第105話:常盤との対峙
扉の先に広がっていたのは、古代の遺跡を無理やり改造した、異様な研究施設だった。中央には、巨大な魔法陣を刻んだ装置が鎮座し、そのそばに、常盤修造が静かに佇んでいた。
「――ようこそ。まさか、本当にここまで来るとはな」
常盤は、感情の読めない笑みを浮かべた。
「常盤修造。お前の狙いは、分かっている」
トールが、静かに木刀を構える。
「異世界へのゲートを利用し、あの世界を国家の資源として利用する。そして、俺や蓮を、その道具として扱おうとした」
「道具、とは人聞きが悪いな」
常盤は、肩をすくめた。
「私はただ、この国の未来を考えているだけだ。異世界という、無尽蔵の資源と技術の宝庫を、いつまでも一部の学生や民間企業の道楽に留めておくのは、国家的な損失だとは思わんかね」
「――お前の言う"国家の未来"とやらのために、盾花の母君の工房や、氷華の実家、結衣の保育園まで、人質に取ろうとしたのか」
トールの声に、静かな怒りが滲んだ。
「必要な犠牲だ。大きな目的のためには、多少の……」
「黙れ」
蓮司が、剣を抜きながら鋭く遮った。
「五年前、俺を利用しようとした時も、お前は同じことを言っていたな。"必要な犠牲"、か。反吐が出る」
常盤は、蓮司の姿を見て、僅かに目を細めた。
「――ほう。生きていたのか、鴉羽くん。それは重畳。ならば話は早い、今からでも――」
「もう遅い」
トールが、静かに、しかし確かな圧を込めて言い放った。
「お前の計画は、既に東城殿を通じて、しかるべき筋に伝わっている。ここでお前を止めれば、それで終わりだ」
「そうか。それは、少々予定が狂ったな」
常盤は、静かに笑みを消すと、装置の起動スイッチに手をかけた。
「だが、ゲートさえ起動してしまえば、こちらのものだ。異世界への道が開けば、私を止める理由も、もはや誰にもなくなる」
「――お前という男は、どこまでも身勝手だな」
氷華が、怒りを滲ませた声で言い放った。
「わたくしたちの平穏な日常を、勝手な理屈で踏みにじろうとする。そんな身勝手、絶対に許しませんわ」
「私も、絶対に許しません」
盾花も、大盾を構えながら声を上げた。
「――やめろ!」
トールが叫んだ瞬間、常盤は無情にもスイッチを起動させた。
中央の魔法陣が、禍々しい光を放ちながら、暴走的な唸りを上げ始めた。
「――しまった」
蓮司が舌打ちすると、常盤は恍惚とした表情でその光景を見つめていた。
「これでいい。もはや、誰にも止められはしない」
その言葉と共に、遺跡全体が、これまでにない激しい振動に見舞われ始めた。
「常盤! お前は、自分が何をしようとしているのか、分かっているのか!」
トールが怒声を上げると、常盤は恍惚とした表情を浮かべたまま、静かに答えた。
「無論だ。歴史の転換点に、自らの意志で立ち会おうとしているだけのこと。……お前たちのような子供には、分からんだろうがな」
「――子供、か」
蓮司が、剣を握る手に力を込めながら、静かに笑った。
「異世界の戦場で、何度も死線を潜り抜けてきた俺たちに向かって、よくもまあ、そんな台詞が吐けるものだな」
「経験の量など、大義の前では取るに足らんことだ」
常盤は、感情の読めない声でそう言い放つと、暴走する魔法陣の中心で、静かに佇み続けた。
「お前の"大義"とやらのために、どれだけの人間の平穏が踏みにじられてきたと思っている」
氷華が、怒りを滲ませながら杖を構えた。
「盾花のお母様の工房、わたくしの実家、結衣ちゃんの保育園――全部、あなたにとっては、ただの駒でしかなかったのでしょう」
「その通りだ。国家の未来のためには、当然の犠牲だ」
常盤の淡々とした返答に、部室の全員の怒りが、確かな臨界点に達しようとしていた。
「もう、十分だ」
トールが、静かに、しかし確かな覚悟を込めてそう言い放った。
「お前の暴走を、俺たちが今ここで、必ず止めてみせる」
「止める、だと?」
常盤は、初めて僅かに表情を歪めた。
「この期に及んで、まだそんな青臭いことを言うのか。……いいだろう、見せてもらおうか。お前たちのその決意とやらが、どこまで通用するものか」
常盤がそう言い放った瞬間、施設内に配置されていた残存兵力が、一斉に武器を構えた。
「――皆、油断するな」
トールの声に、一同は静かに、しかし確かな戦意を込めて頷いた。暴走する魔法陣の唸りが、遺跡全体を揺らし続ける中、最後の戦いの幕が、静かに切って落とされようとしていた。
「蓮、氷華、盾花、鯖江。それぞれの役目を果たせ。……俺は、常盤を直接叩く」
トールの指示に、一同は素早く頷き、それぞれの持ち場へと散っていった。異世界帰りの最強武士と、その仲間たちによる、最後の決戦が、今、ここに、確かに始まろうとしていた。誰一人として、退く者はいなかった。それぞれの覚悟を胸に、一同は、静かに、しかし確かな一歩を踏み出していった。この地下深くの奈落の底で、平穏な日常を守り抜くための、最後の戦いが幕を開けようとしていた。




