第101話:電脳の盾、最後の一撃
深夜、ダンジョン別荘のリビング。
「――鯖江くん、そろそろ本番ですわよ」
『はいっス! 常盤側のシステム、これまでの防御戦とは訳が違うのは分かってます。でも――』
鯖江は、真剣な表情でタブレットを構え直した。
「俺とイシュラーナさんの二人でなら、絶対に突破できるっス」
『ふふ、頼もしいですこと』
イシュラーナと鯖江は、東城から得た情報を手掛かりに、常盤の私設サーバーへと静かにアクセスを試みていく。幾重にも張り巡らされたセキュリティを、鯖江の地道な観察眼と、イシュラーナの圧倒的な演算能力が、一枚ずつ剥がしていった。
「――来た。これ、盾花さんのお母さんの工房と、氷華様の実家に対する圧力の指示書っス」
『ええ。それに――』
イシュラーナの声が、僅かに緊張を帯びた。
『常盤が、最深部のゲート起動実験を、間もなく強行しようとしている日時が記されていますわ。……三日後』
「三日後、っスか」
『ええ。それと、人質にする対象の候補リストも見つかりましたの。盾花さんのお母様、氷華様のご実家、そして――』
イシュラーナの声が、一瞬だけ途切れた。
『結衣ちゃんの通う保育園も』
その一文に、鯖江の顔から血の気が引いた。
「――絶対に、そんなことさせないっス」
『ええ。今回だけは、わたくしも本気で怒っておりますの』
二人は、これまでで最も真剣な表情で、証拠と人質の位置情報を完全に特定し、静かに、しかし確実にデータを確保していった。
* * *
作業を進める中、鯖江の指先が、ふと止まった。
「――イシュラーナさん、これ」
『何ですの』
「常盤のサーバーに、もう一つ、深い階層があるっス。……開いていいものか、正直迷ってるっス」
『危険を感じるなら、無理はなさらないでくださいまし。わたくしたちの目的は、あくまで証拠の確保ですもの』
イシュラーナの気遣いに、鯖江は一瞬迷ったが、静かに首を振った。
「いや……。ここまで来たら、最後まで見届けるッス。盾花さんたちのためにも」
その決意のもと、鯖江が最後の階層を開くと、そこには、常盤が独自に進めている"ゲート実験"の、より詳細な技術資料が眠っていた。異世界からエネルギーを恒常的に抽出し、軍事転用するための計画――その全貌が、そこには克明に記されていた。
「……こんなことまで、考えてやがったのか」
鯖江の声に、これまでにない怒りが滲んだ。
* * *
翌朝、部室に届けられたその報告に、全員が息を呑んだ。
「三日後、か」
トールが静かに呟く。
「鯖江、イシュラーナ、よくやった」
「あ、いえ、その……! 当然のことをしただけっス!」
鯖江が照れ臭そうに頭を掻く横で、イシュラーナも珍しく、素直な喜びの一文を灯していた。
『――トール様に褒めていただけると、悪くない気分ですわね』
剣でも魔法でもない、地道な観察と根気だけで成し遂げられたその功績は、部室の誰の目にも、確かな輝きを持って映っていた。
「――鯖江」
蓮司が、珍しく真剣な表情で鯖江の肩に手を置いた。
「お前のその力、剣や魔法とは違う種類の強さだ。誇っていい」
「蓮さん……。ありがとうございますッス」
鯖江は、これまでにないほど誇らしげな表情で、静かに頷いた。
* * *
その夜遅く、部室に一人残った鯖江は、改めて自分の集めた資料を見返していた。
(――俺、こんなにでかいことに関わってるんだな)
これまで、自分の役割はあくまで「電脳面のサポート」であり、トールや蓮司のような、前線で戦う仲間たちを陰から支えるだけの存在だと思っていた。だが、今回の一件で確保した情報は、この先の展開を大きく左右する、決定的な鍵になろうとしていた。
「――鯖江くん」
不意にイシュラーナの声が、スマホ越しに響いた。
『あなたの力がなければ、わたくしたちは、常盤の狙いも、危険の全貌も、ここまで正確には掴めませんでしたわ。……剣を振るうことだけが、強さではございませんの』
「イシュラーナさん……」
『どうか、自信を持ってくださいまし。あなたは、この部室にとって、かけがえのない盾なのですから』
その言葉に、鯖江は思わず目頭が熱くなった。
「――ありがとうございます。俺、これからも、精一杯やるッス」
窓の外に広がる夜景を見つめながら、鯖江は、静かに、しかし確かな決意を胸に刻んでいた。
翌朝、その資料は改めて部室の全員へと共有され、常盤の計画のあまりの周到さと非情さに、誰もが言葉を失った。だが、その沈黙を最初に破ったのは、いつも通りのトールの一言だった。
「――上等だ。ならば、こちらも本気で潰しにかかるとしよう」
その素っ気ない、しかし確かな頼もしさに満ちた宣言に、部室の空気は、再び前向きな決意へと変わっていった。鯖江もまた、その一言に背中を押されるように、しっかりと拳を握りしめていた。決戦への三日間が、静かに、しかし確実に、着実にゆっくりと幕を開けようとしていた。それぞれの想いを胸に、それぞれの持ち場で、それぞれにできる備えを進めていく夜だった。




