつけるという流れは、止まりはしない」
常盤の負け惜しみに、蓮司が冷ややかに言い返した。
「さあな。だが、少なくとも、お前という個人の野心が、これ以上、誰かの平穏を踏みにじることはない。それだけで、今は十分だ」
「――お前たち」
常盤は、力なく笑った。
「本当に、ただの学生たちなのか。それにしては、あまりにも規格外な力を持ちすぎている」
「ただの学生で、規格外の武士だ」
トールが素っ気なくそう答えると、その場にいた全員が、思わず小さく噴き出した。張り詰めていた空気が、その一言で、ふっと和らいでいく。
「――さて、後始末は、東城殿に任せるとしよう。俺たちは、いつも通りの日常に戻るだけだ」
トールの一言に、一同は静かに頷き、崩れゆく遺跡からの脱出へと動き出した。振り返ることなく歩き出すその背中には、これまでの戦いの疲労よりも、確かな達成感の方が、より色濃く滲んでいた。誰もが、これから戻っていく、あの賑やかな部室での日常を、心のどこかで待ち望んでいるようだった。地上へと続く長い階段を、一同は、静かに、しかし確かな足取りで上っていった。振り返れば、崩れゆく遺跡の奥に、微かな光がまだ揺らめいているのが見えたが、誰もそれ以上足を止めることなく、前だけを見つめて歩き続けた。




