第10話 祓うは妖。裂くは影。されど舞うは
向けた銃の撃鉄を鳴らす。パンっ! という軽快な破裂音から想像も出来ない大口径の鉛弾が空を貫きながら進む。放った当の彼は、その衝撃に腕を押し上げられ、空中で上手く衝撃を殺す事も出来ず、少しだけ、後方へと飛ぶ。
ワイルドキャット・カートリッジ。速さと命中を捨て、口径を大きくすることで威力を伸ばす最適化が行われた対妖魔専用霊銃。銃身を専用に取り換えたレイジングブルである。元々.454カスール弾もワイルドキャット・カートリッジなのだが、それを更に対妖魔に改良したモノ。
弾丸は、大仏の頭に命中する。ドゴンっ! と凡そ弾丸が命中して出るような音ではないモノが響き、同時に命中箇所に紫電が奔る。
霊銃。本来、霊力を籠めた弾丸を打ち込み、妖魔の内部で破裂させ浸食するモノだが、あれにはこの程度の銃では傷を付ける程度だ。だが、それでも弾丸から霊力が迸る事に変わりはない。顔に命中させ、紫電によって視界を奪う。
たまらず目を擦ろうとする腕にアオイがしがみつき、一気に顔面へと距離を詰める。
「カンナギ」
持ち上げられた腕から飛び込んで、刀を横一閃。
「夢奔り」
まさしく岩を斬る様だった。火花を上げながら、彼女の持つ刀は、大仏の眼を切り裂いた。
「よっしゃ!」
眼を潰された大仏はその場で腕をぐるぐると振り回しながら、大量の妖気を放出する。黒に近い紫の様なオーラを放ち、それはやがて斬撃となって、周囲を切り刻む。
アオイとヤンちゃんはそれらに正確に対処しながら、アオイは着地、ヤンちゃんは銃を仕舞う。
「ヤンちゃん、この刀ちゃんと研いどる?」
「研いどるよ、お前がいつも使ってる刀が異常に切れ味が良いだけや。名刀やぞお前が今使っとるの!」
少しイラっとしながらヤンちゃんが応える。大人が声荒げるのはダサイですよ。
アオイが、そーなんか、と短く返した事で、ヤンちゃんはイラ立ちよりも呆れが勝って、黙ってしまった。
大仏の動きが止まる。視界を奪われてもっと暴れるだろうか、と思っていたがそんな事は無いらしい。大仏は再び手を合わせる。その手が重なった瞬間、アオイの風に揺れる毛先が、少し切れた。
「────────は?」
(なんや? 何が起きた?)と理解出来ないまま、次が来る。ずっと使って来ていた攻撃よりも早い。だが正確性に欠ける。見えないが、タイミングさえ掴めばいなせるはずだ。そう考えた彼女は刀を構えて駆ける。
(攻撃はええ。それよりなんでうちの場所が解るんや。まさか霊力を辿っとんのか?)しかし、だとしたらヤンちゃんだって狙われるはずで、今アオイが狙われる理由が見出せない。眼を斬ったからか?
そんな単純な理由だろうか。
「あかん、解らんわ」
襲い来る攻撃をどうにかいなしながら、被弾だけはギリギリ避ける。刀にぶつかって、身体が少し弾き飛ばされるが、冷静に着地して、次弾に備えている。
「ヤンちゃん! すまんうち役立たずや! こいつの攻撃捌くんで精一杯!」
「見たら解る。任せとき、秘策を出す」
最初から出せや、とは口にせず、アオイは攻撃を捌き続ける。手が重なった瞬間、コンマ1秒以下の速度でやって来る斬撃を捌くにはかなりの神経を使う。こうなっては、アオイから反撃を繰り出すのは厳しい。
「カムイケ」
ビルの上に立ったヤンちゃんが小さく呟き、霊力を《《変色》》させる。霊銃として放つ霊力ではなく、今度こそ祓妖師らしく刀を手にした彼は、霊力を刀へと集中させる。
たんっと軽く屋上を蹴って、距離を詰めていく。大仏の眼中に彼は居ない。刀に集中させた霊力は荒ぶる事なく、まるで凪の様に静かで、美しく整列している。
「祓いたまへ、清めたまへ。祓え戸の大神より賜りし我が身が此処に、技の冴え研ぎ醒ます。いざや舞い、花開くは斬穢の一太刀。照覧あれ──・・・」
眼前に飛び込んだ彼の霊力が、一気に膨れ上がる。それに妖魔が気付いた時には既に遅かった。
「────怨祓い」
太陽は出ていた。傾いてたけれど、確かに街を照らしていた。けれど、それを上書きするような閃光があった。
それはたった一閃。薙ぐような一撃で、妖魔の首を斬り落とさんと、振り下ろされたモノ。神速の抜刀術、彼の手から放たれたそれは、妖魔の首を的確に狙い、そして切り裂いた。
瞬間、妖魔の内部に張り巡らされた退魔札が起爆したのだ。キュイーン、と甲高い音と共に広がるはずの衝撃が、一点に集中していく。まるで手の上でこねこねと粘土を丸める様に、衝撃は一個の球体となって、最後は消えた。
「まだや!」
静かになった空間にアオイの声が響き、彼女が奔る。刀を握り、消失したポイントへと向かいながら、刀に霊力を籠める。
それはビー玉の様なモノだった。蒼くて綺麗で、きらきらと太陽の光を反射する玉。ころころと地面に転がるそれは、
「妖魔の核や! ヤンちゃん! 吹き飛ばしきれんかった!」
「なんやと!?」
ヤンちゃんが気付いた時には既にアオイが刀を振り上げている所だった。されど間に合わない。小さな小さなビー玉は、ぴょんと跳ね、まるで弾丸が如き速さで飛んでいく。
アオイはその様子を捉えたが、しかし的が小さすぎて刀を振り下ろしても当たらない。ビー玉は、空中を行く。
その先は──
「やなぎッ!!」
遥か後方、モールの屋上のやなぎの元へと向かっている。
「今までの全部フェイクやったんや! ヤンちゃんあれ撃ち抜いて! はよせぇ!」
「無理や! 撃った所で弾丸が追い付かん!」
空を貫くビー玉は、やなぎの元へと到達すると、クンっ、と停止する。流石に1キロ離れた所からだと様子が見えないアオイは、焦りながらも全力でモールへと駆ける。ビルの壁を蹴って、窓が割れる事も厭わずに全力で飛び上がって行く。
「なんでそんな焦ってんねん、誰か居るんかあそこ!」
「居る! 急がな殺されてまう!」
やなぎは、戸惑っていた。何が、どうなっているのか全く理解が出来ないからだ。彼女の眼前に現れた小さなビー玉は、ただ、ふよふよと空を漂っている。襲ってくる気配が微塵も無い。ただ、それはやなぎの反応を待つかのように待機している。
「触れるな、やなぎッ!」
アオイの声は届かない。遠く、遠く響いて、車道を通る車やトラックの騒音に掻き消されてしまう。
やなぎが手を伸ばす。それがとても綺麗だったから。解りやすく綺麗だったからそのビー玉に触れようと手を伸ばした。
やなぎには見えていなかったのだ。あの妖魔がこのビー玉に変化したのを。弾丸が如きスピードでやって来たが、それを肉眼で認識出来るはずも無い。そう、彼女の眼の前にあるのは彼女にとって何の前触れもなく現れた綺麗な玉でしかない。
綺麗なモノは好きだ。想像しやすく、解りやすい。だから好きだ。出来れば手にしたい。そういう欲求は誰にだってあるが、やなぎの場合それが度を越している。知識から来る好奇心、知識だけで出来上がった人格に経験則というモノは存在せず、ただ欲のままに動く人形のよう。
故に、手を伸ばす。小さな手で、その綺麗な玉を手に取って──
意識が、沈む。
とくん、と心臓が跳ねる。
頭の中をもう一人の誰かが叫んでいる。
扉が閉ざされる。
意識が消える。
そこには何も無い。
暗闇が広がっていく。
「やなぎっ!!!」
アオイの声が響いて、意識が引き戻される。グンっと落下する夢を見て目が覚めたかの様な感覚になって、眼が覚める。……あれ、暗い?
「……っ、やなぎ!」
何度も彼女の声が耳に届く。けれどどうしてだろう。近くなのに遠い。アオイは彼女を抱きかかえ、地面に倒れ込まないように支えながら、名前を呼び続ける。
「俺のミスだ……すまない」
「……ヤンちゃんを責める気は無いよ。守るって約束したんや、約束守れんかったのはうちや。ヤンちゃんは悪ない……っ」
アオイは自責の念に駆られながら、それでもやなぎの意識を呼び覚まそうと呼び掛ける。妖気を斬る刀はここには無い。今はどうしようもない。
「何が起きた。何があった。何がどうなった? なんでやなぎが狙われるんや。なんでやなぎが……ッ!」
何もかもが分からない。アオイが祓妖師になってからこんな話は聞いた事が無い。どうして一個人が狙われる? 昨日の狐もやはり最初からやなぎが目的だったのだ。
「……祓え戸に連れて行こう、秋庭」
「あかん。それだけはあかんのや……ヤンちゃん。今この子連れてったら、最後どうなるか解るやろ」
「…………その人はお前にとって大事な人か?」
「大事な人かどうかやない。その結末を知って、なんで連れて行くなんて判断が出来る思うとんねん。頭沸いとんのか」
今のやなぎを連れて行っても、助かる見込みは無い。最悪、殺されてしまう。今のやなぎは妖魔を内包した状態だ。本来あり得る事のない現象を引き起こしている。
「やなぎ、お願いや、目ぇ覚ましてや……」
震える声で彼女を呼ぶ。その声でやなぎの手がぶるる、と震えて、ゆっくりと瞼が持ち上げられる。
「……夢を、見ました」
やなぎは、弱々しい声でうわごとのように呟く。
「……良かった……身体平気か?」
「少し気怠いかな? くらいです」
「何が起きたんや。自分の身の事や、自分で解るか?」
「解りません」
「そうか……」
やなぎは身体を起こして、小さく息を吐く。
「ただ」
感極まったアオイに抱き留められ、やなぎは少し戸惑いながら、話を続ける。
「夢を、見たんです。不思議な夢を」
アオイの声に最初に意識を引き上げられた時、気が付けば、暗い空間に居た。そこで、声が聞こえたのだ。
「やなぎ、すまん、守れんかった……! うちは、約束も守れんクズや……っ! すまん……ほんまに、すまん……」
「大丈夫ですよ、私生きてますから。それに、あの綺麗なビー玉は……」
「あれは妖魔や。うちらが仕損じた……。その隙にやなぎん所に」
「妖魔……あれが? ……」
やなぎは、首を傾げた後、黙り込んでしまう。
暗い、暗い空間。まるで昨日のあの空間の様な場所。けれど、そこには蒼い火もなく、狐の像も無い。ただ、暗い空間で、足元には石畳が広がっていた。
これが夢なのか、それとも、昨日の様に入り込んでしまったのかは分からなかったが、暫くして、声が響いたのだ。
それは力強い声。こっち、こっちと、呼ぶような声ではなく、まるで弾けるような嬉しそうを噛み殺したかの様な、明暗の無い一定の声音だった。
「ひめ、ひめ、われらがひめ」
低い声。されど、それでも込み上げてくる感情をどうにか殺しているかのような、少しだけ震えた声が、姫と呼んだ。
「はんたるひめよ、いまこそかえらませ、かえらませ」
その言葉が何を意味するのかは分からない。誰を姫と呼んでいるのか、やなぎか、それともまた別の人の事なのか。
響く言葉は続くが、やなぎは言葉の意味を理解する事が出来ず、噛み砕こうとするが、次々と降って来る言葉に対応が出来ない。
「めさめ、くるふひとのこ。ようまのこ。われらがみちをてらす、ひとつめの」
言葉はきっと途中だったと思う。けれど、やなぎの意識はぱたんと途切れ現実で目を覚ました。それでさっきのが夢だったと思ったのだ。自分の身に何があったか理解出来ず、ただ、アオイが凄く悲しそうな顔で自分を見つめていたので、あれ、もしかして私死んだ? など考えてしまった。
夢。夢を見た。けれど、この夢が一体何なのかが分からない。昨日の空間に似ていたから、もしかしたらそれを思い出して作り上げた幻想なのかもしれない。けれど、あのようなセリフは誰からも聞いた事が無い。
記憶を失う前に言われた事を、無意識に思い出している。そう思ったが、言葉の意味を真に理解出来ないのなら、意味がない。それは手がかりに成り得ない。
だから、繰り返し、夢を見た、と口にした。けれど、アオイはやなぎの身体ばかり気にして話を聞いてくれない。
約束を破ってしまった負い目があるから、べったりとくっついて離れないのだ。
「アオイさん、大丈夫ですから、一旦離れましょ? その……ヤンちゃんさんでしたっけ? も困ってますし」
「むり。もうちょっとまって。うちは……うちは……」
「大丈夫です。怪我してませんし、妖魔に触れた程度、何でもありませんよ」
(触れた? 取り込んだ様に見えたが……あんま詮索せん方がええか?)ヤンちゃんは二人を交互に見て、小さく息を吐いた。ヤンちゃんは、詮索せん方がええか? なんて思っている癖に、気になって仕方がない。妖魔を取り込む女の子なんておかしな話、今すぐ調べたいに決まっている。祓妖師として、これ程興味をそそるものは無い。だがその前に。
「すまん、ヤンちゃん。うち、任務用の車壊してもて、代わりに申請書出しといてくれんやろか。うちは祓え戸には行けん」
「……あぁ。了解した。元はと言えば俺がしくじったんや。尻ぬぐいはする」
「すまん、頼んだ……。あともう1つすまんけど、今すぐ休める場所、やなぎに案内したって。うちはもうあかん。寝る……」
アオイはそれだけ言い残して、限界を迎えてぱたりと倒れて眠ってしまった。




