↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自称大魔導士と空の名前  作者: 白瀬余白


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/46

第三十五話 大魔導士の弟子

共同生活が始まって十日後、リタはソラを裏庭へ呼んだ。


庭の中央には、藁を固めた標的が置かれている。


「今日から魔法を教える」


「私に魔法が使えますか」


「魔力はある。使い方知らんだけじゃろ」


リタには、ソラの身体を満たす魔力が分かった。


量だけなら、これまで会ったどの魔法使いより多い。


魔王の器として作られた身体なら、不思議ではなかった。


「まず、手ぇ出して」


ソラは右手を出した。


リタが指先へ触れる。


「身体の中に、流れとるもんあるじゃろ。血と違う、あったかいやつ」


「該当する感覚が複数あります」


「面倒な答え方するね。うちの魔力流すけえ、同じもん探して」


ごく微量の魔力を、ソラの指へ通した。


彼の中にある膨大な力と比べれば、砂粒ほどだった。


それでも形は崩れない。


指から掌、手首まで、正確な道を一度だけ流れる。


「これですか」


ソラの腕へ、魔力が集まった。


「そう。ちょっとだけ外へ――」


言い終わる前に、光が弾けた。


藁の標的が庭の端まで飛んだ。


地面へ細い亀裂が走り、家の窓が鳴る。


リタはソラの手を叩き落とした。


「止め止め止め!」


魔力が消える。


隣家の犬が激しく吠え始めた。


「今の量は、適切ではなかったようです」


「うちの家を壊す気?」


「ありません」


「じゃろうね。気ぃつけんさいよ」


リタは飛んだ標的を見た。


力はある。


制御は何もない。


水を満たした大きな樽に、底を抜く穴しか開いていないような状態だった。


「うちの真似して」


リタは人差し指を立てた。


小さな火を灯す。


蝋燭より少し大きいだけの炎だった。


ソラは火と、リタの身体を交互に見た。


「保有する魔力に対して、出力が高い」


「そうじゃろ」


「どのように維持していますか」


「漏らさんのよ。火に要る分だけ形にして、熱にならんかった分は戻す」


一般的な魔法使いは、使った魔力の一部を必ず散らす。


リタも昔はそうだった。


失っても困らないだけの魔力があった。


今は散らした一滴が、次に立ち上がるための一滴になる。


「最初から、できたんですか」


「できるわけないじゃろ」


リタは火を消した。


「三年かかった。今も失敗するよ」


「なぜ習得したのですか」


「使えんかったら、生活できんかったけえ」


それだけ答え、リタは自分の手を軽く振った。


指が痛むときにする動作だった。


「ソラは、最初から全部やろうとせんでええ。ほんのちょっとだけ出す練習から」


ソラは再び手を出した。


一度目は、庭の土が弾けた。


二度目は、何も出なかった。


三度目に、指先で青い光が一瞬だけ点いた。


「今の」


「はい」


「よし。今日はそれ百回」


「分かりました」


「その前に」


リタは腰へ手を当てた。


「大魔道士の弟子になるんじゃけえ、うちのことは師匠と呼びんさい」


「あなたは大魔道士なのですか」


「そうよ」


「一般知識にある大魔道士の基準と、現在の魔力量が一致しません」


「知識より、目の前の本人を信じんさい」


「判断材料が不足しています」


「誰に似たん、その融通の利かなさ!」


「私は、誰かに似るだけの経験がありません」


リタは言葉に詰まった。


「……そうじゃったね」


一度咳をする。


口元を手で押さえ、何事もなかったように続けた。


「大魔道士は保留でもええ。魔法教えるんはうちじゃけえ、師匠は確定」


「分かりました、師匠」


音として発しただけだった。


敬意も親しさもない。


それでもリタは満足そうに笑った。


「もう一回」


「師匠」


「ええね」


ソラは、その呼称を記憶した。


リタ。


自分へ名前を与えた者。


魔法を教える者。


師匠。


まだ、どれも同じ一人を分類するための情報だった。


百回のうち、光が出たのは九回だった。


七回は一瞬で消えた。


一回は大きくなり、庭の土をもう一度弾いた。


最後の一回だけ、爪の先ほどの青い光が二呼吸残った。


「終わり」


リタが言った。


「あと一回で、結果が変化する可能性があります」


「百一回目で家壊れたら嫌じゃけえ、終わり」


「疲労はありません」


「うちが疲れたんよ」


リタは椅子から立とうとした。


右脚が動かず、身体が前へ傾く。


ソラが腕を出す。


支える直前に、リタは杖で自分を止めた。


「大丈夫」


「転倒する可能性がありました」


「転ばんかったじゃろ」


「次も同じとは限りません」


「細かいねえ」


リタはソラの腕を借りなかった。


代わりに、飛んだ標的を指した。


「あれ戻して」


「命令ですか」


「頼みごと」


「違いは何ですか」


「嫌なら断れる」


ソラは標的を見た。


戻す必要がある。自分が飛ばしたものでもある。


「戻します」


標的を庭の中央へ運んだ。


次の日、リタは標的を使わなかった。


食卓へ、百粒の乾燥豆を並べた。


「今日はこれ」


「食べるのですか」


「一粒ずつ、皿へ動かす。魔法で」


ソラは豆へ魔力を向けた。


百粒すべてが吹き飛んだ。


壁、床、戸棚。居間中へ乾いた音が散る。


隣家の犬がまた吠えた。


リタは目を閉じた。


「今の、昨日より悪うない?」


「対象が百倍でした」


「動かすんは一個よ!」


二人で豆を拾った。


ソラは家具の下へ手を伸ばし、リタは椅子へ座ったまま見つけた場所を指す。


九十七粒しか見つからなかった。


「三つは?」


「不明です」


「鼠が食べるじゃろうね」


「探します」


「もうええよ。鼠への授業料」


三日目、一粒が一寸だけ動いた。


四日目、皿の縁まで届いた。


落ちた。


五日目、皿へ入った。


「できました」


ソラが言う。


「一個ね」


「はい」


「喜んどる?」


喜び。


望ましい結果を得たときに生じる感情。


胸の内側に、変化は見つからなかった。


「分かりません」


「ほいじゃ、もう一個入れてみんさい」


二つ目は外れた。


三つ目も。


四つ目が入ったとき、ソラは最初の一個より早くリタを見た。


リタは何も尋ねず、うなずいた。


十日目には、百粒のうち六十八粒を皿へ入れられた。


「今日は火」


リタが蝋燭を一本置いた。


「光ではなく、熱を作る。芯へだけ」


自分の指に小さな火を灯して見せる。


その日は手の痛みが強かった。


炎の先が揺れ、狙った芯ではなく、蝋の側面を溶かした。


リタはすぐに火を消した。


「失敗ですね」


「そうよ」


「師匠も失敗します」


「するよ。言うたじゃろ」


リタは溶けた蝋を布で拭った。


「失敗せん魔法使いは、魔法使うてない奴だけ」


「オーレンという魔法使いは、失敗しないと書物にあります」


「誰が書いたん、その本」


「オーレンです」


「ほいじゃ信用せんでええ」


ソラは、情報源の偏りという項目を記憶した。


火の練習では、最初の一回で蝋燭が折れた。


魔力を大きく出しすぎたのではない。


熱を作ることへ集中し、同時に指先へ力を入れて、芯を押したからだった。


「力抜きんさい」


リタがソラの手首を振る。


「魔法は身体から出すけど、腕力じゃない。手は道を教えるだけ」


「手を使わなくても可能ですか」


「できるよ。でも最初は、向きが分かりやすいけえ使う」


リタは自分の前へ新しい蝋燭を置いた。


今度は指を上げない。


芯の先に、ごく小さな火が点いた。


「今、どのように方向を指定しましたか」


「見たとこ」


「視線ですか」


「視線いうより、そこへ作る思うた」


「説明として不十分です」


「最初から全部言葉にできたら、三年もかからんかったわ」


ソラは同じことを試した。


火は出なかった。


夜になっても、蝋燭を机へ置いて続けた。


リタは先に寝室へ入った。


「百回までよ」


「はい」


七十三回目で、芯に火が点いた。


炎は大きくなりかけた。


ソラはすぐに魔力を切った。


火が消える。


成功ではない。


指定された大きさで維持できていない。


七十四回目。


青い火が、芯の上へ残った。


一呼吸。


二呼吸。


三呼吸。


余分な魔力が外へ漏れている。


リタの言葉を思い出す。


熱にならなかった分を戻す。


流れを逆にする。


火が小さくなった。


消えずに残る。


ソラは寝室の扉を見た。


リタを起こせば、結果を確認できる。


起こさなければ、この形をさらに観察できる。


迷った。


迷っている間に、火が消えた。


寝室の中から咳が聞こえた。


長く続き、途中で呼吸が詰まる。


ソラは蝋燭を置き、扉を開けた。


リタは寝台へ座り、口元へ布を当てていた。


「入るとき、叩きんさい」


「咳が続いていました」


「いつものこと」


「水を持ってきますか」


「頼む」


ソラは台所へ行き、水を持って戻った。


今度は扉を二度叩いた。


「どうぞ」


リタへ水を渡す。


「練習は?」


「火が三呼吸、維持できました」


「ほんま?」


「はい」


「見たかったねえ」


「もう一度、作ります」


「明日でええよ」


「今できます」


「今日は、うちの水が先」


ソラは黙った。


魔法の成功より、リタが水を必要としている。


優先順位としては明確だった。


しかし、なぜか少しだけ、火を見せられなかったことが残った。


翌朝、ソラは同じ火を作った。


リタが見ている前で、十呼吸保った。


「ようできたね」


彼女が笑う。


前夜に残ったものが消えた。


その状態を、ソラはまだ喜びとは呼ばなかった。


火の次は、水だった。


桶から一滴だけを持ち上げる。


「水そのものを作るのですか」


「最初はあるもん動かす。作るんは、そのあと」


「火は作りました」


「火は、熱と空気があったじゃろ。何もないとこから出したわけじゃない」


「魔法は、無から物質を生じさせない?」


「そう。あるもんを変えるか、動かす。魔力は、その手伝い」


リタは桶の縁へ指を置いた。


水面が小さく盛り上がる。


一滴が離れ、指の前へ浮いた。


次の瞬間には落ちた。


「短いです」


「見本じゃけえね」


「もう一度、お願いします」


「一回で見んさい」


「不十分でした」


「厳しい弟子じゃねえ」


リタは笑ったが、二度目は行わなかった。


朝、寝台から起きるために魔力を使っている。


竈へ火をつけるためにも使った。


今の一滴でさえ、彼女にとっては一日の残りを減らす。


ソラは桶へ手を向けた。


水面全体が持ち上がった。


桶の形を保ったまま、塊になって浮く。


「止め、止め!」


リタが杖を向ける。


水の下へ薄い風を敷き、落ちる方向を桶へ戻す。


半分は床へこぼれた。


「一滴言うたじゃろ!」


「一滴を指定できませんでした」


「できんかったら、出す前に止めるんよ」


「力を使用しなければ、指定できるか判断できません」


「なら、少ない方から増やす。最初から全部持ち上げん」


リタは濡れた床へ布を投げた。


二人で拭く。


ソラは桶を見た。


自分の魔力は、火のときも水のときも、求めた量より大きく出た。


「私の魔力は危険ですか」


「使い方知らん今はね」


「なぜ、教えるのですか」


「危ないけえよ」


「使わないよう指示する方が、安全では?」


リタは床を拭く手を止めた。


「あんた、ずっと何もせず生きるん?」


「不明です」


「困ったとき、誰か守りたいとき、自分で何かしたいとき。力あるん知っとったら、使うかもしれんじゃろ」


「使用しない可能性もあります」


「それは、使えるようになってからあんたが決めたらええ。知らんまま暴発するんが一番怖い」


「師匠は、私を怖いと思いますか」


リタはすぐに答えなかった。


地下で、杖を向けていた。


殺そうとしていた。


危険なら止めると、今も言っている。


「怖いよ」


リタは言った。


「あんたが何になるか分からんけえ。魔王の器じゃけえ。うちじゃ止められんようになるかもしれん」


「では、なぜ家へ入れたのですか」


「怖いもん全部殺しよったら、最後は自分しか残らんよ」


布を絞り、桶の横へ置く。


「怖いんと、あんたに選ぶもんがないんは別じゃろ」


ソラは濡れた掌を見た。


魔力を流せば、この家を壊すこともできる。


リタを殺すこともできる。


知識としては、地下にいたときから分かっていた。


今、その結果を望ましくないと感じる。


「私は、師匠を殺しません」


リタが目を瞬いた。


「急に何」


「選びました」


「そりゃ助かるけど。もっと普通のとこから選べん?」


「重要な選択です」


「はいはい。ありがとうね」


冗談のような声だった。


それでもリタは、少しだけ嬉しそうだった。


水の練習は、火より時間がかかった。


三日目、一滴ではなく拳ほどの水が浮いた。


七日目、十滴へ分かれた。


「数が違います」


「前より近いよ」


「一滴以外は失敗です」


「十滴できたんなら、十個別々に動かしてみんさい」


「課題と異なります」


「できてしもうたもん、使わんともったいないじゃろ」


ソラは十滴を一列に並べた。


一つが隣と混ざり、九つになった。


残りを円へ動かす。


形が崩れる。


面白い、と感じた。


目的どおりにできていない。


失敗のはずだった。


それでも、次はどの形なら保てるか試したかった。


「もう一度」


「一滴は?」


「あとで行います」


「自分で順番変えたね」


リタは椅子へ座った。


「ほいじゃ、好きにやってみんさい」


ソラは十滴を作り直した。


八つは円。


二つは中央。


二つが混ざる。


次は最初から九つにする。


リタは途中から、指示を出さなくなった。


成功したときもうなずくだけだった。


ソラは何度も形を変えた。


日が傾き、桶の水が温くなるまで続けた。


最後に、一滴だけを持ち上げた。


今度はすぐできた。


「できました」


「見とったよ」


「一滴です」


「最初からそれ言うたんじゃけどね」


リタの言葉は正しい。


だが、十滴を動かした時間がなければ、一滴をどこまで小さく分けるか分からなかった。


「遠回りでしたか」


「自分で戻ってこれたなら、ええんじゃない」


ソラは一滴を桶へ戻した。


その日から、魔法の練習はリタが出した課題だけではなくなった。


朝、ソラ自身が一つ試すものを決める。


リタは危険なら止め、家が壊れそうなら怒った。


答えを先に教えないことも増えた。


「師匠なのに、教えないのですか」


「弟子が自分で考えよるけえ、邪魔せんの」


魔法を使うことも、使い方を考えることも、少しずつソラ自身のものになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。