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第3話 カンナギ

 逃げる様に、車を飛ばすミナト。その背を追う様に立ち込める暗雲に、たまらずやなぎが疑問を口にする。


「あれって、結局何なんですか? 妖魔……って言ってましたけど、雨雲と何か関係が?」

「正しくは、雨雲ではなく、雷雨に関係するのよね。稲光が鳴ると、視界が一瞬真っ白になるくらい明るくなるでしょう?」

「はい。たまに」

「あの瞬間、この世界と対として存在している、鏡世界の影が、こちらの世界に焼き付くのよ」

「焼き付く……? 影が、ですか?」

「えぇ。本来なら起こり得ない現象よ。熱線によって影が焼き付く事はあれど、雷くらいじゃ影は焼き付かない。けれど、妖魔に限っては話は別。彼らはこの世界の対の鏡世界に巣食うモノ。その異様な気配は影となって、私達が住む世界に漏れ出す。巷で幽霊だとか妖怪だとか言われている類のモノの正体はそれね」


 高速に乗り、更に速度を上げる。暗雲から逃げる様に飛ばしている。


「そして、暗雲が立ち込め、天を割る雷が閃いた時、その影は焼き付き妖魔となるのよ」

「うーん……と。何となく理解しました」

「それで良いわよ。深く理解する事無いわ」


 彼女はそう言いながら、バックミラーで背後の空の様子を確認している。雲は広がり続け、後方に土砂降りの雨を齎している。


「酷い雨、さっきと同じくらい……?」

「この雲、まるで……」


 着いて来ているみたい、とミナトが口にしようとした瞬間、少し後方が、ガッシャンッ!! と激しい衝突音が聞こえた。


「何!? 事故!?」


 動揺したミナトがやなぎに問う。やなぎは慌てて後方を確認する。


「事故……もだけど、何だろアレ……黒い……犬? 狐?」


 大きな動物の様な黒い影が暗雲を引き連れやって来ている。


「妖魔……!? なんで真っ直ぐこっち向かってくるのよ!」


 更にアクセルを踏んで、速度を上げる。雨雲は背後を着いて来ている。本来であれば車のスピードに雨雲がついて来る事なんて滅多に無いだろう。大気の移動に合わせて移動するだけの雲が、まるで意思を持つ様にアオイたちを追いかけている。明らかに、狙ってきている。


 犬……いや、恐らくは狐を模した妖魔は、空を駆けている。


「あんなの見たらパニックになるんじゃ……」

「一般の人には見えないからそれは安心して。やなぎが今見えているのは恐らく妖気を貯め込んでいた影響ね。しっかり捕まりなさい。追いつかれてなるものかッ!」


 狐は、彼女達が乗る車を認識した途端、降下を始める。


「アオイさん……はっ!」

「ダメ、起きない。1時間きっちり寝るわよ、そいつ」

「マジですか。じゃあ」

「さっきも言ったでしょ、逃げるしかない!」


 高速道路とは言え、制限速度はある。けれど、今は緊急事態。ミナトはアクセルを踏み、ハンドルを切りカーブだろうが減速しない姿勢を見せる。慣性ドリフトである。すげー初めて見た。


「くっそ、なんであいつあんなしつこいのよ。何が目的? …………………………いえ、そんなはず」


 ミナトは1つの可能性を切り捨て、とにかく逃げる事に専念する。


「私のドラテクみさらせやぁッ!」


 車の間隙を縫い、スピードを緩める事なく、走る、走る。


 狐は道路に着地し、やなぎは改めてその大きさを認識出来た。


 デカイ、とにかくデカイ。4トントラックくらいのサイズ感の狐が追いかけてきている。


 やなぎはなんだかもふもふした様な見た目のそれに、妖魔って割りにちょっと可愛げあるな……なんて思いながら、じっと見つめる。


 どうして妖魔が彼女達を追うのだろう。こちらには妖魔を断つ刀が居る。本来であれば絶対に避けるべき相手。大抵の場合、妖魔とは言え死は恐ろしいようで、祓妖師の近くには基本的に出現する事が無い。

 影自身が、祓妖師の危険性を理解しているのだ。だから、祓妖師は妖魔の出現報告が多い所に居を構え妖魔を牽制するのだ。その関係で1年前にアオイが引っ越した、という訳。田舎は妖魔の出現率が高いのである。


 だというのに、アレは明確にこちらを追いかけている。アオイと接触する危険性よりも優先度が上のモノがある、という事。


 それはきっと────────


「雨が降ってたおかげで車通りが少なくて助かった! 功罪ってやつね」

「ミナトさん、このままじゃどうしようもなく追いつかれますよ」

「マジか、結構飛ばしてるんだけどな、私!」

「……狙いは、私ですよね、きっと」「そんな訳無い! ある訳ないでしょ! きちんと掴まってなさい、頭ぶつけるわよ!」「客観的に考えて、解りますよ、それくらい。大丈夫、降ろしてください」「高速で止まれる訳ないでしょ」「緊急事態って事で、ほら、端に停めれば問題無いでしょう?」「そういう問題じゃないわよ、馬鹿」


 ミナトは決してアクセルから足を外さない。ブレーキなんて踏むはずがない。


「私、記憶無いので、死ぬ事は怖くありませ「ふざけんなッ! 記憶が戻ったらどうする訳!? そもそも、あんたが目的って決まった訳じゃないでしょうが! 弱ったアオイを確実に殺す為かもしれない!」


 ミナトは自分で言って、それは無いな、と心の中で否定する。もしそうだったら今までも追われていなければおかしい。けれど嘘でもいいから何か言わないと、やなぎは本当に身を投げてしまいそうな嫌な予感がある。

 記憶が無い。それは、やなぎの元の人格さえも無かった事になったという事。もしこの状態で死んだら、元の人格はどうなる? 知らない間に死ぬなんて最悪だ。死んだら永遠に思い出せないんだから。


「記憶を失う前に友達が居たかもしれない、恋人が居たかもしれない! 家族だってっ! それを無視して死ぬとかありえん!」


 死ぬと決まった訳じゃないが、死ぬと決めつけて喋った方が効果的だろう。今のやなぎからは生きる気力が全く見受けられない。


「もし違えばそれで良いんですよ。何も変わらない。少し変な奴が居たなって思ってくれるくらいで」

「もう口聴かん。鍵もロックした。やなぎはここから逃げられないわ。何があっても生きて喫茶に帰るのよ。それに、1時間。1時間耐えれば、アオイが目を覚ます。そうなれば──!」


 助かる。そう口にした途端、ドスンッ、と背後から衝撃音が響く。狐の前脚が地面を踏みしめる音。


 追いつかれる──その瞬間、車はトンネルに突入した。4トントラック程の大きさだが、尻尾や耳を含むともう少し大きい。トンネルをスムーズに移動するには巨大すぎる。それ故、トンネルに入ってから距離が開いた。


「あっぶねー。トンネルは苦手な様ね。これなら、ワンチャンあるわよ」


 トンネルを駆け抜ける。やなぎは背後をじっと見つめている。狐は既に移動していて、トンネルの入り口には姿が見えない。あっちは少しだけ遠回りをしなくちゃいけない。だから、可能性はある。


「狐、先回りしませんかね?」

「山を大回りしないと追いつけないから、この速度で突っ込めばなんとかなるはず。ほんとなら、Uターンしたい所なんだけど、高速だし……」

「もう法律ガン無視してるんですけどね……速度、どれくらいオーバーしてます?」


 ははは、とミナトが乾いた笑いを浮かべる。危険運転の極みである。まぁ、後でどうにか誤魔化すわよ、と言う彼女に、やなぎは首を傾げる。誤魔化すって、何を?


 トンネルの中を駆け抜けて、空の下に出る。青空が見えているけれど、この青空もすぐに雲に覆われるだろう。異常気象ってレベルじゃない。意思を持った雲なんて最悪だ。


 ビッシャァァアン! と雷も鳴っている。


「これが鳴る度に妖魔が!?」

「そこまで連発して出るなら人はとっくに滅んでいるわよ。安心して、頻繁には出ないから。つまり、あの妖魔は、アオイが処理したと思っていたモノと同一個体の可能性がある」

「そういえば、狐の石像? みたいなのありました」

「なら、きっとそっちが本体だったのね。《《扉》》は破壊したって言ってたし、雨も上がったのにどうして……」


 カーブを曲がり、車を抜きどんどん進む。時速200キロは出ているんじゃないかと思う程の速度。

(乗用車ってこんなに速度出せるものなんだ)なんて思いながら、背後を見る。


「……」


 狐が、やなぎに視線をばっちり合わせている。まさしく獲物を見る眼だ。狩られる側の視点というのは、中々体験出来る事ではない。人間である以上、大抵の場合狩る側だ。あの狐の眼は、執着にも似たモノを感じる。


 ダメだ、追いつかれる。例え最高速度でぶち抜いても、スペックには限界がある。乗用車は獣から逃げる様に出来てない。そも、高速道路だからこそここまで逃げられた。運が良いと思った方が良い。


 車が狐の間合いに入る。4トントラック程の大きさの狐は、前脚を持ち上げ、ドンっと地面を突く。道路が揺れる。その揺れはあまりに大きく、スピードを出し過ぎた車は、制御を失いかける。


「──────ッ! くっそ!」


 ミナトが必死でハンドルを握り、どうにか制御を保つ。けれど、スピードは落ちた。狐にとってはその一瞬の隙さえ生まれれば良かったのだ。


 ビタっ! とまるで車自体が金縛りにあったかのように、全ての慣性が消え、車が停止した。物理現象を完全に無視した現象に、身体だけが置いて行かれ、シートベルトに抑え付けられているとは言え、ガクンっ! と大きく身体を揺らされた。

 やなぎは、アオイを守るようにかぶさって、衝撃から耐えようとする。


(きっと私が狙いだ。あの場所に居たのは、声に呼ばれたから。獲物を逃さまいと追いかけて来たんだ。だってあの声、あの大きい頭の人型とは関係無い所から聞こえた)


 そう、あの大きな頭をした人型の妖魔と狐の妖魔は別物である。確実に獲物を得る為に二匹の妖魔が協力? そういう事もあるのだろうか。


 やなぎは妖魔については何も解っちゃいない。何も知らないし、理解出来ない。けれど眼の前に居る。巨大な口を開き、自分を食い殺そうとする大きな狐の見た目をした妖魔が在る。


「……っ!」


 アオイを守るようにかぶさって、ぎゅっとアオイを抱きしめる。記憶の無い自分の命なんて、役に立たない。だったら妖魔を断つ力を持つ彼女を少しでも助けられる確率があるなら、とシートベルトを外して、彼女に覆いかぶさった。それだけが、今彼女に出来る事だったから。


 開かれた口が、車へと近づく。


「やなぎ!」


 とミナトが呼ぶ声が聞こえるけれど、覆いかぶさった身体は硬直して動かない。恐怖は思考を遅らせる。ただ、自分より価値あるものを守りたい。そういう想いだけがやなぎを突き動かし、アオイにかぶさったが、しかし、奇しくもその行動が、未来を変えた。


 口があと2メートルの所までやって来て、もう終わりだ、とミナトもやなぎも諦めた時、やなぎに力が抜けるような感覚があった。


「──?」


 一瞬の事で、何が起きたか理解出来なかったけれど、その直後、狐が大きく後退した。

 それは刀。やなぎの身体で抑え込まれるようにされていたアオイの手が刀を握り、振り上げている。車の天井を切り裂き、刀に宿った光が、狐の妖魔を弾き飛ばしたのだ。


 覚醒した彼女は、やなぎをどかし、鍵が開かないので躊躇いなく窓を割り、外へと出ていく。


「アオイ……さん!?」


 呆気に取られて、慌てて呼び止める。(1時間目が覚めないんじゃ……!)なんて疑問は、アオイの、にっ! と花咲いた笑顔に消し飛ばされた。


 彼女は車の上に飛び乗る。


「最高な目覚めや。今までで一番いっちゃん身体が軽い。なんでやろな?」


 言いながら、刀を構えた彼女は、ふぅ、と息を吐く。


「今ならやれる気ぃするわ。──────カンナギ」


 刀から迸る光が、彼女の見開かれた瞳に光景を映す。


「祓いたまへ、清めたまへ。祓え戸の大神より賜りし我が身が此処に、剣の鋭さ研ぎ澄ましいざや舞い、妖魔を切り断たん」


 刀だけじゃない。彼女を覆う空気が一変した。その一挙手一投足が、まるで舞の様に美しく映えている。雨がやって来て、空は暗くなったというのに、彼女だけが陽の光を受け輝いているかのよう。


祓神楽ハラエカグラ


 とんっと、とても軽い1歩。舞踊の様な軽さの1歩の後、何が起きたか、狐の尾が断たれた。


 2歩。こつんっと車の屋根を叩くような2歩目。彼女が纏う和装がふわりと舞う。見えない斬撃が、狐の耳を断つ。


  3歩

    4歩

      5歩


1歩進む度、狐に対し容赦ない斬撃が繰り広げられる。舞うような姿からは考えられないような重い一撃。4トントラックとタメを張る巨体の狐を弾き飛ばしながら、1撃1撃有効打を与えている。


        6歩

      7歩

    8歩

  9歩

10歩目で、決着が着いた。


 すとんっと、狐の首が落ちたのである。10歩目、彼女はたんっと地面を蹴って、動きを完全に封じた狐の首元へと飛び上がり、シュンっ! と刀を振り上げた。

 それはまるで豆腐を切る様に柔らかく、恐ろしいと感じる程に美しく、彼女の刀は首を裂いた。


 あまりに軽い足取りに、やなぎは口を開いたまま閉じる事を忘れ、ただその所作の美しさに見蕩れていた。


「守ったるって言うたやろ?」


 とっと着地したアオイは、やなぎに、ダブルピースをお披露目して、にこっと笑った。


「──────────っ」


 明けた空から漏れる太陽に照らされたその姿はまるで、


「天女様みたい」

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