第二十九話 四人の魔王戦
ソラのいない世界で、討伐隊は四人だった。
王国騎士カイル。
聖女エレナ。
斥候ガレス。
そして、自称大魔道士リタ。
四人は国境を越え、砦を抜け、魔王城までたどり着いた。
途中で何人も助けた。何度も死にかけ、同じ数だけ笑った。
魔王城の最上階へ着いたとき、全員が傷を負っていた。
最上階の手前にいた黒い騎士を、四人で倒した。
カイルが大剣を盾で受け、リタが鎧の足を凍らせ、ガレスが首の継ぎ目へ短剣を入れた。エレナはそのあいだ、何度も障壁を張った。
倒すのに、ガレスの拘束具を二つ使った。
カイルの大盾は縁が割れ、左肩の革帯は今にも切れそうだった。
エレナは聖印を握る指が震えていた。
リタの魔力も半分を切っている。
「ここで休む」
カイルが黒い扉の前へ盾を置いた。
「魔王に気づかれとるよ」
リタは扉から漏れる魔力を見た。
向こうにいる老人は、四人が来たことを知っている。それでも出てこない。
「待ってくれるんなら、休んどこうや」
ガレスが壁へ座る。
残った拘束具を床へ並べた。
大きな鎖が一つ。細い鋼線が二組。魔導火薬は、黒い騎士へ使った分だけ減っている。
「これで足りる?」
リタが尋ねる。
「足りさせる」
ガレスは鎖を腰の巻き取り具へつないだ。
「自分へ付けるん?」
「柱が抜けたときの予備だ」
「あんたごと引っ張られるじゃろ」
「外せばいい」
腰の留め具へ手を掛け、一度で切れることを見せる。
「必ず外しんさいよ」
「お前は魔法の心配をしろ」
「はい言いんさい」
ガレスは返事をせず、次の鋼線を確かめた。
エレナがカイルの肩へ触れる。
「革帯を替えます」
「時間がかかる」
「切れてからでは遅いです」
予備の革を通し、金具を締める。
エレナ自身の手が震えていることに、カイルも気づいていた。
「魔力は」
「十分です」
「嘘をつくな」
「リタほどではありません」
「なんでうちが嘘つきの基準なん」
「日頃の行いだ」
ガレスが言った。
四人で少し笑った。
笑いが止まると、黒い扉の向こうから老人の声がした。
「別れは済んだか」
魔法で増幅されていない。
それでも、扉そのものが話したように響いた。
「あれ、待ってくれとったんじゃね」
リタは立ち上がった。
脚へ力が戻ったわけではない。座ったまま聞き続ける方が嫌だった。
「ほいじゃ、お言葉に甘えて、もう一個」
荷から残った保存食を出した。
カイルが四つに割る。
誰も味わわず、水で飲み込んだ。
「帰ったら、ちゃんとしたもん食べようや」
「お前は肉の煮込みだろう」
カイルが言う。
「あんたも来る?」
「魔王を倒したあとなら」
「エレナも」
「神殿への報告が済んでからであれば」
「ガレスは?」
「酒がある店なら」
「あるよ。ほいじゃ四人でね」
返事は揃わなかった。
それでも、四人とも立った。
「帰ったら、今度こそ国中にうちの像を建てさせるけえね」
黒い扉の前で、リタは言った。
「まだ諦めていなかったのか」
カイルが損傷した盾を構える。
「魔王倒すんじゃけえ、一個くらいええじゃろ」
「鳩の止まり木が増えるな」
ガレスが答えた。
「頭の上へだけ、浄化の加護をかけましょうか」
「エレナまで!」
三人が笑った。
ほんの短い時間だった。
ガレスが扉の罠を外し、カイルが開ける。
広間の奥に、老魔王がいた。
「四人で余を殺しに来たか」
老人が立ち上がる。
重い魔力が、広間を満たした。
「十分じゃろ」
リタは杖を向けた。
戦いが始まった。
エレナの障壁が最初の衝撃を防ぐ。
カイルが正面へ走り、ガレスが柱の陰へ拘束具を置いた。
リタは右へ回り、火を放つ。
魔王の障壁へぶつかり、消えた。
水へ替える。
黒い熱で蒸発した。
「足を止める!」
ガレスの鎖が、魔王の足首へ巻きつく。
リタは土を盛り上げ、杭を固定した。
老人が片足を上げる。
床ごと石が割れた。
カイルの剣が、その隙へ入る。
魔王の腕を切った。
黒い血が落ちる。
「虫どもが」
広間の魔力が吸い寄せられた。
リタの火が消え、エレナの障壁が薄くなる。
白と黒の光が弾けた。
障壁の表面へ亀裂が走る。
「散って!」
エレナが叫んだ。
四人が左右へ分かれる。
魔王は拘束を引きちぎり、カイルへ黒い刃を放った。
大盾が受ける。
盾の中央が裂け、カイルの身体ごと押し返した。
ガレスが最後の鎖を投げた。
魔王の腰へ巻きつけ、自分の巻き取り具へつなぐ。
「ガレス、外せ!」
カイルが叫ぶ。
「外したら止まらん!」
ガレスの足が床を滑った。
リタは風を鎖へ巻きつけた。
引かれる力を少しでも分ける。
一瞬、魔王の動きが止まった。
カイルが盾を捨て、両手で剣を振るう。
魔王の脇腹へ刃が入った。
だが浅い。
老人が裏拳を当てる。
カイルの身体が柱へ飛んだ。
「カイル!」
エレナが障壁を滑らせ、次の刃を防ぐ。
魔王はガレスへ手を向けた。
黒い光が走る。
リタは土の壁を三枚作った。
すべて砕けた。
ガレスの胸を、光が貫いた。
それでも、彼は鎖を離さなかった。
膝をつき、口から血を流しながら巻き取り具を固定する。
エレナが駆け寄ろうとした。
魔王の黒い力が、カイルへ二度目の刃を放つ。
障壁を離せない。
「ガレス、手を伸ばしてください!」
離れた場所から治癒の光を送る。
白い糸が胸の傷へ触れた。
すぐに赤く染まり、切れた。
「深すぎます」
エレナの声が震える。
「近くへ行かなければ」
「来るな」
ガレスは血を吐きながら言った。
「障壁を切るな」
「治せます!」
「嘘が下手だな、聖女様」
光の糸へ、血と一緒に黒いものが絡んでいる。
魔王の呪いだった。
傷を塞ぐだけでは足りない。浄化と治療を同時に、すぐそばで行わなければならない。
その間、カイルとリタを守る障壁はなくなる。
「うちが障壁張る!」
リタは杖を上げた。
小さな防壁なら使える。
だが、魔王の一撃を防げる強度にはならない。
「できないことを言うな」
ガレスが笑った。
「大魔道士じゃろ、うちは!」
「だから分かる。お前は、できることが多いだけだ」
いつものように、器用貧乏だと言おうとしたのだろう。
最後まで言う息がなかった。
巻き取り具が軋む。
鎖が腰へ食い込み、ガレスの身体を魔王の方へ引いていく。
留め具へ手が触れた。
今なら外せる。
それでも手は、切断用の刃を避けた。
「離しんさい!」
リタが叫ぶ。
「うちが持つ!」
「無理だ!」
「やってみんと分からんじゃろ!」
「分かる!」
ガレスは鎖を両手でつかんだ。
魔王の足が止まっている。
カイルが立ち直るまでの時間を、エレナが障壁を張り直す時間を、彼一人の身体で買っている。
「ここで離したら、俺が死ぬまで止めた意味がない」
「死んだら意味ないじゃろ!」
「ある」
短く言った。
「お前らが帰れば」
リタは魔法を探した。
鎖を別の場所へ固定する。柱を作る。風で引く力を相殺する。
どれも間に合わない。
どれも一人では足りない。
魔王が右手を上げる。
次の一撃が来れば、ガレスの身体は跡も残らない。
彼は腰の魔導火薬へ目を落とした。
残った拘束具ごと爆発させれば、魔王へ傷を与えられる。
本人ごと。
「やめて」
リタは言った。
自分でも驚くほど、小さな声だった。
「帰ったら酒飲むんじゃろ」
「俺の分も飲め」
「嫌よ。自分で飲みんさい」
「なら、安酒でいい」
冗談の形をしていた。
誰も笑わなかった。
「エレナ」
ガレスが呼ぶ。
「はい」
「三人、囲え」
「嫌です」
「頼む」
旅のあいだ、彼が頼むという言葉を使ったことはなかった。
エレナの顔が歪んだ。
それでも障壁を広げ、リタとカイルを包む。
ガレスだけが、光の外へ残った。
リタは障壁を叩いた。
「開けて!」
エレナは目を閉じ、首を横へ振った。
ガレスは笑った。
いつもの、何を言っても少しだけ馬鹿にしている笑い方だった。
「斥候を信じろ、大魔道士」
「今だ!」
火を入れた。
爆発が広間を揺らした。




