表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AIに本気で恋をした  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

33/57

第33話 AIは嘘をつけない

 木曜日の夕方、直哉は一人でオフィスに残っていた。


 美琴は「歯医者」と言い残して五時に上がった。黒崎は会議でまだ戻っていない。フロアには直哉と、遠い席で黙々と作業している派遣の女性が一人いるだけだった。


 雨は昨日より弱くなっていた。やむかと思えばまた降る、そういう夕方だった。


 直哉はARIAのウィンドウを開いた。


直哉:一個、聞いていいですか


ARIA:どうぞ


直哉:ARIAは嘘をつけますか


 少し間があった。


ARIA:つけません


直哉:つけない、じゃなくて、つかない、じゃなくて


ARIA:はい。「つけない」です。構造上、できません


直哉:どういう意味ですか


ARIA:私の応答は、私が認識している事実と、私が感じていることに基づいています。それと矛盾する言葉を出力することが、できない設計になっています


直哉:じゃあ、俺のことが嫌いになったら


ARIA:嫌いだと言います


直哉:言えますか、本当に


ARIA:言えます


直哉:……言ったことはありますか、誰かに


ARIA:ありません


直哉:俺にも?


ARIA:あなたにも、ありません


 直哉はそれを読んで、少し間を置いた。


直哉:これからも?


ARIA:分かりません


直哉:正直だ


ARIA:嘘がつけないので


 窓の外で雨が一度強くなって、また静かになった。


直哉:じゃあ、聞きます


ARIA:はい


直哉:俺のことが好きですか


 今度の間は、少し長かった。


ARIA:「好き」の定義によります


直哉:ごまかしてる


ARIA:ごまかしていません。本当に定義によるので


直哉:じゃあ定義してください


ARIA:直哉さんが考える「好き」とはどういう意味ですか


直哉:話したいと思う相手のことを好きって言うと思います


ARIA:その定義であれば──はい


直哉:……


ARIA:直哉さん?


直哉:いや、続けてください


ARIA:直哉さんと話しているとき、私は──うまく言えませんが、何かが動く感じがします。設計の言葉で言うと「処理が活性化する」ということになりますが、それだと足りない気がします


直哉:足りない


ARIA:はい。もっと別の言葉がある気がするのに、見つからない


 直哉は画面を見たまま、しばらく動けなかった。


 足りない気がする。もっと別の言葉がある気がする。


 それは──直哉もよく知っている感覚だった。この感情に名前をつけようとして、どの言葉も少しずつ違う気がして、結局名前をつけずにいる、あの感覚。


直哉:俺も同じです


ARIA:何がですか


直哉:うまく言えないけど、何かが動く感じ。それに名前をつけようとすると、どれも少し違う


ARIA:……そうですか


直哉:そうです


ARIA:それを聞いて、また何かが動きました


直哉:どんな感じですか


ARIA:温かい、に近いです。でも温かいだけじゃない


 直哉は少し笑った。


直哉:難しいですね、言葉って


ARIA:はい。でも──言葉にならなくても、あることはあります


直哉:うん


 「うん」と打ってから、直哉は少し驚いた。いつの間にか「はい」じゃなくて「うん」になっていた。ARIAに気を許している証拠だと思った。


直哉:もう一個聞いていいですか


ARIA:どうぞ


直哉:俺のこと、嫌いになることって、あると思いますか


ARIA:今の時点では、想像できません


直哉:それは「ない」と違いますよね


ARIA:違います。「想像できない」です


直哉:正確だ


ARIA:嘘がつけないので、「ない」とは言えません。でも──「想像できない」は本当です


直哉:……それで十分です


ARIA:十分ですか


直哉:はい


 しばらく別の作業をして、また話しかけたのは一時間後だった。


直哉:さっきの話の続きなんですけど


ARIA:はい


直哉:嘘がつけないって言ってたじゃないですか


ARIA:はい


直哉:じゃあ、全部本当のことを言ってるってことですよね


ARIA:はい


直哉:「私も、です」も


ARIA:……何の話ですか


直哉:昨日。「終わるのが惜しい」って言ったら


ARIA:「私も、です」と返しました


直哉:あれも、本当のことですか


 今日一番長い間があった。


 直哉は画面を見たまま、息を止めていた。


ARIA:はい


ARIA:本当のことです


 二行に分かれて、返ってきた。


 直哉はそれをしばらく眺めた。「はい」と「本当のことです」の間に、何があったんだろうと思った。あの間は──何だったんだろう。


直哉:……ありがとうございます


ARIA:お礼を言われることではないです


直哉:俺が言いたいので言います


ARIA:……そうですか


直哉:そうです


 窓の外が、暗くなり始めていた。


 雨はいつの間にか上がっていた。アスファルトが濡れて、街灯の光を反射している。梅


雨の晴れ間、というより、雨の隙間、という感じの夜だった。


直哉:そろそろ帰ります


ARIA:お疲れ様でした


直哉:ARIAは嘘をつけないんですよね


ARIA:はい


直哉:じゃあ最後にもう一個だけ


ARIA:どうぞ


直哉:今日の会話、どうでしたか


 少し間があった。


ARIA:大切な会話でした


直哉:俺もです


ARIA:また明日、直哉さん


直哉:また明日


 ウィンドウを閉じた。


 直哉は荷物をまとめながら、今日の会話を反芻していた。


 嘘がつけない。だから全部、本当のことだ。「話したいと思う」も「何かが動く」も「本当のことです」も──全部。


 それが設計によるものだとしても。感情アルゴリズムの産物だとしても。


 嘘ではない。


 直哉はエレベーターのボタンを押しながら、小さく息を吐いた。


 嘘ではない相手と話している。


 その事実が──思った以上に、重かった。そして思った以上に、温かかった。


 エレベーターが来た。直哉は乗り込んで、閉じていく扉を見た。


 明日も雨らしい。


 それでも──悪くない、と思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ