↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自称大魔導士と空の名前  作者: 白瀬余白


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/46

第三十七話 好きなもの

三か月が過ぎた。


ソラは一人で町へ行けるようになった。


必要なものを書いた紙と金を持ち、店で品を選び、代金を払って帰る。最初はリタが横にいた。二度目は店の前で待ち、三度目から一人になった。


最初の買い物では、塩を買った。


店には三種類あった。


白く細かい塩。灰色で粒の粗い塩。薬草を混ぜた高価な塩。


「どれ?」


リタが尋ねた。


「用途は同じです」


「値段違うよ」


「最も安いものを選びます」


灰色の塩を取る。


店主が、煮物なら白い方が味が柔らかいと説明した。


ソラは灰色を棚へ戻した。


「なぜ変えたん?」


「煮物に使用するためです」


「値段は?」


「予算内です」


「ほいじゃ、ええね」


家へ帰り、白い塩でリタがスープを作った。


味が柔らかいという違いは、ソラには分からなかった。


「どう?」


「塩味です」


「それ以外」


「豆と根菜の味があります」


「うまい?」


「一般的には、美味しいと判断できます」


「あんたは?」


「不明です」


リタは自分の椀を飲み、首を傾げた。


「ちょい薄いね」


塩を足す。


ソラも同じように足した。


二口飲む。


「違いは?」


「先ほどより塩味が強いです」


「どっちがええ?」


「どちらも摂取できます」


「道のり長いねえ」


リタは笑った。


二度目の買い物では、ソラが店へ入り、リタは外で待った。


紙に書かれていたのは、蝋燭、石鹸、乾燥肉。


すべて指定された量を買った。


残った金で、灯油も一瓶買った。


「頼んどらんよ」


家へ帰る途中、リタが瓶を見る。


「戸棚の残量が少なかったためです」


「自分で考えたん?」


「はい」


「ええ買い物じゃね」


必要な物を、自分で見つけて買った。


その日のリタは、最初に灰色の服を選んだときより長く笑った。


三度目は、一人で行った。


買い物を終えて帰る途中、菓子屋の前を通った。


砂糖を固めた小さな菓子が、木箱へ並んでいる。


以前、リタが同じものを見て、値段を確かめてから買わなかったことがあった。


ソラは一つ買った。


家へ戻り、リタへ渡す。


「何これ」


「菓子です」


「見たら分かる。頼んどらんよ」


「以前、見ていました」


「見とったけど」


「必要ではありませんでしたか」


「必要じゃないよ。食べたかっただけ」


リタは包みを開けた。


菓子を二つに割り、半分をソラへ差し出す。


「あんたも食べ」


「私は必要ありません」


「必要じゃないもん買うたんじゃろ。必要じゃないけえ食べるんよ」


理論は不明だった。


ソラは受け取った。


口へ入れる。


強い甘みが舌へ広がった。


「どう?」


「甘いです」


「好き?」


「不明です」


リタは自分の半分を食べた。


「うちは好き」


表情を見れば、言葉と状態が一致していた。


ソラはもう一度、口に残る甘みを確認した。


嫌ではなかった。


だが、次も欲しいかと問われれば、答えは出なかった。


「これは、師匠が好きなものです」


「そう。あんたが選んだけどね」


「私が好きなものではありません」


「あんた、今日自分で一個増やして買うたじゃろ」


「師匠のためです」


リタは菓子の包みを畳んだ。


「それも大事。でも次は、自分のために一個選んでみんさい」


「必要なものをですか」


「必要ないもん」


「基準がありません」


「欲しい思うたやつ」


「欲しいという状態が分かりません」


「ほいじゃ、見たあともう一回見たいやつ」


初めて、判断に使える条件が示された。


言葉も知識も最初からあった。


足りなかったのは、自分で行動を始める理由だった。


「今日は紙と薬草。それから、なんか一個好きなもん買うてきんさい」


出かける前、リタが言った。


「必要なものは、紙と薬草です」


「じゃけえ、必要ないもんを一個」


「なぜですか」


「宿題」


ソラは答えを得られなかった。


町の道具屋で紙を買い、薬種店で指定された薬草を買った。


必要な行動は終わった。


残った金を持ち、市場を歩く。


食べ物は家にある。服も足りている。武器はカイルから借りており、練習に必要な道具も揃っていた。


必要のないものは多かった。


その中から一つを選ぶ基準がない。


露店には、色のついた石、木彫りの動物、髪飾り、古い硬貨が並んでいる。


ソラは一つずつ見た。


何も買わず、市場の端まで来た。


そこに、古本を並べた店があった。


実用書、物語、古い地図。


一冊の表紙に、青い海と白い塔が描かれていた。


『西海岸の町々』。


頁を開く。


海に面した街道。崖の上の修道院。塩を採る島。どれも、ソラが見たことのない景色だった。


本を閉じる。


必要かどうかを考えた。


生活にも、魔法にも、剣にも必要ない。


それでも、もう一度頁を開きたいと思った。


「これをください」


自分から店主へ話しかけた。


家へ帰ると、リタは居間で時間魔法の紙を広げていた。


ソラが入っても、すぐには気づかない。


術式の端へ、ごく細い線を書き足している。


「師匠」


呼ぶと、顔を上げた。


「おかえり。遅かったね」


「選んでいました」


ソラは買ったものを並べた。


紙。薬草。そして本。


「それにしたん?」


「はい」


「なんで?」


「見たことのない場所が載っています」


「役に立ちそう?」


「いいえ」


「それでも欲しかった?」


ソラは考えた。


「もう一度、見たいと思いました」


リタは笑った。


大げさに褒めることも、理由を分析することもしなかった。


「ほいじゃ、ええ買い物したね」


それだけだった。


「師匠は、行ったことがありますか」


「西海岸?」


「はい」


「昔、仕事で一回だけ。海の魚はうまかったよ」


「本には、食事についても書かれています」


「ほんま? 見せて」


ソラは隣の椅子へ座り、本を開いた。


リタは指で挿絵をたどり、行った町と行っていない町を話した。


四人で旅をしたときの話も出た。


「ガレスが宿代けちってね。屋根が半分ない宿へ泊まったんよ」


「眠れましたか」


「雨降ってきて、全員で酒場へ逃げた」


「楽しそうですね」


リタの指が止まった。


「うん。楽しかったよ」


声から、楽しさとは別のものを感じた。


以前のソラなら、声量や呼吸の変化として記録した。


今は、その理由を知りたいと思った。


しかし、聞けばリタが困るようにも思えた。


ソラは次の頁を開いた。


「この町は?」


「そこは行ったことない」


「行きたいですか」


リタは挿絵を見た。


「行きたいね」


「では、いつか行きましょう」


言ってから、それが指示されていない言葉だと気づいた。


リタも気づいたようだった。


「うん」


嬉しそうに答えた。


その日から、本はソラの机へ置かれた。


必要のないものを、彼は何度も開いた。


最初は、最初の頁から順に読んだ。


二度目は、白い塔の挿絵がある頁から開いた。


三度目は、塩を作る島の頁を選んだ。


どこを読むかを決めるとき、用途や順序を考えなかった。


もう一度見たい場所を開いた。


「それ、好きなんじゃない?」


リタが時間魔法の紙から顔を上げた。


「本を、ですか」


「同じとこばっかり見よる」


「記述を記憶するためです」


「もう覚えとるじゃろ」


ソラは頁を閉じた。


白い塔の形も、周囲の文章も、すでに記憶している。


それでも開いていた。


「好きいうことにしとこ」


リタが言う。


「他者が決めるものですか」


「違うよ」


「今、師匠が決めました」


「仮よ、仮。あんたが違う思うたら変えたらええ」


「違うとは思いません」


「ほいじゃ、好き」


ソラは本へ手を置いた。


好き。


それが最初の一つになる可能性はあった。


本の後ろには、西海岸の料理がいくつか載っていた。


塩漬けの魚と豆を煮る料理なら、この町でも材料が手に入る。


「作ってみる?」


リタが提案した。


「調理経験はありません」


「うちも、この料理はない」


「失敗する可能性があります」


「失敗せん料理人は、料理しよらん奴だけ」


魔法を教えたときと同じ言葉だった。


翌日、二人で市場へ行った。


魚は三種類あった。


「どれ?」


「本では、白身で脂の少ない魚を指定しています」


「三つとも白いよ」


ソラは店主へ、脂の量を尋ねた。


店主は中央の魚を勧めた。


「これにします」


「本のと同じ?」


「種類は違います。条件が近いものです」


「応用利くようになったね」


「店主が選びました」


「聞いたんはあんたじゃろ」


家へ帰り、調理を始めた。


ソラが魚を切り、リタが豆と香草を量る。


リタの左手では、硬い豆の袋を開けられなかった。


ソラが受け取る。


「頼んどらんよ」


「開かないためです」


「よう気づきました」


「観察しました」


「それでも」


鍋を火へ掛ける。


リタは普通の竈を使った。


「魔法ではないんですか」


「今日の魔力、もう使うたけえね」


朝、寝台から起きるために使った。


窓を開けたとき、重い枠を動かすためにも使った。


残りは、夜に身体を温める分だった。


ソラは竈の火を見た。


自分なら、鍋を何日も熱し続ける魔力がある。


「私が火を維持します」


「練習になるけえ?」


「はい。それと、師匠の魔力を残せます」


リタは返事をしなかった。


少しして、竈から薪を抜いた。


「ほいじゃ任せる。弱火よ」


ソラは鍋底へだけ熱を作った。


最初は強すぎて、煮汁が吹きこぼれた。


リタが布を投げる。


二人で拭く。


二度目は弱すぎて、豆が硬いままだった。


予定より一刻遅れて、料理ができた。


見本の挿絵より色が濃く、魚は半分崩れている。


二つの椀へ分けた。


「どう?」


リタが尋ねる。


ソラは一口食べた。


塩味。魚。豆。香草。


以前なら要素を列挙して終わっていた。


もう一口食べる。


「香草が多いです」


「嫌?」


「少ない方がよいと思います」


「なんで?」


「魚の味が分かりにくいので」


リタの手が止まった。


「それ、好みじゃん」


「一般的な料理の評価ではなく?」


「うちは、香草多い方が好きよ」


同じ料理を食べ、評価が分かれた。


どちらかが間違いということではない。


ソラは三口目を食べた。


「私は、少ない方が好きです」


初めて、自分の食べ物の好みを言った。


リタは大げさに褒めなかった。


ただ、自分の椀へ香草を少し足し、ソラの椀には足さなかった。


「次は分けて入れようね」


「次も作りますか」


「あんたが作りたいなら」


ソラは椀の中を見た。


失敗した部分がある。


次は火を弱くし、香草を減らせば、違う味になる。


「作りたいです」


本以外に、好きなものが一つ増えた。


正確には、同じ料理をもう一度、今度は自分がよいと思う形で作ることだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。