第14話 狐狸精
「それで、あんさんはどうしたい?」
アオイは、狐狸精に問う。
「ここに残るか、それとも、妖気を失ったまま、朽ちて死ぬかや」
「──────貴様は妖魔を殺す者じゃろう。何故儂を助けた」
「困ってそうやったから。うちは祓妖師やけど、祓う相手はきちんと選らんどるつもりや」
「まぁ、俺達みたいな中途半端な妖魔は祓っていないという事だぜぃ。固有の妖術を持たず、妖気もあまり持たず、他の妖魔に食われ養分となるだけの存在は、アオイ嬢は狩る事はしないぜぃ?」
パンダは、アオイの言葉に尚も首を傾げている狐狸精に少しだけ注釈する。祓妖師だけれど、祓う相手は選んでいるというのは、妖魔からすれば矛盾だ。如何様な姿形で、如何様な力を宿せど、妖魔は妖魔だ。それ以上、それ以下でもない。
「やけどあんさん、狐狸精なんやったら力取り戻す当てもあるやろ。この子らとは根本的に違う。何があったんか知らんけど、狐狸精がそない弱体化するなんておかしいからな?」
「そうじゃな。しかし、もし儂が力を取り戻せば貴様は儂を殺すのじゃろ?」
「害があると判断すれば、切り祓うで」
「選択肢は無いようじゃの? もし貴様が赦すのであれば、儂はここに残る。まだ死ねぬのじゃ」
「なら、その耳と尻尾どうにか出来へんか? 狐狸精なんやからもっと上手く変化せい」
「……ちゃーみんぐじゃろ?」
アオイにじろっと睨まれて、あ、はいどうにかします……と小さくなる。
「そもそも狐狸精って具体的に何なんですか?」
「簡単に言えば妖狐や」
「よーこ?」
「人を化かして誑かす狐の妖魔。一昨日遭遇したアレも一応は狐狸精に当たるんちゃうかな。正体識る前に斬り祓ってもうたからもう分からんけど」
「あぁ、あれを祓ったのは貴様じゃったか。まっことあの新参風情には困らされたモノじゃ」
彼女ははぁ、と溜息を吐く。
「そういえばアオイさん、お出掛けして行きましたけど、目的は達成したんですか?」
「ア゛ッ! 忘れとった! あぁー……しゃあない今から行くか。狐狸精も行くで」
「なんでじゃ!?」
「元はと言えばあんさん助けたから買い物行けんかったんや。少しは手伝い」
「ぐぬぬ、仕方ない……この狐狸精のフーヤオ様が手伝ってやるのじゃ!」
「それどっちも狐妖って意味やん。同じやで、それ」
「儂の立派な名前じゃ! 種族名じゃないわ!」
まぁそもそも熊の妖魔の名前がベアな時点で言えた事じゃないのである。レっさんとかも最早適当だ。まぁアオイが名付けた訳ではないのだが。
あーだこーだと言いながら2人は裏口からまた出ていく。なんで1度戻って来たんだよ。という疑問は誰も口にせず心の中に仕舞っている。
「フーヤオ、あの中に人間の子居ったやろ?」
「人間……? あぁ、居たな。それがどうかしたかの」
「あんさんから見てどうやった?」
「なんやそれ。どういう意図の質問か分からないのぅ」
「人間に見えたならええんや。ほんまに」
車に乗り込んで、買い物へと向かう。アオイの目的は生地を買う事。やなぎの制服を縫う為だ。
発注するのは時間も金も掛かるが、自分で作れば低コスト。幸い手先は器用なので、服くらいならば設計図を作れば縫う事は出来る。
「のぅ、祓妖師、貴様は斯様に妖魔を助け何をするというのじゃ。善意という訳でもあるまいな」
「……さあ、どうやろ。うちの目的は今はやなぎを助ける事だけや。昔の事は忘れてもうたな」
「カカ、目を逸らしておるわけか。いつの時代も人間は大切な事から目を逸らす」
「いつの時代もって、あんさんいつから生きとるんや?」
狐狸精といえば、なんだか長生きなイメージがある。というか、動物の姿をした怪異、妖共は皆長寿である。それは元来、人が動物と共に生きる者であったからだ。人間より遥かに早く死んでしまう動物たちと、もっと多くの年を一緒に過ごせればという願望。それはきっと、鏡世界の人達も同じなのだろう。そんな願望が影となって、こちらへとやって来るのだ。
「春を1000回は数えたはずじゃ。この国は季が廻るので解りやすい」
「なら、はんたる姫って単語は解るか?」
「はんたる姫? ……良く知っておる。じゃが、人の子に話すのは気が引ける。儂はこれでも妖魔じゃ。力を取り戻したら、貴様の様な者とは敵対関係にあたるじゃろう。その様な相手にやすやすと話す程落ちぶれてはおらんわ」
「そうか。本当は力づくでもええんやけど、それは他の子らに示しが付かんな。質問を変えるわ。あんさん、なんで京に居るんや?」
「観光じゃ。久方ぶりに稲荷様などと呼ばれ、神の遣いを気取った者共と顔を合わせようと思っていたのじゃが、随分と変容して居ったな。貴様が斬ったのは、ソレじゃぞ」
「え、マジか。結構やばい事やったかもしれんな、うち」
アオイはうーむ、と片手でぽりぽりと頭を掻く。
「安心せぇ、あれは妖気に堕ちた者共じゃ。祓え戸より賜った、祓い清めるという行為とは一切の矛盾は起き取らん。それよりも儂はあの喫茶の方が矛盾しておると思うんじゃがな?」
「まぁそうよな。うちもどうかと思うわ。けど……罪も無い者達を祓うのはうちには出来ん」
「妖魔は妖魔じゃ。例えそれが儂の様に話す事が出来、感情があるように見せていても、中身の本質は変わらぬ。努々《ゆめゆめ》、その事を忘れるなよ、人間」
「本質も何も、あんさんらの本質は人間の模倣やろ」
アオイはあっけらかんとそう言う。フーヤオはその言葉に少し驚きながらアオイをじっと見つめる。
「なんや、違うかったか? うち測り損ねた?」
「驚いただけじゃ。儂ら妖魔は反対の世界より分かたれた影じゃ。故に我らは影の生みの親を求める。周りを見ても何も無い静寂の中、自分が生み出された理由を問い続けるのじゃ。儂の様な妖魔は、人間を模倣し、人間社会に溶け込む事を選び、またある妖魔は、存在証明の為に破壊の限りを尽くす。しかしそれら全ては、反対の世界に住む人々のシミのような感情をインプットされたに過ぎないのじゃ」
「悲しい生き物やな。やけど、うちは模倣するという行為そのものには心があると思っとる。あんさんが狐狸精として人に化けて誑かすことも、あんさんに心あるから行う事やと思っとる。そもそも誑かすなんて人の事をきちんと理解せんと出来んしな? 理解するには心が必要や。やから喫茶のあの子らも一緒に居れるんよ」
「良く言う。貴様からは、儂と少し似た匂いがするが、どちらかというと狸じゃな。ド天然の人誑しじゃ」
「えぇ~うち人を誑かしたりせんよ?」
嘘である。いや、嘘であるというか、無自覚……だというか。フーヤオはアオイの言葉を聞いて大きく溜息を吐く。
「貴様がそう言うのなら儂はこれ以上何も言わん。それより目的地はまだか?」
「まだやな~。あと悪いんやけど、その服もどうにかならん?」
「……ちっ、仕方ないのう。当世風に合わせてやる。最近の服は複雑で難しいんじゃ」
「そうなんか? ミナトは簡単にやっとるけど」
「ミナト? 誰じゃそいつ。あの場に居った奴か?」
「いや、席外しとったな。まぁ帰ったら紹介するわ」
車は宇瓦五条を抜けて、都会へと出る。フーヤオは少し悩んでから、術を発動させて服を着替える。
「うわ、ギャルい狐狸精。おもろ」
「人が折角化けてやったのになんじゃその言い草は」
「ごめんごめんじょーだんや。よー似合っとる。かわええかわええ。やっぱ狐狸精って綺麗なんやな? うちも手玉に取られそーやわ」
「貴様、さらりとそういう事を。何が人を誑かしたりせんよ、じゃ」
フーヤオはまた溜息。アオイは自覚が無いのか、フーヤオの様子に疑問符を浮かべている。
「ところで、さっき、御稲荷さんの事新参者って言っとったよな?」
「そうじゃな」
「うちが斬ったのは御稲荷さんが妖気に堕ちた姿なんやったら別に新参やなくないか?」
「何を言う。儂からすれば皆赤子の様なモノじゃ」
「その赤子に食われそうになってたら世話無いな?」
「やかましい。妖気さえあれば遅れは取らん。そう、妖気さえあればな」
彼女は、ぶつぶつと呪いの様に文句を垂れている。
「なんで妖気失っとるんや?」
「……言う必要は無いじゃろ。まあ……色々あったのじゃ。人は弱く、脆く、切なく、儚い生き物じゃな」
「なんや急に。うちは強いで?」
「そういう意味ではないわ」
くふふ、と笑うアオイに、まったく、とフーヤオは少しだけ不貞腐れる。
フーヤオの脳裏に焦がれて離れない情景があった。
『フーヤオ、お前は』
弱く、脆く、切なく、儚い、誰かの声を、彼女は脳裏で繰り返す。何故生きたのか、何故今もまだ離れられないのか。
妖魔は人を模倣し生きる。感情もその内の1つで、それらはコントロール出来るモノであった。
『貴様は、儂が……っ!』
(嗚呼、タケル、何故──)
ベッドに眠る記憶の彼はにこやかに笑っている。思い出とは忌々しいモノだ。どれだけ振り払おうとしても纏わりついて来る。寧ろすっぱりと忘れる事が出来れば、何と気持ちの良い事か。1000年生きるフーヤオにとって、最早記憶は情報の海。
「そろそろ着くで」
「結局どこに向かっておったのじゃ」
「言ってなかったっけ。手芸屋」
「趣味か?」
「やなぎの制服作ったろ思て。今やったらあんさんの服も作ったるで」
「要らぬ。儂には変化があるからな」
そうか、そりゃ残念やな、とアオイは呟きながら、車を駐車場に停める。
「……今更じゃが、儂を連れて来て良かったのか?」
「ええよ、別に。悪さするんやったら祓うだけや」
「恐ろしい事を言うの。女人はもうちっとお淑やかな方がモテるものじゃぞ」
「狐狸精からのありがたいお言葉。頂戴しとくわ」
2人同時に車を降りて、生地屋に入る。駐車場を持つ生地屋だなんて珍しいとも思うかもしれないが、ここは法人向けに生地を卸したりもする有名なお店だ。取引に来るお客の為に駐車場を用意しているのだ。まぁ、最近はインターネットで済むので宝の持ち腐れだが。
「幾ら儂を監視したいからって、買い物付き合わせる奴があるか」
「とか言いながら逃げないんだよな~」
「儂はまだ死にとう無いんじゃ。死ねないんじゃよ。……儂があの子らを喰らうとでも思うておるんじゃろうが、安心せぇ、そんな事はせん」
「……その心配もあるけど、ただほんまに、はんたる姫って知ってるか聞きたかっただけや。狐狸精なら知ってるやろ思て」
「なんでそんなに拘るのじゃ」
「やなぎが夢の中で聞いたらしいんよ。はんたるひめ、かえらませ、かえらませ」
フーヤオはその言葉を聞いて、ビタリと動きが止まる。
「……教えてくれてもええんやで?」
「……ならぬ。儂は妖魔じゃ。決して姫の事は口には出来ぬ。しかし、不思議じゃな、何故こちらに居るのじゃ」
「こちらに……?」
「そら、さっさと布を買って帰るぞ。やなぎとやらが待っておるのだろう?」
フーヤオはアオイの背中をトンと叩いて店へと急かす。
「なんや気になる事ばっか言いよってからに」




