第11話 休息
「…………あ、おはよ、アオイさん」
目を覚まして、飛び込んだ光景に、頭が完全に覚醒する前にここは? とアオイが問う。
「漫喫だって~。モールの中にあって、横になれそうだったからってヤンちゃんさんが」
「そうか……。漫喫初めて入ったわ」
パソコンがあって、椅子ではなく、ベッドの様な……なんていうんだろうこれ。
とにかくまぁ寝れるやつだ。
「もう体調は平気ですか?」
「それはこっちのセリフや。あの後何も無い!? 大丈夫!?」
「大丈夫ですよ。気怠かったのも無くなりました」
「………………すまん、ほんまに……すまん。うちは、やなぎを守れんかった……」
「生きてますから、大丈夫ですよ。怪我もしてません」
「やけど、妖魔に近づけた。触れさせた……! それは守れたことにはならんのよ」
随分と落ち込んでいるな、とやなぎは彼女の頭にそっと手を伸ばす。
「なんや……?」
「嬉しかったので、こうしたら嬉しいかな、と」
「…………」
「あの、嫌でした?」
「続けて」
「あ、はい」
とても優しく、そっと触れて、彼女の頭を撫でる。人の膝で眠っている癖に、色々ごちゃごちゃと守れんかったとか言っても説得力が無くて笑えて来る。
「大丈夫、私は大丈夫ですから。アオイさんは何も破っちゃいませんよ」
「……」
「それに、もしかしたら記憶の手がかりになるかもしれない夢を見る事が出来ました。結果オーライという奴です」
「結果論は嫌いや。工程こそに意味が」
「今は、結果論だけでいいんです」
むすっとしたアオイの唇に人差し指を宛がって口を閉じさせる。むごご、となったアオイを見てやなぎが優しく微笑む。
「今は、このまま居てください。それにほら、漫画沢山ありますよ! 一緒に読みましょ?」
「そんな事しとる場合やな「ほら、これとか。この設定アオイさんに似てますよ」ちょい、待ちややなぎ」
アオイはまたむすっとした表情を浮かべるか、やなぎによって漫画本を被せられ、何も言えなくなる。
「わかった、わかったから……もう言わんから、それ見せて」
「素直でよろしい。少しだけアオイさんの扱い方が解った気がします」
「あのなぁ、うちほんまに心配してんねんで?」
「解ってますよ。でも大丈夫ですから、それ以上何も言える事はありません。私は平気です。《《内側》》に行った妖魔ももう居ません。アオイさんなら視えるんじゃないですか?」
言われた通り、アオイの眼にはやなぎの異常は見えていない。妖気を孕む事も無ければ、取り込んだはずの妖魔の気配さえどこにもない。
(あれは一体何やったんや? やなぎに入った妖魔はどこに行った……。そもそもなんで妖魔はやなぎを狙うんや)
分からない事が沢山ある。アオイにとって、というより祓妖師始まって以来の奇怪な現象だ。出来れば原因究明を急ぎたいが、今の彼女を祓え戸に連れて行くのは大変危険だ。彼女の内側に妖魔が在るかもしれない。
「ヤンちゃん、上手くやってくれるやろか……」
「何か、お願い事でもしたんですか?」
「任務用の車の申請。うちが斬ったから、新しいのくれ~って」
「めんどくさそうなの、体よく押し付けました?」
「さぁ、何の事やろ」
撫でられたまま、くふふと笑う。さっきから人の膝の上で幸せそうにしやがって。
「漫画、読むんでしょう?」
「読む読む」
折角なので料金分楽しもう。まだ1時間程しか滞在していない。ヤンちゃんは6時間取ってくれたので、沢山漫画読める。漫画を読んだ記憶って、どうなんだろう。残っているのだろうか。取り合えず、やなぎの記憶には一切の漫画のタイトルが無い。漫画は知識として格納されるのか、それとも思い出として格納されるのか。しかし漫画を読んだ事無いって現代っ子であり得るだろうか? やっぱり思い出として格納されてしまったんだろう。良いじゃん、記憶消してもう1度読みたいを体験できる。何故だろう、全く羨ましくない。
「やなぎってどういう漫画が好きなん?」
「え……わかんない……」
「あー、まあそうか。じゃあこれは……?」
「ヤンちゃんさんがおすすめだって」
「あの黒スーツガンマン、布教していきやがった……」
ハードボイルドなガンアクション漫画ばかり揃っているのはその所為だろう。漫画の知識が無いやなぎが選ぶ漫画ではないだろとは思っていたが……。
「こんなん読んだらガンマニアが移ってまうやろ。一緒探し行こ」
身体を起こしたアオイがやなぎが持っていた本を取り上げる。
「折角おすすめしてくれたのに、良いんですか?」
「あの人偏っとんねん。参考にしたらあかんよ」
「そうなんですか……」
やなぎは首を傾げながら、アオイさんが言うなら、と個室のドアを開けたアオイに着いて行く。
短い廊下を進んで、本棚が沢山並んでいる場所に来ると、
「まずは、週刊漫画で一番人気なの読むとかでええんよ。バトル系やとこれ、ラブコメはこれで……月刊で人気なのは、……あ、これとかめちゃくちゃ泣けるで」
「アオイさんは、漫画、好きなんですか?」
「好きやで。結構読むよ。最近は電子で買う事が多いからな……家には置いてないけど。でも紙もやっぱええなぁ……」
と何冊か一巻だけ取り出して、やなぎの小さな腕に預ける。
「ひとまずここら辺読んで、自分の好きなジャンル決めよか」
「はい」
(漫画読みましょって誘ったの私だけど、えっと……何しに来たんだっけ。こんな事していて良いんだろうか)
このままだと帰るのは夜遅くになる。
「じゃあ一旦戻ろか。っとその前に飲みもん取りに行かなな? 何飲む?」
「えと、じゃあ、白ぶどうで……」
「はいよ~。じゃうちはコーラで」
2つのグラスに並々に注いだアオイが、行こか、と個室へと戻る。やなぎはその後ろをちょこちょこと着いて行き、両手の本を、どさっと個室の床に置いた。
「すまん、重かったな?」
「いえ、大丈夫です。何から読みましょう」
「読みやすいのはラブコメとかやない? あ、こっちの少女漫画とかええんちゃうかな」
アオイにおすすめされた本を手に取って、表紙をじっと眺める。なんか目が大きい。そういうモノだろうか。
「おもろいで、それ。うちが小さい頃読んでた奴や」
「そうなんですね……」
表紙を捲る。目次をなぞって、ページを捲る。
そうして始まった唯一無二の体験が、やなぎの時間を忘れさせてしまった。アオイは、その様子を嬉しそうに眺め、自分も気になっていた本を読み始める。
紙を捲る音と、たまに、ふふ、という小さな笑い声。飲み物を飲む、ごく、ごく、という喉を通る音だけが互いの耳に届く。
やなぎの漫画を読む速度はとても早く、20分程で一巻を読み終わってしまった。
「続き、取ってきます」
「お、ハマったな?」
「はい。とても面白かったです。あり得ないシチュエーションすぎてギャグかと思いました」
「それは馬鹿にしてる方のおもろかったちゃうか?」
「いやいやそんなそんな。好きですよ、こういう荒唐無稽なの」
「……ギャグ漫画とかの方が良かったやろか」
「続き取ってきまーす」
やなぎはそう言って、個室を出ていく。1人になったアオイは漫画の続きを読む。アオイは妖刀を巡るバトル漫画を読みながら、やっぱ刀よな、と頷いている。
バトル漫画で憧れるのは、刀やガンアクションではなく、魔法の類だ。彼女は祓妖師であり、刀を使ったり、銃を使ったりすることはあるが、魔法のような力は基本、妖魔側が使ってくる。面倒な敵だと火を吐いたりするのだ。あれどういう仕組みなんだろう?
「しっかし……6時間たっぷり居る訳にはいかんよな」
「そうなですか?」
「うわ、いつの間に戻っとったんや」
「今戻りました~。へへ、3巻分持って来ちゃいました」
「ええやん。まぁ、それ読み終わったくらいで丁度ええかな。帰らなミナトちゃんが心配するわ」
「あ~……連絡して、どっかに泊まるというのは……。今日のアオイさんに運転させるのは酷な気がします」
単純にアオイが運転して、また睡魔に襲われたら怖いのである。事故が一番怖いのだ。
「……確かに、今日はもう長時間運転せん方がええか……。漫喫で過ごすのもあんま良くないし、近くのビジホ泊まろか。お泊りデートや」
「何言ってるんですか。からかおうとしてます?」
「えぇ~? んな事無いよ~。すまんけど、今は極力やなぎからは離れとーない」
「可愛い事言いますね」
「……お願い」
「言われなくとも離れませんよ」
離れられる訳無いだろう。アオイが居なきゃやなぎは生きていけない。路頭に迷って死滅する。アオイが世話を焼いてくれるから生きているに過ぎない。記憶が無い彼女にとって、雛鳥が最初に見たモノを親と思い込む様に、アオイの存在は擦り込まれた。いやまぁ実際、擦り込み以上に、本当にアオイが居ないと何も出来ないで空腹で倒れてしまうだろう。
右も左も分からない。そもそも彼女は京人ですらない可能性がある。記憶を失っても知識はあり、言葉は普通に喋れるのだから、独特な京弁が少しは出てくるはずだが、彼女にはその様子が一切ない。
そうなると、余計に故郷を探すのは厄介だ。旅行先で記憶を失って彷徨ったか、それとも、狐に呼ばれて、ふらふらとやって来てしまったか。いずれにせよ、現状、行方不明届けが出ていない限り、警察でも探すのは苦労するだろう。
「やなぎ、うちは今度こそやなぎを守って見せるから」
「昨日も今日も守って貰ってるんですからそんな何度も言わなくても……」
やなぎはアオイに肩を寄せる。アオイはその肩を受け入れて、寄せた肩に互いに体重を乗せる。
「やなぎ、うちは祓妖師や。やなぎの様な子を守る為に生きとる。やから、守れんかったらうちに存在意義は無いんや。だから、お願いだから、今度こそ」
「はい。ありがとうございます。次はちゃんと守ってくださいね」
「任せとき。うちは強いって事たっくさん見せたる」
まずは手始めに、もう刀から手ぇ離さん。とアオイは続けて、くふふ、と笑う。(元気が出たなら良かったけれど、本当に、怪我も無いんだからそんなに気にしなくて良いのに)今のアオイには、夢の話など出来なかった。なんだか更に自責の念に駆られそうだったから。
(まぁ、折を見てきちんと話そう)




