第12話 もう少しだけの休息を
ビジネスホテルというのは、2人で寝泊まりするにはつまらない場所だ。ベッドと小さな金庫と小さな冷蔵庫、後はシャワールームしかない簡素な部屋。そりゃそうなのだが、なんだか楽しくない。
「シャワー終わったで~。あとは寝るだけやけど……その前にこういう時はお菓子でも抓んで雑談するのが花よな」
「だからさっきコンビニでおやつを買ってたんですね」
「最近のコンビニはほんま便利やわ~」
モール内の洋服店は、既に閉店済みだったので、シャツなどはまぁ最悪そのままで良いが、流石に下着は変えないと気持ち悪い。
「ホテルにお泊りってちょっとだけわくわくせぇへん?」
「しますします!」
ちょっとだけの非日常は楽しいモノだ。妖魔の存在は非日常すぎるが、このくらいの非日常は楽しい。
「そうだ、やなぎ」
「はい?」
「夢って、何の事?」
「……えっと」
どう話したモノか、と悩んでいたが、やなぎは自分が視たモノを懇切丁寧に伝える。何を言われたのか、一言一句違えないように。
「ひめ?」
「はい。姫、と」
「……やなぎの事やろか。でも人間を姫だなんて」
アオイはベッドの上に胡坐をかいて腕を組む。
「聞いた事が無いな。そもそも影が焼き付いただけの存在に姫なんて存在が居るとは思えん。あの子らに聞いてみた方がええやろな。多分知らんと思うけど」
ぶつぶつとアオイは自分の中に廻った考えを口にしながら、首を傾げる。やはりアオイにも解らないらしい。妖魔は斬る事専門で、あまり詳しく知らない……という事じゃない。祓妖師として誰よりも妖魔について調べている。そもそも、喫茶のあの子達を保護したのも、妖魔について知る為だ。対話が出来るのであれば、言葉で解り合うのが一番だ。
「遥か昔から、妖魔は災害でしかない。そんな存在に姫なんてモノが居るとすれば、それは鏡世界の住人……なんやけど」
「そもそも鏡世界ってなんですか?」
「うちらが居る世界と鏡合わせに存在してる、平行世界……」
「かがみあわせ……へーこーせかい……」
やなぎが首を深く傾げる。
「わかんないか。わかんないよなぁ。うちも、妖魔の子から聞いては居るんやけど、結局あの子ら全員鏡世界の記憶は持ってないんよ。影が焼き付いただけで、記憶とか人格とかは引き継ぐ事は無いんよね」
「そう……なんですか?」
「くふふ、すまん、無理に理解せんでええよ。やなぎの夢の事はうちが解決するから」
そう言った彼女に、少し納得出来ず、やなぎは
「記憶の事もそうですけど、私、アオイさんに全部丸投げしたくありません」
「やなぎに何が出来るんや?」
「それは……何も無いかもしれません……ケド……」
「適材適所っちゅーのがあるんよやなぎ。やなぎは、自分の記憶を取り戻せるように頑張る。うちは、姫について調べながら、やなぎの出身や、記憶を辿る。それが出来るんはうちしか居らん。そんでうちが居らん間、喫茶の事を頼みたいんよ。ほら、従業員減るやろ?」
「……ほんとに人手困ってるんですか?」
「あー……困ってる困ってる。いやぁやなぎが働いてくれたら凄い楽やなぁ!」
「あ、嘘吐いてる!」
嘘やないよ!? とアオイは否定するが、嘘を吐く時、明らかに瞬きが多くなるのを、見抜かれている。けれどその嘘は、アオイなりの優しさで、やなぎが気負わない様にするための配慮で……。
けれど、やっぱり納得行かないのだ。
「また妖魔に触れたら……」
「それは絶対あかんッ! もう2度と妖魔の核には触れさせん! 何が起きるかわからんのやで! 記憶を取り戻す為に身体を壊したら意味無いやろ!」
「はい……でも、唯一今、手がかりを得る方法だと思います」
「……だとしても──っ! いや……ごめん、うちが言えた事やない。うちに強制する権利なんて無い。そもそもうちのせいかもしれんのや……。けど、やなぎ、お願いやから……」
「────────────」
彼女の言葉に、俯くやなぎ。アオイは、あの現象の危険性を正しく理解している。あれは妖魔を体内へと取り込んだ様に見えた。けれどやなぎは、未だに自分に何が起きたのか分からないのだ。ただ、夢を見ただけ。内側にやって来た妖魔も別に敵意を持っていた訳じゃなかった。あの声が、本当にあの大仏みたいに巨大な妖魔の声だったのかは分からない。けれど、あの感情を噛み殺したような明暗の無い声音は、やなぎの中で、まだ少しだけ聞こえる気がする。
はんたるひめよ、いまこそかえらませ、かえらませ。
かえらませは、何となく言葉の響きで解るが……
めさめ、くるふひとのこ。ようまのこ。われらがみちをてらす、ひとつめの
ひとつめの、何なのだろう。色々と気になる単語が沢山あるが、1つ1つを噛み砕くには如何せん情報が足りない。
「ほら、やなぎ、おやつ」
「おやつ……太りませんかね」
「え゛……やなぎは痩せ気味だから食べた方がええよ?」
「不健康な太り方はしたくないです」
「えぇ~我儘だなぁ。今日沢山歩いたからだいじょーぶだよ」
「いや……いやぁ…………抵抗あるなぁ……」
アオイが容赦なくポテトチップスの袋開けて、コンソメに匂いが小さな部屋に漂う。
「あ、ちょっと!」
「やなぎが食べんでもうちは食べるも~ん」
「……いじわるですね」
「いじわるかぁ? これ」
「いじわるですよ!」
ポテトチップスに伸びる手を押さえながら、自分に割り当てられたベッドに横になって掛布団をガバっと被る。
「今日はちゃんと寝られるか……?」
「……わかんないです」
「ポテチ、ほんまに食べんでええん? おかしの王様やで」
「お菓子の王様はチョコパイです」
「なんや、譲れん戦い始まりそうやな。てかそれって知識なんか? 誰かから聞いたからって事か? それともちょっと思い出した……?」
「解りません。けど、チョコパイは美味しいですよ?」
アオイは、やなぎの言葉に、うーん、と首を傾げる。これが思い出したおかげで出た発言なのか、知識の引き出しに入っていた事なのか分からない。もし思い出からの発言なら、手がかりに……いやお菓子の好みが解ったからってそれがどうした?
「ほら、食べよ、やなぎ。だいじょーぶや。やなぎくらいの歳は食ってもすぐ減るわ」
「……私、何歳なんですかね」
「17とか?」
「実感ありませんねぇ」
「うちから見たらめちゃくちゃ若いけどな? じょしこーせーやっても違和感ないわ」
「……あんま言って良いか解んないですけど、アオイさんだってまだまだ制服行けますよ。寧ろこれからじゃないですか?」
「なんやそれ。どーゆー意味? 怒るで?」
「凄く可愛いという事ですよ」
「くふふ、じゃあうちの可愛さでやなぎんこと悩殺したるか」
悪戯に笑う彼女にやなぎがたじろぐ。
「お酒飲んでませんよね?」
「飲んどらんで。今日はずっと一緒やったやん」
「そうですけど……シラフでそういう事言っちゃうんですね」
そない恥ずい事言ったかなうち。とアオイは無自覚らしい。あり得ん。嘘吐け。無自覚だとしたらどんな生き方して来たんだよ。
ポテトチップスをぽりぽりと食べながら、アオイは、やなぎのベッドに座る。
「そうだ、なんでアオイさんは祓妖師になったんですか?」
「えー、言わなあかん?」
「気になります」
「うち、孤児やったんよ」
「孤児……? 現代日本じゃ珍しいですね……」
「そやろか。案外居るで。色んな理由で親を亡くした子。親族も無責任に子供引き取れんからなぁ。面倒見切れんから孤児院に送る事も多い。うちも……その内の1人やった」
アオイは、天井を眺めながらゆっくり話す。あまり語りたくない話題だったかも、とやなぎは反省するが、一度語り出したアオイは止まらない。
「うちの両親は妖魔に殺された。小さい頃にな、たまたまやなぎと一緒の様に両親と3人であの空間に迷い込んでもうたんよ」
「3人で……? アオイさんも呼ばれたんですか?」
「呼ばれた……? いやそんな事は無かった思うけど……。まぁ、そんでそこで、刀持った人間の姿した妖魔がうちの両親の首を刎ねた。ほんま、見えんくらい早かった。瞬きした間に距離詰められてスパンっ! や。逃げる事も、抵抗する事も出来んかった」
アオイは目を瞑って、その日の情景を思い出している。両親の首から噴き出た血が地を染める。理解が出来ずに、固まって、焦点の合わない目で妖魔を見る。それは、彼女へとも刀を向けて──
「そんで、そこにヤンちゃんが来た」
「ヤンちゃんさんが?」
「そ。うちを助ける為やのうて、ただ妖魔を討伐する為にな。うちらが居ったのはあの人にとっても想定外や。そんで、ヤンちゃんと妖魔は戦って、何とか辛勝した。ヤンちゃんは大怪我したし、うちは現実が受け入れられんで、吐いたりして、もう、地獄絵図」
少し笑いながら、アオイは話す。今思えば、笑えるよな、と。けれど、開いた目は笑うことなく、ただ思い出す為に天井を仰ぎ見ている。やなぎにはその表情は見えなかった。
「そんで、うちを保護してくれる人も居らんでな。親族の人達はうちを拾う程の余裕なんてあらへん。うちはうちで、そうやって人に頼るん気が引けたしな。ヤンちゃんがしゃあなしでうちを孤児院に預けたんや」
「……その時は、アオイさんがやってるみたいな喫茶って……」
「あらへんあらへん。あったとしても、子供を拾って働かす訳にもいかんやろ。子供は遊んで学ぶのが仕事や。祓え戸で預かるって案もあったらしいけど、友達が出来る方がええやろってヤンちゃんが孤児院に」
やなぎの方を見て、にへらと笑う顔を、やなぎは直視出来なかった。どう言葉を返せば良いのか分からない。解らなかったのだ。両親を失うという意味が。やなぎには親という知識は備わっているが、親との思い出は何1つない。だから、彼女がどうしてにへらと笑うのか微塵も理解出来なかった。
「そんで暫く経ってから、妖魔についての記憶を消さなあかんくなった。それはつまり、両親が死んだ理由が、別の言い訳に変わるって事や。そんなん嫌や。なんで両親が死ななあかんかったんや。なんでそれを忘れなあかんねんって。ヤンちゃんに馬乗りになって、嫌だ! って罵詈雑言。うち、語気強いから、ヤンちゃんも困っとった」
「たまに強い言葉出ますもんね」
ダボとかいつか言いそう。頭沸いとんのか? は言ったし。怖い……。
「くふふ、これでもちょっとは気を付けてるんやで? そんでな、1つだけ方法がある言うて、うちを祓え戸まで連れて行ったんよ」
「ヤンちゃんさんが?」
「そう。ヤンちゃんさんって言うのやめん? 長いやろ」
「ヤンちゃんさんの事知らないので……」
「まあええか。そこでうちは祓妖師になるってデカイ声で宣言したんや。デカイ声で、うちと同じような子が出ないようにしたい! って。偽善かもしれんけどうちにやれる事をやりたい! って」
「まだ幼いのに凄いですね」
「せやろ~? うちもようやったと思うわ」
くふふ、と笑うアオイ。やなぎは、純粋に関心しながら、相槌を打つ。
「この世界にはうちと同じ様に妖魔に親を殺された子が居るかもしれん。やったらうちがそうなる前に助けてやりたい。うちみたいな思いして欲しくない。だからうちは祓妖師になったんや」
「立派ですね。両親を亡くしたのに、前向きで……」
「んな事無いよ。これは言い訳や。許せんやろ、両親殺されたんや、うちは妖魔の事許せんかった。だからこの手でぶっ殺したかっただけや。忘れたくないのも、忘れたらぶっ殺せんやろ?」
「それでも、それが誰かの役に立つなら立派な事です」
「……そうかな。そうやと嬉しいな」
アオイは、へへ、と笑う。ずっと、笑っている。自分の過去をあまり重く考えたくないのだ。重く考えてしまうと、また、昔の様に戻ってしまう。ただひたすら妖魔を狩るだけの生き人形に。
「すまん、辛気くさなったな。もー寝よか」
「……はい」
「寝られんかったら、また一緒に寝るか~? うちはかまへんで」
「だいじょーぶです!」
ぷい、とアオイとは反対に向いて目を瞑る。
「あらら、寂しいなぁ」
冗談めかして言う彼女の言葉を無視して、やなぎは一生懸命寝ようと寝ろ~、寝ろ~と頭の中で繰り返す。
「だからうちはやなぎの事は絶対助けたいんや」
そう小さく呟いたアオイは、ほんじゃ、おやすみ、と部屋の電気を消して、布団を被った。
そうして、多分三十分くらい経って、結局やなぎは眠れず目を開く。怖いのだ。まだ、怖い。忘れても憶えてるから大丈夫って言ってくれたけど、やっぱり忘れるのは怖い。たった2日だけど色々な話をした。妖魔の事、アオイの事、記憶の事。それらの記憶が全部消えてしまうのは怖い。
「……やっぱ眠れんのやろ」
と、アオイの声が聞こえて、背後からごそごそと音が聞こえる。暫くして、やなぎが被った布団が少し浮き上がり、外の空気が入り込む。
「よいしょ」
と、何の躊躇いも無くアオイはやなぎの布団に入って来る。
そして、ぎゅっとやなぎを抱きしめる。
「大丈夫や、やなぎ。何も怖ない。うちが居る。うちが居るから大丈夫。忘れたって、また新しいの作ればええ。うちは居なくならん。うちはずっとやなぎの味方やから」
その言葉に、思わず寝返りをうつと、アオイと目が合った。
「くふふ、まだ不安か?」
と頭を胸に寄せられ、ぎゅっと抱えられる。
「うちはここに居る。ずっと居るから、やなぎは安心してええ」
「…………私は、アオイさんの優しさも少し怖いです。でも、理由が解ったので、少しだけ安心しました」
「そか。せや、子守歌でも歌ったろか~?」
「……お願いしようかな」
「おぉ、マジか。じょーだんのつもりやった」
「お願いします」
「え、えぇ~……ね、ねんねんころりよ~……おころりよ~……やなぎは良い子だねんねしな……? なんやめっちゃはずいんやけど」
「ふふ、お母さんみたい」
「…………うちこれ以降知らんのやけど」
「私も知りません。多分初めて聞きました。けど、ありがとうございます。なんだか眠れる気がします」
「そ、そうか。良かった……こ、子守歌練習しとくわな?」
やなぎが思わず、ふふふ、と笑う。お願いします、と続けられてアオイは、マジかぁ……と困り果てている。まだうちには子守りは早いで、と。
「おやすみなさい、アオイさん」
「うん。おやすみ、やなぎ。ゆっくり休みなね」
そう言って互いに今度こそ目を瞑る。すると不思議と、するすると睡魔がやって来てやなぎの意識は沈んで─────




