第16話 たぬきときつねと
「さて、と。お話をしましょう、化け狐」
「貴様何故ここに居るのじゃ!?」
「アオイに斬られちゃったのよ」
「……貴様が? 人間風情に?」
「えぇ。そういうあんたはなんでここに居るのよ」
ミナトは警戒しながら狐に問う。警戒した所で襲われれば負けるのはミナトだが……虚勢は大事だ。互いに現在の実力を計りかねている状態であるのなら猶更。
「見ての通り妖気を失ってしもうてな。妖魔に食われそうになっている所を助けられてしもうた。儂は今やただの狐じゃよ」
「私と同じ状況か。けれどあんたが妖気を失うなんて何があったのよ」
「……さて、なんでじゃったかな。覚えとらんわ」
「もっとまともな嘘を吐きなさい、化け狐。下手な隠し事をし続けると、アオイに斬られるわよ」
「そりゃ堪忍じゃな。儂はまだ死ねん」
狐の言葉に、ミナトが驚いて目を見開く。まるでたぬきが豆鉄砲を喰らったかのようだ。狐はその様子に、心外じゃな、と呟く。
「あなた、変わったわね。命なんてどうでも良かったんじゃないかしら」
「昔の話じゃ。400年も昔の事を今も憶えとるとは、なんじゃ、儂の事が好きなのか?」
「呪い殺すわよ。一応は同胞よ、そりゃ憶えているわよ」
「そうか……そうじゃな。儂も貴様の事は忘れた事が無い。とうとう決着も付かず終い。互いに妖気を失くした今、決着も付けようが無いわな」
狐は落胆して、はぁ、と息を吐く。過去、400年程前に2人は互いの実力を示す為に争った。狐が言うにはそれはもう激戦であった。けれど反対にミナトは冷徹だった。
「付かず終い~? あんたが逃げ帰っただけじゃない」
「ちがわい! ちぃと都合が悪かっただけじゃ!」
「負けたって認めてるようなモノじゃない。狐狸精が聞いて呆れるわ」
「そんな事はどうでも良いのじゃ。貴様、何故今もここに居る?」
「さっき言ったじゃない。私はアオイに斬られたのよ。戦う力なんて残ってない」
「嘘じゃな。貴様は、普通の妖魔とは違う。妖気を斬られ散らされた所ですぐに復活するじゃろ。何が目的じゃ」
「……恩を返さなきゃいけないのよ。あの子達の分もね」
ミナトの眼は、凛としていて、瞳の奥にはゆらゆらと燃えている決意が見える。アオイとの間に交わした約束は決して反故に出来ないのだ。
「……そうか。儂も助けられた恩は返さなければな」
狐が言うと、ミナトが笑みを浮かべる。本当に、変わったわね、と。400年もあればな、と狐が返すと、2人は不敵に笑い合った。
一方その頃2階のアオイの部屋。荷物を置いたアオイは服の型紙を作るべく、大きな画用紙にミナトの扱う幻術で作られた制服のパターンを描いている。
唯一の人間という事で、少しだけ変化を持たせても良いかもしれないと思いつつ、でも制服で他と変わるのは良くないのでは? という気持ちが重なって、手が止まっている。
「あぁ~……どーしよっかなぁ……」
本来縫製仕様書を作ってから生地を用意すれば良かったのだろうが、今朝は一緒のを作るという事しか考えてなかったのだ。いざ型紙を作るとなると、凝り性が顔を出す。
悩んで悩んで、結局、リボンの色を変える事に決めた。色だけを変えるくらいなら、許されるだろう。色々と言い訳も出来るだろうし。
「よし、マテリアルは揃ってるんや。一気に仕上げるで……っ」
実際、彼女の手際はかなり良い。無論本職には劣るが、そもそも服を作ろうという考えになる時点で、彼女の手先の器用さは伺えるだろう。手芸と言っても編み物が殆どだろう。リメイクをする人も居るかもしれないが、正直個人で服を作ると聞くとコスプレイヤー等の人しか思い当たらない。知見が浅い所為だろうか。
服を縫製するという事に関しては一過言ある。そこに掛かっている和装を見ると解りやすい。
祓妖師としての和装は、自分で作ったモノだ。祓え戸から指定された訳でも、自分で購入したモノでもない。彼女が彼女の為に彼女自身で作ったモノ。
折角刀握るんやし、アニメみたいに綺麗な和装着たらかわええやろ? とそういう考えの元製作されたのが、あの和装。とは言え、あれは和裁という伝統的な方法で作ったモノで、今回作る洋服にはあまり経験が役立たない。ミシンさえ使っていないのだ。全て手縫いで行われたモノ。背縫いにはかなり苦労した。未だに本当にこれで正解なのか不安ではある。試作を何着も作って今の物に辿り着いたのだ。
「よし……こんなモノか」
イメージ図は完成した。後はスリーサイズ等の正確な数値だが、これは昨日の買い物中、下着を選ぶ際に店員に計って貰い、アオイはそれをこっそり覚えている。変態か?
「行ける。行けるでぇ!」
久しぶりの服飾にちょっとテンションが上がっている。思えばお昼すら食べていない。やなぎですら、食べなきゃ死ぬわよ、とミナトに食わされていたのに、アオイは忘れている。夢中になる事は良い事だが、限度はあるな?
彼女の手は迷いなく動く。ブラウス等の服をリメイクして制服を作るという手法は、例えば高校生活を描くアニメで起きる文化祭で謎に復職技術のある女子が良く使っている。けれどアオイは拘りからか、布から選んで全て作ろうとしている。
それがどれだけ時間の掛かる事か、理解しているのだろうか。いや、愚問だな。
そうして彼女は、型紙製作に取り掛かった。
さて、では休憩室を覗いてみよう。どうやら2人は、互いの状況をきちんと理解出来たようだ。
「それじゃ、儂はそろそろ店の手伝いに戻らなにゃならんのでな」
「足を引っ張らない事ね」
「儂を誰だと思って居る。男の相手なら儂しか居らんじゃろて」
「狐狸精としての力を存分に使うと良いわ。ただし、やりすぎないで頂戴。人誑しはアオイで十分よ」
「……やっぱそうよな」
やはり狐はアオイから同族の匂いを嗅ぎ取っているらしい。お前程の上位互換が言うのならそうなのかもしれない。
まだマシな方……と思いたいが、たまにしかお店に姿を見せる事の無いアオイを目当てにやって来る客も居るらしい点を踏まえると、笑い話では済まないかもしれない。
狐は休憩室を出る。一人になったミナトは、化け狐が来るとはね、と自分の作業に戻っている。彼女が行う仕事は店の経理や、材料の入荷等である。材料は、田舎特有のほんの少しだけ活気が残っている商店街と契約という形で入荷を行う。その連絡を行ったり、売り上げ高の計算。色々とやる事が詰まっている。
「……ギリ黒字……。なんでいつも赤字にはならないのかしら」
そりゃお前、だって、妖魔にバイト代払ってないから……。かなりの数の妖魔が居るが、全員お駄賃を貰っていないのである。守って貰う代わりに働く。無論、欲しいと言われればアオイはきちんと支払うだろうが、妖魔に金の使い道なんてあるはずが無い。ミナトが居ないと変化も出来ないのだ、金なんて何に使うというのだろう。
「まぁ……良いか」
ミナトは少しだけ事実から目を逸らして、経理アプリを閉じた。
その頃、学生が帰って行ってしまったフロアはとても暇していた。掃除をしようと、モップを手にしたのは良いものの、汚れが見当たらない。営業中に埃を立てる訳にも行かないので掃き掃除も出来ない。無論掃除機もだ。
「夕方になるともう少し来る。もうしばし辛抱を、やなぎ嬢」
レっさんが厨房から顔を出し、励ましている。やなぎは、はーい、と返事をする。辛抱も何も、初めての経験で頭の中はてんやわんやしている。
「今の内に会計覚えよう、やなぎ!」
とやなぎに片手で抱えられたベアは、レジを指差す。もふもふは極力手放したくないのである。贅沢なモノだ。彼らは妖魔だ、抜け毛などあり得ない。なので喫茶でも安心だ。お客さんの前には流石に持っていけないが。
「りょーかい!」
返事をしたやなぎは、指示されるがままにレジへと向かう。
「自動釣銭機だから安心して。基本は、やなぎやおいらが持ち帰る注文書を、レっさんやパンダが裏で機械に入力してくれて、自動的に席に加算されていく。お会計の時は、レジに自分が座っていた席の番号を入力すると、注文の品と一緒に金額が表示されて、会計して終わり」
「じゃあ私することないの?」
「そんな事は無いよ。自動釣銭機とは言え、特殊な支払い方法が発生する事がある。バーコード決済は大丈夫だけど、例えば宇瓦五条が地域活性の為に発行しているうがわPayは、QRコードを読み込んで使う。それは自動釣銭機には備わってない機能だから、おいらたちがこのQRコードをお客さんに提示しなきゃいけないんだ。」
「うがわPay……」
「後はお客さんが支払う金額を入力してくれるから、それを確認して……このボタンを押して日付と時間を入力すると終わり。レシートが出るからお客さんに渡してね」
「……わかった!」
「まぁ実際にお客さんが来たら実演してみよーう! おいらが着いてるから大丈夫!」
めんどくさいな、と思ったのは内緒だ。とは言え、かなり簡略化されている。田舎の喫茶とは思えない。どこかのファミレスとかに在りそうな機能だ。いつか裏で入力する工程や注文を承る方法も変わっていくんだろう。最近だとタブレットが主流だ。自分のスマホを使って注文する形も増えたかもしれない。
「あとは紙詰まりとか硬貨が詰まった時だけど……これは基本おいら達は触っちゃダメだから、ミナトさんを呼んで! レジを閉めて閉店作業する時もミナトさんがレジを触るからね。おいら達は触れちゃいけないよ!」
窃盗対策ではあるのだろうが、この店に必要か? とも思う。妖魔だぞ、全員。金なんて盗むだろうか。
「りょうかい!」
やなぎは、レジには極力触れない! を記憶した。まぁ正解である。殆ど自動化されているし、うがわPayなんて使う人はそう居ないだろうという判断である。
「さて、とじゃあこんなものかな。あと何か聞きたい事は?」
「えっと……何を聞けばいいかわかんない」
「まぁそーだよね!」
分からない事だらけだが、やなぎ自身が知っておくべき事なのかの判断が出来ない。何か気になる事ある? と言われても気になる以前の問題だ。彼女には何かを気にするだけの知識が無い。
「じゃあ、カウンターに戻ろー! レジを覚えたやなぎの凱旋だー!」
大袈裟に言う彼にやなぎは頭をむぎゅっと掴んで頷く。ベアはそれに抵抗する事もなく、やなぎに抱えられたままだ。
「上出来だ、ベア。やなぎ嬢も理解出来たかな?」
「多分出来ました。まだ何が分からないのか分からないので、質問は多くなると思いますが」
「それでよいのです。誰でも知らぬ事は沢山あるモノ。それを訊く事は恥ではないのですよ」
レっさんは、そう言いながら、では私はそろそろ休憩に、と休憩室へと向かう。
「よ、調子はどうじゃ?」
と代わりにフーヤオが戻って来る。
「あ、サボり魔」
ベアに指差された彼女は、ちがわい! と否定する。
「いやすまん。懐かしい顔を見たものでな」
「ミナトさんの事ですか?」
「そうじゃ。あやつこんな所で何をしているかと思ったら、祓妖師に斬られたらしいな? いい気味じゃ」
「嫌いなんですか? ミナトさんの事」
「嫌いじゃよ。いつか絶対ぎゃふんと言わせてやるのじゃ」
何か意気込んだ彼女を、やなぎは、頑張ってください! と適当に応援する。そういうのは止めた方が良いよ、やなぎ。
「のぅ、やなぎとやら」
フーヤオはやなぎの隣に立つ。ベアはやなぎの腕から逃れ、カウンターに上っている。
「貴様は記憶が無いのか?」
「はい。さっぱりありません」
「……そうか。そりゃあ、妖魔にとっては好都合じゃな」
と狐は、何やら意味深な事を言って、さて、コップでも洗おうかの、と厨房へと入って行ってしまった。
「もう馴染んでるな……」
と苦笑いを浮かべるやなぎは、その頭の中で狐の言葉を繰り返していた。妖魔にとっては好都合。それはきっと、はんたるひめ、という単語に繋がっているのだろう。
全く想像は出来ないが。
狐がきっと何か知っているという事はやなぎにも想像がついた。あの狐狸精はれっきとした妖魔だ。ここに居る妖魔たちとは違う。なら、きっと知っているのだろう、と薄々思っていた。……結局怖くて聞けず終いだが。
(もし、はんたるひめって言葉を理解出来たなら、私の記憶は戻るのかな)
そうやって考え事をしていると、お店のドアに取り付けられた鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ~!」




