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第8話 食事

「よっしゃ、着いたな~」


 立体駐車場に車を停めて、アオイは一息吐く。1時間越えの運転、少しだけ疲労している。


「ありがとうございます」


 車から降りたやなぎがアオイを労う。


「さ、中入ろ。湿気凄いわここ」

「ですね~。空は晴れてるのに、昨日の影響凄いですね」

「まぁ大雨やったからなぁ」


 二人でモール内に入り、エレベーターを待つ。


「まずは小物から見よか。歯ブラシは電動がええ?」

「いやいやそんな高級なモノ要りませんよ! 普通のが良いです」

「そうか……? 遠慮せんでええねんで?」

「遠慮とかではなく……。電動ってなんか怖いですし……歯茎も抉りそうじゃないですか?」

「んな事にはならんよ」


 と笑って否定するアオイ。丁度来たエレベーターに乗り込んで、1階のボタンを押す。がこん、うぃーん、という比較的静かな駆動音を聞きながら、エレベーターの中では不思議と黙ってしまう。ぽーんという音と共にエレベーターのドアが開かれ1階に到達する。


「えぇと、薬局やから……こっちや」


 右の方角へと進む。結構、広いなぁ、と周囲をきょろきょろと見渡すやなぎ。アオイはその様子を微笑ましく思いながら、逸れないように手を引く。なんとなく、やなぎはフラっとどこか行ってしまうような気がしたのだ。大正解である。あちらこちらにやなぎの気を引くモノが沢山置いてある。

 やなぎは否定したが、彼女は幼児である。記憶を失った事による人格リセットが起きた事によって、所謂経験則というモノが何1つ無い状態だ。多少知識による善悪の判別は可能だ。

 もふもふが好きというのも上手く感触を頭の中でシミュレーション出来るからにすぎない。サラサラなモノを見れば、サラサラを好きになるだろう。上手く頭の中でシミュレーション出来るモノでないと怖いのだ。こんにゃくを見ると悲鳴を上げるかもしれない。


 見た目で感触が解るモノ。可愛いモノ。綺麗なモノ。解りやすいモノ。そういうモノを好む。


 知識はある。けれど、その知識が経験に基づくモノではなく、何故か備わっている知るはずも無い事なのだ。正直、訳が分からない。

 人格は記憶から形成される。やなぎの場合、それが知識によって形成された歪なモノだ。経験則や、友達関係によるモノじゃない。


 そんな子供みたいな人間が、ショッピングモールに来たらどうなるか。


「アオイさん! こっち、この服とかどーです!?」

「アオイさん! これは!? こっちも良いですねぇ!」

「アオイさんアオイさん! これは何です?」

「アオイさん!」

「アオイさん!」


 わんぱくが服を着て歩いている。

 アオイは一瞬で疲弊した。ショッピングモールに来て、1時間半が経ったが、まだ薬局にすら辿り着けていない。朝ご飯も食べられてないのである。歯ブラシ買ってからフードコートに行くと丁度良い時間だと思ったのに、アオイはお腹がペコペコである。


 楽しめるんちゃうかな、とは言ったがここまでとは思っていない。


「えらい元気やなぁ、今日一日ショッピングモールで過ごす気かぁ~?」

「そうしたいのはやまやまですが、すみません、調子に乗りました。えっと歯ブラシでしたっけ」

「いや、もう腹の虫が鳴ってしゃあないねん。ご飯にしよ」

「ごはん! 良いですね。何を食べるんですか?」

「フードコート行こか。食べたいもんあったら言ってや」

「はい!」


 子を持つ親っていつもこんな感じなんやろか、とあまりのやなぎのわんぱくさに、溜息が出そうになる。

(まぁ元気な事はええことや。叱る事でも無いけど……今度からもっとちゃんと覚悟を持って来なあかんな)


「フードコートはこっちやで。もう寄り道せぇへんからな? 引き摺ってでも行くからな?」

「はい…………あ! アオイさん!」

「言った傍やないかい!」


 ガシィ! とやなぎの腕を掴み、引き留める。(あかん、ほんま首輪でも着けな一瞬でどっか行く!)


「やなぎこっからはお手々繋いで行こか。あかんわ。やなぎ、あかんよ」

「え、はい…………ごめんなさいでした……」


 しゅんとなったやなぎに少しだけ心が痛むアオイ。叱られた犬みたいにしゅんとした彼女を見て、アオイは少しだけ笑みを浮かべる。なんかおもろいな、と。


「何食べたい?」

「何があるかわかんにゃい……」

「それはそうか。えっと、うどん、ラーメン、バーガー、カツ丼、カレー、たこ焼き……ちょっとええ店行くならパスタとかもあるな」

「アオイさんのおすすめは何ですか?」

「断然たこ焼きやな。これからもまだ歩くし満腹になるのはあんま良くないし、何より美味いで」

「じゃあたこ焼きにしようかな」

「解っとるやんけ! 流石やなぎやな!」


 関西人のたこ焼きに対する情熱って何なんだろう。明石焼きをたこ焼きと似てる奴って言っただけで、人殺しに対する視線みたいに冷たいのが送られてくる。関西人は、関西フードに誇りを持っているのである。


(おすすめしたから選んであって、私がどうとかじゃなくない?)

 口にはしないが、少しだけ首を傾げる。他の選択肢をしていたら、何を言われたのか気になるやなぎであったが、何か関係が拗れそうな気がして辞めた。関西人は関西フード適当に褒めとけば喜びます。懐かせる時におすすめです。


 フードコートに辿り着くと、アオイはやなぎに買って来るからここ座って席取っといて、と1人たこ焼きを買いに行ってしまった。


 二人席を取って、やなぎは大人しく椅子に座る。アオイは、本当にやなぎを1人にして良いのか迷っていたが、席が埋まるのも困る、とたこ焼きを買いに行った。まぁ、お店から見える所にあるし、眼を離さなければ大丈夫だろう。


 やなぎは、周りをきょろきょろと見回している。列に並んだアオイがやなぎを監視するようにじっと見つめている事に気付くと、ブンブン、と満面の笑顔で手を振る。アオイも少し照れくさい思いだが、手を振り返す。

(なんやあれ、ほんまに幼児なんちゃうか……? フィジカルが150センチくらいある幼児やんけ……恐ろしい)


 小さく息を吐いたアオイは、やなぎの記憶について、思いを巡らせる。彼女がどういう状況なのかは、少しずつ解って来た。ここに来てからのわんぱくさには流石に目を瞑れない。見た目年齢だけで言えば、彼女は17歳程だ。だというのに明らかに言動が幼い。記憶によって形成されるはずの人格が知識だけで形成された影響だろう。知識にあるモノを試したい、知識によればこうすれば良い事が起きる、知識によれば、この感触は気持ちいもの、知識によれば気持ちいいは好きである、知識よれば……。そうやって形成された彼女の人格から引き起こされる行動は、周囲から見ればわんぱくに見えるだろう。


 元の性格が分からない以上、断言するのも、あまり良くない事かもしれないが、明らかに、彼女は幼児退行している。


 恥というモノが欠如している可能性さえある。恥というのは、知識ではなく経験則だ。彼女にはそれが無い。多少の倫理観がぶっ壊れている可能性があるのだ。


 そんなモノを野放しには出来ない。


(妖魔の事もあるし、うちがちゃんと面倒見てやらんとなぁ……。記憶が戻った時、恥ずかしくて死にたくならない程度には止めてやらんとあかん)


 何をすれば記憶が戻るのかは分からない。祓え戸に行った所で手がかりが見つかるとも思えない。


(もうすぐどっかの地域で行方不明の話が出ると思うんやけどな……1人暮らししてたらあかんか……? けど、何日も帰ってないって解ったら住んどる所の大家さんか誰かが気付くやろ。せめて1週間は様子見るか)


 名前は違うが、顔は同じのはず。京周辺で行方不明届けが出されているのなら、調べるのは簡単だ。別の都道府県からやって来たと言われたら苦労はしそうだ。


「お次の方ー」


 と店員に呼ばれて、アオイはソースたこ焼きの6個入りを2つ注文する。鰹節、あおさ、マヨネーズは当たり前に着ける。(毎回思うけど、必須やのになんでオプションなんやろ。無料やし)さぁ、それはお店側からしか分からない事である。まぁアレルギーとか色々関係しているんじゃないだろうか。



 本来呼び出し機みたいなのを渡されて席で待つのがフードコートだが、たこ焼きは出来上がりが早く、尚且つ、何十個も一気に作るので、待ち時間が無いに等しい。2分程待つと、湯気をたんまり放出している計12個のたこ焼きが盛り皿に乗せられ提供された。


「おおきに~」


 と受け取って、やなぎの元へと向かう。


「お待た~、ほら、たこ焼きやで~」


 と彼女の前に置くと、やなぎは目を輝かせる。


「おぉ! これが本場のたこ焼きですか!」

「あれ、やなぎって関西の人やないん?」


 あと微妙に京はたこ焼きの本場って訳じゃない。関西だから一括りにされたのだろうか。


「たぶん、私関西人じゃないです。たこ焼き食べた事無いですし」

「それは、記憶が……! 無いからや……ないん?」

「違うと思います。あんまり自信は無いんですが」

「ええよ。手がかりではあるからな。じゃあどんなとこやったか解るか?」

「それは解んないです……どんな所なんだろう」


 やなぎは首を傾げるも、視線はずっとたこ焼きに向いている。


「すまんすまん、邪魔したな。食べてええよ。熱々やから良く冷ましてから食べるんやで?」


 と言う彼女は、ひょいぱく、とたこ焼きを1つ口にする。関西人の謎の特技である、「熱々を冷ます事なく食す事が出来る」が発動された。きっと舌先がたこ焼きに触れていないのだろう。確か熱さを感じる器官は舌先にあったはずだ。


「熱々なんじゃ……」


 やなぎも大変困惑している。アオイは、たこ焼きを飲み込んで、にっと笑う。


「ええやろ~、関西人の舌は他と違ってな? 熱を一瞬で冷ます事が出来るんやで」

「えぇ!?」


 嘘である。ある訳ねーだろ。熱が一瞬で冷めるなんて、パチンコじゃないんだから。


「じゃあ、アオイさんが口にしたのを食べればだいじょーぶって事ですか?」

「どういう意味?」

「口移し……?」

「あほか。あんま冗談キツイといてこますぞ」


 いてこます? とやなぎが首を傾げる。※大阪弁でやっつけるとか、そういう意味です。京弁ではありません。


「ええから、ふぅーふぅーすりゃ食べられるやろ?」

「はーい」


 言われた通りに、息を吹きかけ冷ましてから口に運ぶ。もぐもぐ、と暫く咀嚼して、


「タコの味がちゃんと…………しますね!」

「くふふ、美味いやろ~」

「とっても! なんか、バラエティ豊かな味がします。まず一番に来るのが、ソースの味なんですけど、後からあおさの風味がちゃんと来て、かつ鰹節とタコの少しの海鮮が鼻から抜けていくというか」


 あおさも、一応海産物やで~、とアオイが少しだけ訂正する。


「ここのフードコートは、ほんまにたこ焼きが美味いんよ。食べた事無いなら余計おすすめやわ」


 ひょいぱくと次々に食べながらアオイは、やなぎが美味しそうに食べる様子を微笑ましく思っている。自分が好きなモノを誰かが好いてくれるというのは存外に嬉しいモノである。趣味の合致は、やはり関係を深める大きな要素だ。


「止まらないですね、これ。6個なんてあっという間だ……!」

「もうちょい買えば良かったな」

「また食べたいですね」

「また来ような」

「はい!」


 出来ればその頃には寄り道は控えてな、と小声で言うと、やなぎは首を傾げていた。


(まぁそれもたまにならええか。ほんまにたまになら)

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