第13話 喫茶「あまみこ」
「ふぃ~……ただいま……」
翌日午前10時。2人はようやく喫茶に帰って来た。あまみこに帰って来た彼女達は、ミナト達妖魔に出迎えられた。
「大将! ようやく戻って来たか!」
とパンダの妖魔がミナトの後ろか大きな声で呼ぶ。
「ただいま~。なんか変わった事あったか~?」
「昨日は恙なく営業を行ったぜぃ? 本日もばっちり営業中だ。客さんは居ねぇがな?」
「朝食の時間も過ぎたし、そりゃしゃあない。それよか、帰って来て早々で悪いんやけど皆に聞きたい事あんねんけど」
厨房を通り、暇そうにしている妖魔たちを一瞥しながら、アオイが言うと妖魔たちは耳を文字通り、アオイたちに向ける。
「皆は姫って解るか?」
「お城に住んでる人!」「大名の娘!」「黒姫とか?」「壱与とか?」「それは女王」「ぷりんせす!」「シンデレラ!」
「いや悪い。うちの説明が足らんかったな。はんたるひめって単語解るか?」
「解らんな」「知らなーい」「存じなーい」「聞いたトキなーい」「私も知らんな」「おいらも聞いた事ないぜ」「…………」
首を振る皆にそうか、と少し残念そうに、肩を落とすアオイは、まぁしゃあない。過去の文献漁ってみるわ、と、出来るだけ笑顔で妖魔に伝える。
「力になれず済まない。私共には、鏡世界での記憶はない故、その単語は知らない。ただ、お嬢が姫であるというのは、なるほど納得です」
「なんの話や、レッサーパンダ。姫ってうちの事やのーてやなぎの事や」
「ほう、それは失礼しました。しかし、やなぎ嬢が姫というのも、また納得です。美しい黒髪、凛とした目、小さな耳は、私共妖魔から見ても、見目麗しい」
「あ、ごめんなさい。そういうの要らないです」
「なんと! ほ、本音……なんですが……」「ドンマイ」「そういうこともある」「次行こ次」「がっはっは! 切り替えないとですな!」「おいらは頑張ったと思う!」
アオイも混じってレッサーパンダを励ましている。やなぎ、そういうのはオブラートに包むモノです。
「…………」
変な盛り上がり方をしているが、唯一ミナトだけその様子を静観している。
「はんたる、姫……」
この場に居る妖魔は確かに皆不完全である。それは現在のミナトも例外ではない。力を失い、変化の力しか残っていない彼女を、完全なる妖魔と呼ぶには少々気が引ける。
「ミナトちゃん」
アオイがミナトの様子に気付くと、声を掛ける。やなぎは、人間体の妖魔たちに囲まれているが、人間はもふもふじゃないので、少しがっかりしている。
「……はんたるひめ、か。アオイ、どうしてそんな単語を調べているの?」
「やなぎが夢で聞いたって。記憶の手がかりにならんかなと思うたんやが……」
「そう。他意は無いのね。ただ、やなぎの記憶を取り戻す為……。ごめんなさい、アオイ。私は、やなぎの記憶を取り戻す事に協力出来ない。きっと後悔する」
「……それはミナトちゃんがか? それとも」
「──────────とにかく、私はその言葉についても教えられない。知るのは自由よ。平安辺りの文献を当たると良いわ。ただ、絶対やなぎには秘密にしなさい。やなぎは……まだ繊細だから」
「……? あぁ。元よりそのつもりや。やなぎには妖魔の事なんて知らないで生きて欲しいしな」
「……それはきっと──」
ミナトは、何か言いかけて、はっとして口を閉ざし、悪いけど、少し調べものが出来たわ、とバックヤードへと戻っていく。
「なんや、珍しい。何を知ってるんやろ」
ミナトは、力を失ってはいるが、元はアオイと戦闘が成り立つくらいにはれっきとした妖魔だ。だから、通常の妖魔が知っているというのなら、ミナトも知らないはずがない。
ミナトは、休憩室の扉をそっと閉じて、中に誰も居ない事を確認しながら、ほぅと息を吐く。
「……はんたる姫。いまこそかえらませ、かえらませ。そんなの、最悪な結末じゃない。折角、アオイが……」
溜息を吐いて、ミナトは用意されている椅子に、どさっと座る。
「教えてしまうと、アオイは後悔する。だったら自分の力で調べた方が良い。私はせめて、2人が笑えるなら、それで」
机に突っ伏して、目を瞑ると、記憶が溢れ出す。アオイと出逢った頃の記憶。時が過ぎて、アオイと共に喫茶を開いた記憶。妖魔を招いた記憶。沢山の記憶が彼女の中で渦を巻く。
「とても楽しそうなのに、現実は非情ね。いつもの事だけど」
呟く彼女の声は、休憩室の壁に吸い込まれて消えた。
一方、アオイたちは、やなぎに仕事について教える事になった。
「やなぎ嬢には、ホールを手伝ってもらう事になる。ベア君、君が教えてあげなさい。懇切丁寧にね」
「りょーかい! おいらはベア。解りやすいだろ?」
「とても」
ベアと呼ばれた熊の妖魔は、ウェイターの制服に身を包み、茶髪の活発な男性の様な姿をしている。もふもふを体感したいやなぎにとって、男性の身体というのは対極である。筋肉は硬いのだ。あと骨。ごつごつしてる。手とか解りやすいよね。
「ホールの仕事は至極単純! お客さん出迎えて、席に案内して、ご注文決まりましたら、ボタンを押してお呼びくださいって言いながらメニュー表渡して──」
とベアは、簡単に実演しながら、やなぎに教える。
「制服の事すっかり忘れ取ったなぁ」
とアオイはその様子を眺めながら一人呟く。彼女は当たり前の様にお客さんが使うはずの席に座って、2人の様子を微笑ましく、にこにこと眺めている。
そう、制服のことをすっかり失念していたのだ。何せここで働く妖魔たちは皆、ミナトの変化の術によって姿を人間に見せている。その際、服も完璧に再現される。その為、普通の人用の制服が無いのだ。
アオイ? アオイは働かないから……。
「ミナトに頼むのもええけど、折角やから用意したいよなぁ。……しゃあない一肌脱ぐか」
何やら決意の表情を浮かべて、折角座ったのにすぐに立ち上がる。
「うちちょっと出掛けてくるわ」
「え、じゃあ私も……!」
「大丈夫。ここ居って。何かあってもミナトが守ってくれる。勿論、皆もな?」
「でも……ずっと居るって」
「くふふ、なんや寂しいんか。大丈夫や、ベア、ジブン変化解けるか?」
「おいら? まぁ出来るけど、良いの? ミナトさんに怒られない?」
「だいじょーぶや。テディベアになってやなぎと一緒居てあげて。もふもふあれば寂しくないやろ?」
ベアは、りょーかい! とミナトに掛けて貰った術を解く。小さな熊の姿になった彼は、光の速さでやなぎに抱きかかえられ、すりすりと頬擦りされている。
「そんじゃ行ってくるわ。2時間くらいで帰って来るつもりやけど、遅くなるようやったらやなぎに連絡するわ」
「りょーかい! 行ってらっしゃいアオイさん!」
テディベアはすりすりされながら、片手を挙げて裏口から出ていくアオイを見送る。やなぎも、少し寂しそうな表情を浮かべながら、手を振って、いってらっしゃいと小さな声で見送った。
「さて、おいらはこれからぬいぐるみ。あと1時間半くらいでお昼のラッシュだからそれまでに基礎は憶えよう! さっきおいらが説明した事をやってくれる?」
やなぎは、うん、と返事をして、彼を抱えたまま、誰も居ない入口に、いらっしゃいませ、何名様ですか? と問う。そうやってシミュレーションを行って、身体に覚え込ませるのだ。頭で覚えるよりも身体で覚えた方が人間は飲み込みが早いのだ。
実際、30分程繰り返していると、憶えて来た。お客さんが来ないのはここが田舎だからというのと、単純に朝には遅く、昼には早すぎる時間な為だ。
「まあ焦らなくていいと思う! ここジジババか、地元の高校生くらいしか来ないから」
「そうなんだ。お洒落な喫茶なのにね」
「立地が悪いよ立地が。ド田舎だもん。アオイさんには悪いけどなんでこんなところに喫茶立てたんだろ。別に寝床と一緒にしなくても良かったんじゃない?」
「ベア、それは禁句だ。私達を守ってくださっているのだ。あまり過ぎた事を口にするモノじゃない」
「レっさんは、暇じゃない?」
「いいや? ここは自然が豊かだからね。私の様な中途半端なモノにはとても過ごしやすいと感じている。お客もゆるりとした方ばかりで、とても居心地が良い」
レッサーパンダはそう言って、カウンターに肘を着く。彼は、ダンディな声が特徴だが、しっかりとコック服を着こなしている、見た目年齢は40半ばと言った所でとてもハンサムである。ミナトがこの身体を作っているから、ミナトの趣味なのかもしれない。
くしゅん、とくしゃみの音が遠くから聞こえた気がする。
「にしても、やなぎ嬢は記憶が無いというのにしっかりしていますな。私共とは大違いだ」
「いやいや、レッサーパンダさんもとてもしっかりしてますよ?」
「はは、まぁ気を付けていますからね。私共の様な中途半端な妖魔は、色々と欠けている事が多い。ぶしつけな質問をするかもしれない。不用意な言葉で貴女を傷付けるかもしれない。けれど、それは全てに悪意はないのです。ただ、分からない。私共は、人が営む感情を再現しているだけにすぎない。けれど、その真似をするという行為を、それこそが心だとお嬢が言ってくださった。心無いモノは真似などしない、と」
「……心、ですか」
「少々堅苦しい話でしたな。ともあれ、私共は皆、お嬢に助けられているのです。この抱えた恩は必ず返さなければならない。私共が模倣する感情が、そう訴えるのです」
レっさんはそうはにかむような笑顔を見せると、照れてしまったのか厨房へと戻っていく。
「大将は、俺達の様な半端モン集めて、鏡世界に返す方法を探してくれているんだぜぃ。だが、もしその方法が見つかったとしても、今はここで働いて居たい。楽しいって感情は、温かいんだぜぃ。それに何も返せないってのは寂しいし」
「ふふ、私も同じです。私も、アオイさんに返せるモノを探さないと」
「一緒に探して行こうぜぃ。ここで働くなら、俺達は仲間だぜぃ?」
「ありがとうございます」
コック服を着たガタイの良い男性はパンダの妖魔だ。彼はにっと歯をを見せる。
「おいらにとってアオイさんは命の恩人なんだ。新米の祓妖師に追われてる時に庇って貰った。おいらには爪も無い、牙も無い。他の妖魔が使うような妖術も使えない。ただ喋れるだけの無害な子熊や、って。まぁそれはそれでちょっと傷付いたけど、今を生きているのはアオイさんのおかげ。だからこの命で返せるモノがあれば良いなって思ってるんだ」
「……命で、返す……か」
「まーアオイさんはそんな返し方絶対喜ばないと思うけど!」
とベアはやなぎに抱えられたまま話す。愛くるしい姿をしているが、妖魔だ。決してこの世界には居てはいけないモノ達。けれど、共存できるならばするべきだ、とアオイは考えているのだろう。
「……皆、アオイさんの事が大好きなんですね」
「そうだね。おいらは、あの人には無理して欲しくない」
「大将はすぐ1人で抱え込むからなぁ。ミナトさんが様子を見て手を貸したりするが……」
「でもでも、ここ2日はとっても楽しそうだよね! おいらあんな笑顔なアオイさんあんまり見た事ないかも!」
「やなぎ嬢のおかげかもしれんぜぃ」
「いや、私何もしてませんよ……? 寧ろ迷惑かけてばかりで」
彼らは全員首を振る。テディベアは自分がぬいぐるみである事を忘れ、やなぎを見上げる。
「そもそも人間の友達ってのも少ないしな、大将。基本妖魔と喋ってる所しか見た事が無い。客さんにも話掛ける事はしないしな」
「勿体ないよねぇ。たまに同い年くらいの女性来るのに」
「人間は、複雑なんだぜぃ、ベア。俺達の様に同類だからってだけで打ち解けたりはしない」
「めんどくさい生き物だねぇ」
数少ない妖魔だ、仲間内で分裂など起こしてる余裕は無いのだろう。彼らの様な中途半端な妖魔は、害意を持たないどころか、攻撃性すらない。何せ武器となるモノが何一つとして無い。力も弱く、妖気も少なく、見た目はこんなにも愛らしい。
アオイに拾われた子達は皆、協力しながら生きているのだ。
「しかし、アオイさんは何しに出て行ったんだろ」
「さぁな。何か買い忘れでもあったんだろぃ。っと、そろそろ仕込みするか。俺は厨房に戻るぜぃ。ベアたちも──」
とパンダが口にしようとした時、がちゃっと裏口のドアが開いた。
「すまん、皆、また拾ってしもた」
とアオイが扉を開き、戻って来ていた。あまりに早い帰還に、え、めちゃくちゃ早いですね、と口にしながらアオイを見ると、彼女の手には何やら小さな生物が蹲っていた。
「どないしよか」
それは2本の尾を持つ狐の妖魔であった。何か、嫌な思い出がフラッシュバックするが、完全なる別物だと頭の中で理解して、アオイへと近づく。
「わぁ~もふもふ、狐ちゃんだぁ!」
「すまん、やなぎ、狐のに襲われたばっかやのに。でもこの子は別モンやから安心して」
「解ってます。あの時、完全に首落としてましたし」
「なんだきさま! わしをなんだとおもっている!」
と狐の妖魔は、アオイの腕に情けなく抱えられている癖に、生意気な口を利く。アオイは、狐の前脚だけを掴んで、ぶらんと吊り下げる。
「なんだきさまら! みせものではないぞ! おいにんげん! おろせ! おろすんじゃ!」
なんだか可愛い声の狐は、じたばたと抵抗している。
「……まぁた、変な妖魔拾って来たのか、大将」
「妖魔に食われそうだったのを助けたやったんよ。狐にはあんま良い思い出無いけど……」
前脚を掴んだままアオイが話していると、狐は疲れたのかじたばたするのを辞めて、代わりに、ぼふんっと何か煙を吐いた。
「全く、食われそうだったなんて人聞きの悪い! 華麗なる妖術であやつをぶちのめす所だったんじゃ! それをこの人間がばっさりと行きよった」
狐の妖魔は、変化の術を使ったのか、人間の様な姿を取る。それはミナトの様な完全な人間になるモノではなく、狐の耳と尻尾を生やした少女の姿。服はなんだか巫女服に似ている。
「えぇ~。泣いてうちに縋って来てたやん。よー喋る口やなぁ? ちゃんと証拠もあるでぇ?」
と彼女はポケットからスマホを取り出す。そこに写されていたのは
「にょぇぇーええ!!! たじゅけてにんげん! くわれてまう! わしくわれてまう! ごしょうやからたすけてぇ!」
と情けない叫び声を上げる狐の姿。
「これが彼の有名な狐狸精とはなぁ? くふふ」
「ぐぬぬぬぬぬ!」
ふーりーちん。簡単に言えば狐の化け物の事だ。狸の文字も入ってるが、狐の事だ。例えば妲己や九尾の狐も狐狸精とされる。大抵は妖艶な女性に化けると言われているが……
「ほれ、狐狸精なんやったら妖艶な女性に化けてみぃ。ほれほれ~」
なんてアオイに弄られている姿は、どう見ても少女である。
「妖気、妖気さえあれば貴様なんかぁ……っ!」
彼女は少しだけ涙を浮かべている。これが一応は伝統のある妖の姿か? 悲しいよ。ふーりーちん。




