第4話 家となる場所
「ふぃ~……なんとかなったなぁ。一時はどうなることやと」
「生きた心地がしません……。お巡りさんって刀の事見えてましたよね?」
逃げ帰る様に宇瓦五条にある喫茶「あまみこ」へと到着した。あの騒動の後、天井が裂かれ、窓が割れた状態のボロボロの車で移動した為に、警察の方に声を掛けられたのである。
「まー、一応国家さんはうちらの存在認めとるから、何かあっても問題無いんやけど、それはそれできんちょーするやんなぁ」
当の本人は寝てたけどな。そりゃもうぐっすりと。ダブルピースで笑顔見せた5秒後には夢の中だった。
「にしてもどうして目が覚めたんですか?」
「さぁ? 分からん。急に力戻って来てな? そんでなんかずばば! ってやったら行けたで」
「……何一つわからない……」
「まぁそれはともかく。ようこそうちらの根城。純喫茶「あまみこ」へ。今日からここがやなぎの職場兼お家やで」
木造のお洒落な喫茶だった。あまみこなんて名前だから、コンカフェみたいな感じかと思っていたけれど、純喫茶だ。良かった……。
観葉植物が彩る玄関に、中は結構広く、なんというか暖かい雰囲気。木の匂いが漂ってきそうな程だ。
「とりあえず、今日は休もうや。ミナトもお疲れさん。今日はもう休んでええで?」
「そうするわ。変身もそろそろ限界だし」
変身? と疑問を口にする前に、ミナトの姿がぽんっと消えて代わりに
「え──! たぬき!?」
愛らしい二足歩行のたぬきが居た。(たぬきが立ってる。かあいいー!)たぬきに視線を合わせるようにしゃがんで視線を合わせる。1メートルあるかないかくらいの大きさのミナトに心奪われながら手を伸ばそうとすると、
「こら、私は私なのよ。あまりそうやって簡単に触るものじゃないわ」
「はい…………もふもふ……ごめんなさい……もふもふ……」
にしても、これは一体? と疑問を浮かべる。狐の次はたぬきである。たぬきかわいー。
「ミナトちゃんは妖魔なんよ」
「え!?」
「まぁ、人に害が無いタイプと言えばええんかな」
「さっき災害みたいなもんって!」
「災害級にかわええやろ?」
「そうですけどね?」
ちょこんっと前掛けのようなものを付けたたぬきは、ふふんっと胸を張っている。何しても可愛いのはずるいと思います。やなぎの心臓はバクバクである。
「やなぎ、動物好きなんやなぁ?」
「もふもふが好きです!」
「そうなんや、ケセランパセランとかも?」
「もふもふです!」
そうかとアオイはくふ、と笑う。
「すまんけどもふもふは後にして、部屋案内するで。明日うちの従業員も紹介するわ。ミナトと一緒やからやなぎは嬉しいんちゃうか?」
「それはとても楽しみです! 早く行きましょう!」
「えらい元気やなジブン、あんだけの事あったのに大したもんやで……」
だってもふもふですよ!? とやなぎ。アオイは、せやな~、と流しながら、彼女を喫茶の二階へと案内する。カウンターから入って、厨房の奥に階段がある。そこを登ると、一気に喫茶の様相とは異なり、普通の家の様な間取りが広がっている。
「なんか、不思議な感じですね」
「まー結界張っとるからな」
そういう事が言いたいんじゃなかったんですけどね、とやなぎは口の中で言って、飲み込む。
少しだけ続く廊下の、3番目の扉を開き、アオイは、ここがやなぎの部屋なるわ、と通す。
「ちょっと汚いから掃除せなあかんけど、広さは十分のはず。何か必要なモンあったら心置きなく言ってな?」
「べっど! 大きいですね」
「元はゲストルームやったんやけど、あんま人来うへんし好きに使ってええよ。画鋲とかも刺してええから、ポスターとか飾り放題や」
わーい、やったぁ、とは喜ばなかった。記憶が無いので好きな作品が何か分からない。記憶を消してもう一度見たい作品みたいなのあるけれど、本当に記憶消えたら見たい作品がどれかわかんねぇのである。可哀想にね。
「そんで、ここがトイレ、こっちがお風呂。台所で、リビングな。こっちがうちの部屋。何かあったら気軽に呼んでええから」
一通り案内されて、やなぎは急に手持無沙汰になった。
「必要なもんは明日買いに行こか。着替えとか、お箸とか、化粧品とかな」
「でも私お金」
「喫茶で働いてくれるんやから、それでちゃらやちゃら。あれやふくりこーせー的な?」
なんて言いながら、でもあれやな、今日の寝巻困るな~……と腕を組んでいる。
「下着も無いで、どうしよか」
「……その別になくても」
「いやあかんやろ。何言うてんねん。確か今ってコンビニでも売って……あかんここ田舎やからコンビニ無いわ」
何気に田舎と認めてるんですね、と言葉が出そうになったが、やなぎは偉い子なのでぐっと堪える。
「……新しいのあったっけ……下はともかく胸はサイズがな……。え、それともやなぎって裸族やったりする? あかんで、それはうちでは認められん」
「ちょっと! 一日くらい平気って意味ですよ!」
「せやんな。良かった……」
文句なんて言ってられないし、無いものは仕方ない。
「とにかく、寝間着だけは貸せるから、それでどうにか……カッパ着てたとは言え、濡れたやろうし、下着は……あー……ちょっと探してくるから、お風呂は後でええ?」
「あ、はい。ありがとうございます」
いやぁ、途中で気付けばよかったのになぁ、うち寝てたけど。と言いながら、彼女は自分の部屋に戻って行った。
リビングに残されたやなぎは、手持無沙汰のまま、仕方ないので、置いてあったソファに座った。
「(色々あったなぁ……)」
と今日を振り返ってみる。無くなった記憶の上に新しい記憶が保存されている。
(とにかく、今日在った事を頭の中で整理してみよう)
──まずは人物から。
秋庭アオイ。和装の似合う綺麗な女性。良く分からない謎の空間に踏み入ってしまったやなぎを助けてくれた……? 大量の妖気を孕んでいたやなぎを斬って気絶させてしまった。やなぎの一応の名付け親でもあり、妖魔を祓う祓妖師。歳は聞くのを忘れてしまったが、大体18とかそこらのはず。そもそも妖魔とは具体的に何が目的でこちらの世界に現れているんだろう?
ミナト。丸眼鏡を掛けた茶髪の綺麗なお姉さんだった人。ドラテクだけで妖魔から逃げようと試みたダイナミックな人。他に選択肢は無かったけど、慣性ドリフトを体験する事が出来た。凄い。その正体は何と妖魔でありたぬきであった。ちょっと何言ってるか解んないな。
やなぎ。私。何も分からない。妖気を孕んでいたって言われても自覚無し。狐の妖魔に獲物だって思われてたっぽい?
妖魔については、詳しい事は分からない。何せ理解せんでええよ、と言われてしまったので、深く聞く事が出来ない。興味があるか無いかで言えば、襲って来たモノの正体は知りたいのが人間の性というモノで……。なんか鏡世界? と雷が関係してるっぽいけど詳しい事は不明。アオイさんが守ってくれるらしいので全面的に信じるしかない。
喫茶についてはまだ何も。今日は定休日である事くらいしか分からない。スタッフもお客さんも居なかったので……。
うん、色々わかんない事ばっかだ。ともかく、記憶を取り戻すのが先決かな──
こんなものか、と頷いた後、疑問が沢山浮かんできて、首を傾げる。とは言え、大体が妖魔の事だ。きっとアオイは教えてくれないだろうし、ミナトもそうだろう。今後あぁいう危険な妖魔とは関わらせないという意思に思える。
守ったると言った以上、アオイがやなぎに危険なマネさせるとは思えない。喫茶で地道に働きながら記憶を取り戻すきっかけを探さなければ。
「お待た~、ってなんや首傾げて。色々不安か~?」
「不安……もそうですけど、色々と分からない事が多くて。私は誰なんだろうとか、ミナトさんに言われた、友達とか恋人、家族って居たのかなとか、なんか、色々怖くなってきました」
「そか。それに関しては大丈夫なんて気軽な事は言えへんなぁ……。記憶が戻るかどうかはやなぎ次第やから、うちが言える事は何も無い。けど、もし記憶が戻らんくて、二度と戻られんとしても、その時はうちらと楽しい思い出沢山作ればええよ。な?」
アオイはやなぎの隣に腰掛ける。持って来た着替え類は全部一旦近くに置いて、優しく頭を撫でる。撫でるのが好きなのかもしれない。
「……どうしてそこまでしてくれるんです?」
「うちの所為で記憶を失ったかもしれん」
「たぶん違うと思いますよ」
「違うとしても、今のやなぎをほっとける訳ないやろ。妖魔絡みなのは間違いないんよ。うちは祓妖師やで? 妖魔の専門家や。うち以外に誰に頼る言うねん」
けれど、迷惑を掛け過ぎるのは、とやなぎが言う。
「アホ、せやから喫茶で働いてもらう言うとんねん。うちは聖人ちゃう。妖魔退治のプロや。妖魔の事はうちが解決する。やから、その分の対価は貰うっちゅー訳やな」
「……良いんですか?」
「良いも何も、うちが原因の可能性もあるねんで? なんでやなぎが遠慮せなあかんねん。今回に限ってはうちからお願いしたいくらいやわ。責任は取る。記憶が戻らんでも、うちが一生世話見たるさかい、安心し」
そうやって言う彼女は、和やかな顔で微笑んでいる。やなぎは凄く困って、微笑みを返す。一生世話見たる。そんなんプロポーズじゃん! と内心バックバクだが、冷静に考えてそんな訳が無いので、分割して飲み込んでいる。
「ここがやなぎとしてのお家や。例え記憶が戻って本当の名前、本当の家族を思い出しても、やなぎとしてのお家はここになる。ええな?」
「……アオイさんは、優しいですね」
「さっきも言ったけど妖魔絡みならうちの仕事や。優しいとかやない。まぁ個人的には、女の子1人放置するなんて出来んけどな? 記憶失って妖魔に襲われたなんて子を放置なんてあり得んやろ。うちはやなぎみたいな子を守るために居るんよ?」
頭を撫でるのは止めない。やっぱり好きなんだな、撫でるの。やなぎはそれを嫌がったりせず、心地良いとまで思っている。
目を瞑って撫でて貰っている感触に集中し始め、もう、ごろにゃん、と鳴き声を上げてしまおうかと悩んでいる時、
「2人共、仲良いわね……」
とミナトの声があった。ビクゥ! と身体を強張らせ、やなぎは慌ててアオイから離れる。
「なんや、 ミナトちゃん羨ましいん? そんなに撫でて欲しいなら撫でたげるで? こっちおいでや」
「要らないわよ。やなぎ、食べ物の好き嫌いはある? 覚えてる?」
「えっと……、貝が苦手……?」
「そ。了解。貝が苦手なのね。他には? 食べられない野菜とかある?」
「い、いえ特には……!」
「そ、偉いわね。よし、覚えたわ」
それだけ確認して、ミナトはリビングから出て行ってしまう。
「えっと……?」
「えらいびっくりしてたなぁ? なんや、うちに撫でられて恍惚やったから恥ずかしかったんか?」
「……わかってるなら言わないでください」
アオイはくふふ、と笑う。いじらしいと思っている笑い方だ。
「かわええのに、恥ずかしがることないで?」
「ちょっと! からかわないでくださいよ!」
「えぇ~?」
くふふ、くふ、と笑う彼女に、やなぎはちょっと頬を膨らませて怒って見せる。
「すまんすまん。つい、な。ほら、これが着替え。新品の下着見つけたからこれ着て。寝巻は洗ってあるから気になるかもしれんけど……」
「い、いえ! ありがとうございます。助かります」
寝巻を受け取って、一度広げてみる。
「わぁ~、可愛いですね、これ。アオイさんの趣味ですか?」
「せやけど……なんや恥ずいな……。あんま見んといてや」
「えぇ~、良いじゃないですか。えっと、ここを絞る……んですかね」
「そうそう。その裾んところ絞ったら調整出来る。暑い日はよーへそ出して寝てたわ」
「お腹壊しますよ」
「何度かやったわ~」
ダメじゃねーか。やなぎはちゃんと着ましょうね。その紐、多分そう言う意図で着いてるんじゃないから。オレンジの少しだぼっとした厚手のフリンジ(?)シャツに、ハーフパンツというなんとも、なんともまぁ……な寝巻である。なんともまぁ、なんともだ。
やなぎは寝巻を丁寧に畳んで、下着に手を伸ばし、……感想は何も無し。
「それで、えっと、私何すれば良いですか?」
「うん? んー……今日は何もする事無いなぁ。もう6時過ぎやし」
「じゃあえと。質問良いですか?」
「おー、なんでも聞いてええで」
「じゃあじゃあ! 他の従業員の方の事なんですけど!」




