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第7話 妖魔の子

 お出掛けの準備を終えた2人は一緒に喫茶へと降りる。


「あ、2人とも、起きてたのね。これから起こしに向かう所だったわ」

「珍しいこともあるもんやろ?」

「えぇ任務の後なのにね」


 ふふん、とアオイが胸を張って、ドヤっと見せびらかす。


「……それが続けば良いんだけど」

「それは無理やな。うちもやなぎも朝が弱い事が解ったわ」

「最悪だわ」


 出迎えたのはミナト。人間の姿になっていて、やなぎは少し残念。周りを見ると、何人かの人間の従業員が居て、各々開店前の準備を行っている。どこからどう見ても人間で、やなぎはとても残念。


「珍しい恰好してるわね、アオイ。そういえば出掛けるんだったわね」

「珍しい恰好なのは認めるわ。うちも背伸びした感ある」

「似合ってるわよ。それで、車で行くの?」

「そのつもりやけど、なんか問題あるか?」

「あー……じゃあついでにお願い聞いてくれないかしら」


 少しだけ悩んだ後、ミナトはアオイを呼んでやなぎを置いて隅の方へと行ってしまった。


「その、絶対嫌と言うと思うんだけど、祓え戸に寄って欲しいのよ」

「無理に決まっとるやろ。やなぎの事どうすねん」

「大丈夫、やなぎの事は伝わってないわ」

「……そうかもしれんけど。何や? 何か用か?」


 怪訝そうな顔をするアオイに、ミナトはとても申し訳そうな顔をする。


「任務用の車の修理中に使わせてもらう代車の申請書類。誰かさんが天井斬った上に窓を割ったから、必要なのよ」

「……あー。そりゃ断れへんな……でも、やなぎ連れて行きたくないんやけど。何かあるかもしれんやん」

「大丈夫でしょ。喫茶の新しい子って言えば怪しまれる事は無いわ」


 それはそうかもしれんけど……とアオイはまだ渋る。やなぎの存在が祓え戸にバレるのは非常にマズイ。非人道的な研究を行われるとかそういうのは無いが、妖気を貯め込んでいたという話を聞けば、祓え戸で管理される事になる。

 アオイにとってはそれは大変困る。祓え戸にとって、やなぎは危険因子である。実際、昨日のやなぎは、アオイから見て妖魔か人間か分からない状態だった。


 人間が妖魔になる。そういう話は聞いた事が無い。なんだかんだ数年祓妖師をやってきたアオイだが、あれらは影であり人ではない。鏡世界の住人から漏れ出たモノである事は間違いないが、あれを人なんて呼べるはずもない。


「アオイから見て、今のやなぎはどう?」

「人間や。妖気なんて欠片も溜め込んでない」

「なら大丈夫でしょ。そもそも妖気を感じ取れるのなんて祓妖師だけ。その祓妖師が連れているのなら、他の祓妖師も何も言わないわよ」

「……そうかぁ? そうかなぁ……そうかもしれんけどさぁ」

「任務用の車両じゃないと、出撃出来ないわよ」

「それは困りモンなんやけど、明日とかじゃあかん?」

「さっさと行きなさい」

「………………どうにかするかぁ……」


 会話を終えた2人がやなぎの元へと戻ると、やなぎはなんだか目を輝かせている。


「何、どないした?」

「もふもふ!」

「あぁ……他の子らへの紹介。約束やったな。ミナト一旦幻術解けるか?」


 アオイがそう言うと、ミナトはやれやれ、と指をぱちんっと鳴らす。すると、人間に見えていた従業員たちの姿たちまち変わって行ってしまう。


「おぉ~!」


 猫、犬、熊、レッサーパンダ、フェネック、沢山の動物たちが二足歩行で歩いている。サイズ感はミナトと同じくらいだ。


「皆、ちょっとええか~?」


 とアオイが呼ぶと、彼らは短い脚で、こちらへと集まって来る。やなぎは、うぎょ~! とキモイ声を上げている。ほんとにもふもふ好きなんやな……と少しだけアオイが呆れているが、興奮は冷めやらぬ。


「すまんな~、準備中やのに。この子な、新しくここに住むやなぎって言う子なんやけど、明日か明後日くらいから皆と一緒に働く事になるからよろしゅ~な。人間ちゃんやで」

「珍しいですね、アオイさんが人間を連れ込むなんて」

「詳しい事は明日話すわ。ちょっとうちとやなぎは出掛けてくる。喫茶の事は任せたで?」

「お任せを」


 レッサーパンダの渋い声が応える。やなぎは解釈違いを引き起こした。可愛い子からは可愛い声がして欲しいのである。わがままだなこいつ。


「も……もふもふ……?」

「もふもふやで~。なんでちょっとショック受け取んのや?」

「申し訳ない。私が喋ったからでしょう。見た目と声のギャップでショックを与えてしまった様です」

「あぁ、かまへんかまへん。あんさんの声めっちゃええもんなぁ。ダンディでうちは好きやで」

「ありがたいお言葉」


 レッサーパンダは深々と丁寧なお辞儀する。やなぎは解釈違い。けどなんか良いかも。と何か新しい扉の鍵が開いたようだ。


「やなぎ、この子ら見た目めちゃくちゃかわええけど、妖魔やからな」

「はい」

「もふもふやからってほんまにもふもふしに行ったら痛い目合う事もあるかもしれん。あんま無理なじゃれ方すると危ないからな。懐かない犬猫と一緒やと思うのが1番ええから」

「その通り。私共は妖魔にございます。人間とは本来相容れぬ存在故、人間を傷付けてしまう事があるやもしれません。極力気を付けますが、事故は避けるべきです。あまりべたべたと触られるのはお控えいただくのが賢明かと」


 レッサーパンダは喫茶に集う妖魔代表なのか、紳士風の挨拶を行いながら、やなぎへ注意喚起する。


「しかし、どうしてもというのであれば、私は、胸のあたりを撫でられるのが好きです」

「あたいは頭!」「俺は顎下かな」「私は撫でられるのはちょっと」「おいらは腕なら触って良いぜ!」


 なんと寛容な事か。妖魔全員が撫でられても平気な所をそれぞれ宣言している。なんと優しい。やなぎは歓声を上げて、きゃーきゃー言いながら、手始めにレッサーパンダの胸の辺りをもふもふする。


「……! これは中々の毛並みですな……。レッサーパンダ……良い!」

「フ、こう見えても、毛並みには並々ならぬ拘りがありましてね」

「それじゃうちらは行ってくるわ。留守の間は任せたで。ミナトちゃん、幻術よろしゅーな。ほら、やなぎ、行くよ」

「はいはい。行ってらっしゃい。良いのが見つかると良いわね」


 アオイに首根っこを掴まれて、暫く抵抗していたが、霊力を使った腕力には勝てず、ずるずると引き摺られてもふもふから遠ざかってしまう。


「向こうでぬいぐるみ買ったるから今は我慢しい!」

「いえ、それは申し訳ないので遠慮します!」

「なんだこいつぅ!」


 あぁーもふもふがー、と喚きながら、やなぎはアオイに引き摺られたまま、裏口から連れ出されてしまう。この裏口はガレージに繋がっているらしい。工具や端材が散らばった作業台や、ジェリカンが置かれた広い空間のその中心に車が止まっている。


「そういえば、昨日乗ってた車って……」

「あれは任務用のやから、お仕事以外で使えへんよ。やから今日はこっち」


 任務用の車は家の前に停めていた。プライベートで使う車はガレージに入っているらしい。

 濃い青のクーペ。4人乗りだ。アオイは、遠隔キーで鍵を開け、ほら、ここ乗り、と助手席を開ける。やなぎは、うん、と頷いて彼女の案内に従い車に乗り込む。アオイがドアを閉めて、運転席に乗る。


「運転出来るんですね」

「まぁな~。便利やと思って一昨年取ったんよ」

「へぇ~。なんかかっこいいですね」

「たばこ吸ったらもっとかっこええかな?」

「絶対やめてくださいね」

「じょーだんや。たばこはやらんよ」


 エンジンを掛けて、ガレージを遠隔で操作して開く。


「パルタ行けば今欲しいもんは手に入るやろ。えっと、ナビ、ナビ……」

「パルタ?」

「駅前のショッピングモール。駅前なだけ結構お店入っとるから楽しめるんちゃうかな」

「楽しみです」


 ナビの入力を終えたアオイが、よっしゃ行くで、とアクセルを踏んで車を発進させる。


「そういえばなんですけど」

「うん? なんや?」

「昨日私が居たあの空間って何なんです?」


 やなぎがアオイと出逢った場所。まるで別の世界に踏み込んでしまったかのようなあの空間は一体何だったのか、と問う。


「あれは、妖魔が創り出す結界みたいなモンやね。鏡世界の環境を少しだけ再現して、妖魔自身を強化しとる。うちら祓妖師は妖魔の出現やのーて、あの結界の出現を感知する事が多いんよ。何せとんでもない量の妖気が放出されるからな~」

「なるほど?」

「まぁ妖魔については、あんま気にせんといてや。やなぎが知るべき妖魔の事はうちの従業員の事やで」

「それは是非知りたいですね。あのもふもふ達、まるで天国でした……。明日から一緒に働いて良いんですか!?」


 やなぎの準備が整ったらな、とやなぎが続ける。


 空はとても晴れやかだ。昨日の雨が嘘の様で、若干湿気が残っているくらい。


「良い天気ですね~ペトリコールの匂いもしないや」

「ぺとりこーる? なんやそれ?」

「雨の後の地面の匂いです」

「そんな名称あるんやな、あの匂い。うちちょっと苦手」

「独特ですからねぇ」


 陽気な音楽が鳴る車内。何を話せばいいんだろうと、やなぎは色々と話題を探す。天気の話はしたし、昨日の事は聞いた。やなぎは会話が下手なのである。


「えと、今日買うモノって何でしたっけ」

「着替えに歯ブラシ、食器……まぁ沢山やね」

「ほんとに良いんですか?」

「ええよって言ってるやろ~? あんまりしつこいと怒るで」

「ひぃ~……。ありがとうございます。ほんとに」

「……あぁあと、ほんまに申し訳ないんやけど、帰りに祓え戸に寄る事なる。そん時は、新しい従業員って名乗るようにして欲しい。色々とややこしいんよ」

「了解です。従業員って事しか答えません!」

「やなぎは偉いなぁ、よぅ解ってくれて助かるわ」


 パルタと呼んでいたショッピングモールはどれくらい遠いのだろう。駅とは京駅の事。京で一番大きい駅で、都市の中心だ。大体何でも揃うのが使いやすい。

 昨日居た稲京いなきょうとはまた離れているし、宇瓦五条からもかなり離れている。1時間以上は見積もるべきだろう。

 ……良く見ればナビに時間描いてるじゃねーか。予測時間1時間22分らしい。結構遠い。


「えと……」


 何を話そうか、と悩んでしまう。


「ええよそんな会話続けようとせんでも。そこの携帯端末で車の音楽変えれるから好きなモン選び?」

「音楽…………わかんないです」

「音楽は忘れてんのか。まぁ気になるの探してこうや。因みにうちは……」


 と言いながら、ハンドルをとんとんと、叩く。何かリモコンの様なモノが着いているらしく、簡単な操作で流す音楽を変えられるらしい。それ、ハンドルに着いてて良いのだろうか。


「これとか好きやな?」

「じぇーぽっぷですか?」

「そー。今流行りのバンド」

「めちゃくちゃ愛歌ってますね」

「ええやろ別に~。うちだってラブソングくらい聞くわ」

「可愛いですね」

「その基準はおかしい」

「えぇ~?」


 (絶対私がラブソング好き~って言ったら同じこと言う癖に)やなぎはちょっと納得行かずに、携帯端末で楽曲を探す。


「履歴……めちゃくちゃ同じバンドの聞いてますね。推しなんですか?」

「いや全然? 曲が好きなだけや。好きやなって思った曲が多いだけやで」

「バンド推しって訳じゃないんですね」

「うち顔とか興味無いしな。曲を推す事はあってもバンドを推す事はせんなぁ」


 そういう雑談を交わしながら、車は街中を進んでいく。


 パルタまで、あと1時間15分。

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