第104話:奈落への道
決戦当日。学園地下ダンジョン、第90層から先――これまで誰も足を踏み入れたことのない、真の最深部への入り口に、一同は立っていた。
「――ここから先が、第91層以降。人類未踏破クラス、だったな」
トールが、静かに闇の奥を見据える。
『はい。第91〜100層は常闇の古代遺跡から奈落・竜の巣へと続く領域。常盤の一味は、既にこの先の一角に、簡易的な作業拠点を築いているようですわ』
イシュラーナの報告に、蓮司が剣を抜いた。
「行くぞ」
* * *
常闇の古代遺跡を進む一行の前に、常盤配下の私兵部隊――軍用の魔道兵装で武装した男たちが立ちはだかった。
「――侵入者だ! 排除しろ!」
号令と共に一斉に発砲される魔道銃撃。だが、それらはトールと蓮司の抜刀の一閃によって、悉く弾かれ、あるいは両断されていく。
「温いな」
「同感だ」
二人の息の合った剣技の前に、私兵部隊はなす術もなく崩れていった。
「わ、私も負けていられませんわ!」
氷華の絶対零度の氷結魔法が、残った敵の足元を凍てつかせ、盾花の絶対障壁が、味方を寄せ付けぬ盾となって前線を支える。
「これなら、俺たちの出番、あんまりなさそうっスね……」
鯖江が苦笑しながらドローンを飛ばし、周囲の状況を逐一記録していく。
* * *
奈落・竜の巣へと続く道中、環境は徐々に禍々しさを増していく。空気そのものが重く沈み込み、壁面には見たこともない紋様が禍々しく刻まれている。それでも、一行の足取りに迷いはなかった。
「――鯖江、通信の撹乱は順調か」
トールが尋ねると、鯖江はタブレットを片手に頷いた。
「はい! 常盤の私兵部隊の連携、かなり乱れてるっス。イシュラーナさんの読み通りッスね」
『ふふ、当然ですわ。わたくしと鯖江くんの連携も、なかなかのものでしょう』
イシュラーナの声に、鯖江が誇らしげに胸を張る。その脅威をものともせず、一行は着実に最深部へと歩を進めていった。
「――ここが、最後の門か」
巨大な石造りの扉の前で、トールは静かに立ち止まった。扉の奥から、これまで感じたことのない、異質な魔力の奔流が漏れ出している。
「常盤は、この先にいるはずだ」
蓮司が、剣を握る手に力を込めた。
「行くか」
「ああ」
* * *
扉に手をかける直前、トールはふと足を止め、仲間たち一人ひとりの顔を、静かに見渡した。
白石さんの穏やかな微笑み。氷華の凛とした眼差し。盾花の真っ直ぐな瞳。鯖江の頼もしい笑顔。そして、隣に並び立つ蓮司の不敵な笑み。
(――こいつらがいるから、俺はどんな敵にも立ち向かえる)
その想いを胸に、トールは静かに頷いた。
「行くぞ」
トールは、静かに扉を押し開けた。仲間たちの視線が、その背中に、確かな信頼と共に注がれていた。
* * *
扉を開ける直前、蓮司がふと足を止め、トールに声をかけた。
「――なあ、トール」
「なんだ」
「五年前、俺たちは、あの魔神を前に、何もかもを失う覚悟で戦った。だが、今日は違う」
蓮司は、腰の剣に手をかけながら、不敵に笑ってみせた。
「今日は、何もかもを守り抜くために戦う。……悪くない気分だろう」
「――ああ。悪くない」
トールもまた、確かな笑みを浮かべた。二人の間に流れる空気は、五年前のあの絶望的な戦場とはまるで違う、確かな希望に満ちていた。
「わたくしたちも、負けませんわよ」
氷華が、杖を構えながらそう言うと、盾花も大盾を握りしめて頷いた。
「はい。皆で、必ず勝ちましょう」
「俺も、精一杯やるッス」
鯖江もまた、タブレットを握りしめながら、確かな決意を込めてそう言った。
『わたくしも、最後まで、皆様のお傍におりますわ』
イシュラーナの声が、一同の背中を静かに押していく。それぞれの覚悟を胸に、一行は、最後の扉の先へと足を踏み入れていった。
その足取りに、迷いは、もうどこにもなかった。異世界の戦場を生き延びた二人の剣士と、それぞれの持ち場で力を尽くす仲間たちが、今、確かな絆で結ばれた一つの意志として、決戦の場へと歩みを進めていく。奈落の底から吹き上げる異質な風が、一行の頬を静かに撫でていった。
崩れかけた石畳を踏みしめながら、一同は最深部を目指し、着実に歩みを進めていった。周囲に潜む気配は、確実に、数を増しているように感じられた。だが、その緊張の中にあっても、誰の足取りにも、迷いという名のものは一切見られなかった。それぞれが、それぞれの守りたいもののために、確かな一歩を、着実に踏み出し続けていたのである。先頭を歩むトールの背中には、この部室全員の想いが、確かに宿っているようだった。その背中を見つめながら、蓮司もまた、静かに剣の柄を握りしめていた。五年前、共に失いかけたものを、今度こそ取り戻すのだという確かな決意が、その瞳の奥に宿っていた。奈落の奥から吹き上げる冷たい風が、一行それぞれの決意を、さらに深く、そして確かに研ぎ澄ませていくようだった。決戦の刻は、もう間近に迫っていた。




