第9話 祓妖師たるは
ショッピングを続ける。2人はショッピングモールにある全てのお店を回る勢いで買い物を続けた。
最近は便利なモノで、携帯会社でさえモールに入っている。なので、たこ焼きを平らげた後は、歯ブラシを買い、その足でスマートフォンを買いに行った。名義はやなぎではなくアオイだ。今のやなぎに本人を証明する術が無いし、クレジットカードも無い。
その為、アオイ名義でのスマートフォン購入と相成った。最後までやなぎは抵抗していたが、実際現物を渡されると、テンションが上がるモノ。
「まずは、連絡先……教えてくれませんか?」
と、アオイに視線を送ると、その為に買ったんやけど? とアオイは連絡先を交換した。
やなぎの知識にはスマートフォンの操作方法は存在しなかった。やはり高校生くらいの年齢で、スマホを買い与えられてなかった可能性が高い。どこかの高校生だというなら、すぐに手がかりは見つかりそうなモノだ。
次に服を見に回った。大量の服に囲まれ、色んな服の種類を頭に叩き込まれたやなぎは混乱中。何が何やら分からない。シャツだけで無限かと思うくらい種類が出てくる。まぁ正直お洒落をするにあたって服の名称は解らなくてもなんとかなるのだが、インターネットで買い物する場合は必須だろう。
ただ、アオイが楽しくなって、沢山話してしまったのだ。友達と買い物なんて経験最近はしていないので、とても楽しくなって沢山どうでも良い話をした。
服の種類、やなぎに似合う系統の服。イエベなので、オレンジ、ベージュ、ブラウン系が似合うだとか、そういう話をした。
「これはどうです?」
「めっちゃええな。やなぎセンスある?」
「さぁ……どうでしょう。ブルベとかイエベなんて知識に無いので……」
「正直好きな服着りゃええんやけどな。ブルベイエベなんてインターネットの中でマウント取る為に生まれた概念やし。MBTIとかもそうやん」
「えむびーてぃーあい?」
「血液型診断みたいなもんや」
「あー、あのB型を貶めるだけに存在してるやつですか」
どういう知識しとんねん、とアオイ。そんな事を話しながら、買い物を続ける。
服を選び終わったら次は食器類だ。
そうやって何時間買い物をしただろう。小腹が減っておやつの時間になった頃だ。
「──────なんやろ、変やな」
「どうしたんですか?」
「もしかして今外って雨降ってんのかな?」
「えっと……すまほには晴れって書いてますよ?」
「………………すまんやなぎここから離れるで」
「え、何、何ですか!?」
腕をぐいっと引っ張られ、楽しい買い物を強制終了し、エレベーターへと乗せられ駐車場へと向かう。
「荷物は後ろに置き」
車に荷物を詰め込みながら、困惑中のやなぎが問う。
「急にどうしたんですか?」
「……何かが近づいて来とる。多分妖魔なんやけど……この感じ雨は降ってないし、雷も鳴っとらん。どっか遠くからやって来ようとしてるみたいや」
なんでやろ、妖魔が大移動する事なんてあんま無いはずなんやけどな。とアオイ。昨日の狐は例外だ。あれはやなぎを追うという明確な目的があったから移動していただけ。妖魔は基本、湧いた場所に留まる性質を持つ。
「目的……目的か……まさかやなぎ……か?」
そんな訳が無い、と頭が否定する。妖魔が一個人に執着するはずがない。人を喰らい成長する事しか能が無い奴らだ。喫茶に居る妖魔たちは例外中の例外。人間を襲う事すら出来ないくらい軟弱な為、牙を捨ててしまったモノ達だ。
「あかん。早すぎる。車でも逃げられん」
アオイには今刀が無い。和装も無い。この状態で妖魔と接敵しても、勝算は無い。逃げるが勝ちだが、肝心の逃げ足が遅い。
「……やなぎ、うちに命預けられるか?」
「はい!」
「即答……なんや嬉しいような悲しいような、訳わからん感じなるわ」
執着といえば、今のやなぎに命への執着はない。死んだらそれはそれで、だ。
「じゃあ、しっかり掴まっときや。振り落とされんようにな」
と、やなぎはまるでお姫様抱っこの様に抱えられてしまった。アオイが何をするのか理解する事なく、抱えられた彼女は、頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。
「すまん、説明は後や、車で逃げるより、こっちのが地形無視出来るから早いんよ」
そう言った彼女が地面を蹴った。ビュンっ! と風を切る感覚。高速で疾走するバイクで風を切るような感覚がやなぎの全身を包んだかと思うと、駐車場の開いた壁の隙間から思いっきり飛び出した。抱えられたやなぎは、遠く離れた地面に、情けなく、きゃああああ! と悲鳴を上げる。
「いやすまん、高いとこ苦手なんやな?」
「そういう問題じゃ! あっぷ、無いです! わっぷ」
空気が口の中に飛び込んできて喋りにくい。
「見えた、あれか」
「祓妖師が妖魔から逃げて良いんですか!?」
「うちは今日オフの日やで? 戦える装備も無いのに、無理に決まっとるやろ」
「そうですけど……モールの人達は!」
「何とかなるやろ。もう既に祓え戸の祓妖師が来とる。今なんとか足止めしようと頑張っとるみたいやわ」
それに、やなぎが目的かもしれんしな、とアオイは口にせず心の中で呟く。昨日の狐も、やなぎを追っていた。てっきり、最初に獲物にされたから、逃さまいと追っていたのだと思っていたが、どうやら違うらしい。
そう、獲物であるならば、最初から狐側から迎えに行けばよかったのだ。わざわざ、こっち、と案内する必要は無かった。あの妖魔は結構な大移動する稀有なモノだった。ならば猶更やなぎを自ら襲いに行けばよかった。
だというのに、わざわざあの空間に誘い込んだ。それはきっとあの場所じゃないと出来ない事があったからで……。
「……誰やあれ。ヤンちゃんか?」
「ヤンちゃん?」
やなぎの知らない人名。そりゃそうなのだが……。(ヤンちゃんなら刀持ってないやろか)と逡巡。けれどすぐに(やなぎを危険な目に遭わせられんな……やけどあれ1人じゃ相当きつそうや)
大仏みたいに大きい人間の形をした黒い物体だ。やなぎにも見えている。何故?
まだ妖気を孕んでいた後遺症が残っているのだろうか。
「行ってきて、アオイさん」
「何言うとんのや、やなぎを1人に出来る訳ないやろ」
「すまほ持ったからだいじょーぶ!」
「そういう問題じゃ……!」
巨大な大仏を模した妖魔の眼が、ぎょろりと、こちらを見つめる。
「──!」
モールの壁を駆け上りながら、やなぎを自分に抱き着かせ、片手を離す。
その離した片手で空を切る。
「カンナギ」
ドゴンッ! と何かがぶつかったかのような衝撃と共に、アオイとやなぎが少しだけ空に浮く。
「……っ! あかん、この距離の威力ちゃうでこれ、相殺しきれん」
やなぎは妖魔は見えるのに、何が飛んで来たかは分からなかった。同時にアオイが何をしたのかも。カンナギ、と口にしたのだから、昨日の様に祓妖師の技を使ったのだろうが、何をしたのかは見えない。
日が傾いて、視界がオレンジに染まり出した時刻。もう一度モールの壁を走り、屋上まで到達する。
「私、アオイさんになら命預けられますから、行ってきてください」
「なんでそんな簡単に言えるんや。そんな軽いモンちゃうねんで!?」
「解ってますよ。ミナトさんに怒られたから。だって、アオイさん、私を守ってくれるんでしょ?」
「………………せや。────────ここを動いたあかんで。モールの人ら含めて全員守ったる。ちょっとの辛抱やさかい、待っとってな」
「はい!」
アオイはふっと息を吐いて、意識を切り替える。あの大仏の様な巨大な妖魔は今までアオイが戦って来た中で一番巨大な相手だ。昨日戦った狐を優に超える大きさのソレは、四階建ての小さなビルくらいのサイズがある。しかしそれは座っている姿で、だ。立てばもっと巨大だろう。
あれにどう勝つかはまだ分からない。戦ったことない相手にどう勝つかなんて解るはずも無い。
されど祓妖師は戦わなければならない。それが彼女達の仕事であり、祓妖師の本来の在り方だ。
雷光にて焼き付いた妖魔を一刀にて葬り祓い、世に安寧齎すのが祓妖師の使命である。
それじゃ、ちょっくら行ってくるわ、とやなぎにダブルピースをお披露目した彼女は屋上から飛び降りる。やなぎはその様子にぎょっとする。目の前で人が落ちるとびっくりしちゃうのだ。
アオイは、モールの壁を蹴って、1キロ程ある距離を幾つかのビルの屋上を蹴り飛ばし詰めていく。
その間にも、アオイに向けて妖魔の攻撃が飛んでくる。その度に片手で空を切り受け流す。
「コツ、掴んだで」
早いが直線的で捌きやすい。十数秒で距離を詰め、ヤンちゃんと呼んでいた男性の元へと到達する。
「ヤンちゃん!」
「その呼び方はやめろとずっと言っていたはずや。すまん、しくった。隣街で相手しとったんやが、急にこっちに走り出してな。抑えきれんかった」
「かまへん。刀ある?」
「ある。好きなモン持ってけ」
とヤンちゃんと呼ばれたスーツを着た強面の男性は、手の先から無数の刀を生み出す。太刀、短刀、直刀、色々な刀が、がらがら、と手の先から取り出され、地面に落ちる。
「相変わらず便利やな」
いつも使っている刀と刀身の長さが似たようなモノを選び取り、霊力を流す。そうしてようやく、妖魔の攻撃を完全に相殺する事が出来る。
(空間繋ぐ能力でどうにかあいつどっかやれんかったんか?)とアオイは邪推するが、そもそもサイズがデカすぎる。ヤンちゃんの空間を繋ぐ能力は、精々1メートル四方の入り口しか作り出せないのだ。先も刀を生み出しのではなく、空間を繋げて、どこかの蔵から刀を取り出したのである。
「既にデカイ図体ん中に大量の《《札》》を張った。最後にデカイ一撃ぶち当てりゃ倒せる。やけどデカすぎて、ドデカイ一発というのが俺には無理や」
「退魔札? 効果あんの?」
「ある。これでも動きは鈍くなったんやでこいつ」
「マジかよ」
彼の空間を繋ぐ能力を生かし、妖魔の体内にお札を張ったという事だ。中々えげつない。
巨大な妖魔は、ぎょろりと2人を見下ろして、ようやくやなぎから目を離した。やなぎを追うよりも、先に潰しておくべき相手にようやく気付いたようだ。
「安心しぃ、ヤンちゃん。うち最近めっちゃ調子ええねん」
「祓神楽を成功させたってのは本当なんか。そりゃ頼もしい限りや。ええか、デカイ一撃や。あいつの首吹っ飛ぶようなデカイ一撃お見舞いすりゃ勝てる」
「うちの霊力全部使えって事やろ? たった一回の大勝負やな」
2人が合図を送り合い、同時に奔る。アオイは襲い来る不可視の攻撃を払いのける様に刀を振り、ヤンちゃんは、ビルの壁を掛け登り、大仏の顔面へと少しでも距離を詰める。
ドゴンッ! ダゴン! と轟音が響く。いなした攻撃が地面に激突する音だ。それが通じないと解ると、大仏は両手を合わせ、本物の大仏かの様なポーズを取る。
「…………っ!」
瞬間、その手から妖気が放出される。まるでレーザー光線化の様に収縮した妖気がアオイ目掛けて飛ばされる。アオイはそれを地面をジグザグに走り避ける。レーザー光線が当たったアスファルトは焦げ臭い臭いを発しながら、少し溶けている。あれに当たれば簡単に死ぬ。そう判断したアオイは、まずあの手をどうにかせなあかん、と地面を蹴って飛び上がる。
「カンナギ」
小さく呟いた口。刀を振り上げ、右腕へと飛び掛かる。
「蒼桜」
振り上げた刀は正確に大仏の手首へと向かっていく。けれど、ガッキンッ! とまるで石にぶつけたかのような衝撃が手に伝わるだけで、切り落とす事が出来なかった。
「あかんこいつ硬すぎる! この刀じゃ無理や!」
やはり、代替品じゃどうしようもない。妖気を斬る事が出来ないので、妖魔をすっぱり切る事が出来ないのだ。
「こりゃ苦しい戦いになるわ。ヤンちゃんまだか!?」
「まだや! 出口作るんにはまだ遠い!」
アオイは、地面に着地し、そこを狩るように迫りくる攻撃をタンっと後方に飛び退き避けると、小さく舌打ちをした。
「やと言っても、うちにも限界来る……祓神楽は……無理や。今のうちには出来ん」
あれは軌跡の産物であった。完璧な舞と、安定した霊力、精神、技術があってようやく成功するモノ。昨日のは出来るって確信があったが、今は無い。今のアオイには祓神楽は成功させられない。
「……、なんで昨日は出来たんやろ」
思い当たる節が何も無い。アオイに起きた変化といえば、すこぶる調子が良かった程度。十分な睡眠を摂っていなかったのに、何故調子が良かったのかまるで分からない。
「……しゃあない、時間は稼ぐ! ヤンちゃんどーにかして!」
「しゃあない。あんま使いたくないけどこれしかないわ」
そう言った遥か上空のヤンちゃんの手には、いつの間にか銃が握られていた。
そして、
パンっ!
という破裂音が街中に響いた。




