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自称大魔導士と空の名前  作者: 白瀬余白


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第二十六話 凱旋

レグナ王国の西門が見えた日、街道は人で埋まっていた。


王都の住民だけではない。周辺の村や町からも、討伐隊を迎えるために集まっている。


鐘が鳴った。


花が降る。


五人を乗せた馬が門へ近づくと、地面が揺れるほどの歓声が上がった。


「大魔道士リタ、魔王をぶちのめして帰ってきたよ!」


リタは馬上で両手を広げた。


今度は誰も笑わなかった。


「大魔道士!」


何千という声が返ってくる。


「調子に乗るなよ」


隣でカイルが言った。


「これで乗らんかったら、いつ乗るん!」


「一生降りてこない顔をしている」


「妬かんでええよ。カイルの名前もついでに広めたげるけえ」


「いらん」


エレナが笑っている。


ガレスは人混みの中に知り合いを見つけたらしく、片手を上げた。


ソラは最後尾で、門と人々を見ていた。


リタは馬を寄せる。


「どう?」


「すごい数です」


「そこ?」


「皆、笑っています」


「勝ったけえね」


「はい」


ソラも笑った。


王城では、国王へ帰還を報告した。


褒賞や爵位の話は後日になった。今は五人が生きて戻ったことと、魔王国から正式な停戦使節が来ることだけで十分だった。


祝宴までのあいだ、五人には客室と湯が用意された。


リタは服を脱ぎ、浴槽へ足を入れた瞬間、声を上げた。


「あっつ!」


「静かにしてください」


隣の衝立から、エレナの声が返る。


「久しぶりすぎて、湯の温度忘れとった」


「先に手で確かめればよいでしょう」


「大魔道士は足から行くんよ」


「その決まりは初めて聞きました」


少しずつ身体を沈める。


湯が擦り傷へしみた。泥と煤が落ち、腕へ巻かれていた布がないことに違和感を覚える。


衝立の向こうで、水の音がした。


「エレナ」


「はい」


「カイルんこと、好きじゃろ」


水音が止まった。


「今、聞きますか」


「今じゃないと二人になることないけえ」


「旅のあいだ、何度も二人になりました」


「魔王倒したあとじゃないと、答え変わるかもしれんじゃん」


しばらく返事がなかった。


リタは湯を両手ですくい、顔を洗った。


「好きですよ」


エレナが言った。


あまりに静かな声で、聞き返しそうになった。


「本人には?」


「まだです」


「なんで」


「リタと違って、決戦前夜に言える性格ではありません」


今度はリタが黙った。


「知っとったん?」


「戻ってきたときの顔を見れば」


「誰にも言わんでよ」


「言いません」


「カイルにも」


「言いません」


「ガレスは、もう気づいとるかな」


「あの方は、見なくてよいところばかり見ていますから」


二人で笑った。


「エレナも言いんさいよ」


リタは湯へ背を預けた。


「明日でも、明後日でも。時間あるんじゃけえ」


「そうですね」


短い返事だった。


それでも、明日があることをエレナが疑っていない声だった。


湯から上がると、新しい服が置かれていた。


リタのものは、深い青の正装だった。胸元へ銀糸で王国の紋章が刺してある。


「大魔道士の紋章は?」


侍女へ尋ねる。


「そのような紋章は存じません」


「ほいじゃ今から作ろ。杖と火と水と風と土を――」


「うるさくなるので、王国紋だけにしてください」


衝立から出てきたエレナに止められた。


廊下では、カイルとガレスが待っていた。


二人も借り物の正装を着ている。


カイルはエレナを見て、挨拶を忘れたように黙った。


「何かおかしいですか」


「いや。似合っている」


「ありがとうございます」


エレナは平然と答えたが、耳が少し赤かった。


ガレスがリタへ顔を寄せる。


「目隠しを借りてくる」


「今夜は耳栓もいるよ」


二人で小声を交わした。


「ソラは?」


見回す。


廊下の奥の扉が開いた。


ソラが、黒い上着を着て出てくる。旅で伸びた髪も整えられ、腕には青い布だけが残っていた。


リタは言葉を失った。


「何かおかしいですか」


カイルと同じことを聞く。


「いや」


リタも同じように答えた。


「似合っとる」


「ありがとうございます」


ソラは止まらずに笑った。


カイルがガレスへ言う。


「目隠しは二つ頼む」


聞かれていたらしい。


日が暮れると、大広間で祝宴が開かれた。


長い卓には料理と酒が並び、王国の貴族、騎士、神殿の者、前線から戻った兵が集まっている。


これまでの町で断ってきた祝宴とは違う。


五人は中央の席へ座らされ、何度も杯を上げた。


「食べんの?」


リタは隣のソラへ皿を押した。


「食べています」


「全然減っとらんじゃん」


「話しかけられるので」


見知らぬ者が次々に礼を言いに来る。


ソラはそのたび立ち上がり、律儀に答えていた。


「座ったままでええよ。今日はうちらが偉い日じゃけえ」


「昨日までも偉いと言っていませんでしたか」


「今日は国が認めとる」


「昨日までは自称だったんですね」


「あんたまで言うようになったね」


卓の向こうでは、ガレスが高価そうな酒瓶を自分の鞄へ入れていた。


「見とるよ」


リタが言う。


「褒賞の一部だ」


「勝手に決めんで」


「お前はもう十分もらっただろ。大魔道士の公認だ」


「そうじゃった。ほいじゃ、その酒うちにも飲ませて」


「空になった」


「今入れたじゃろ!」


音楽が始まると、広間の中央から卓が退けられた。


カイルは壁際に立ち、踊る者たちを眺めている。エレナが隣へ行く。


二人はしばらく話したあと、カイルが手を差し出した。


「あれ、踊るんじゃね」


「珍しいものを見たな」


ガレスが酒を飲みながら言う。


エレナはカイルの手を取り、中央へ出た。


カイルの動きは剣と違って硬い。エレナが何か囁くと、さらに硬くなった。


「あれは何を言われたんじゃろ」


「聞いてこい」


「嫌よ。あとでエレナに聞く」


リタはソラへ手を出した。


「うちらも行く?」


「踊れません」


「歩くんと変わらんよ」


「それは嘘だと思います」


「今夜くらい騙されんさい」


ソラは差し出された手を見た。


それから、取った。


「教えてください」


「任せんさい」


中央へ出る。


リタも人へ教えられるほど上手くはない。右、左と声に出し、二度ソラの足を踏んだ。


「痛いです」


「我慢」


「剣より難しいですね」


「剣のときは、うちの足踏まんじゃろ」


「踏めば斬られます」


「分かっとるじゃん」


笑いながら回る。


明かりの中で、ソラの瞳は澄んだ青に見えた。


王都へ連れてきたかった。


この景色を見せたかった。


二人で来られた。


それだけで、今夜は他に何も要らないと思った。


曲が終わる。


ソラはリタの手を離さなかった。


「明日は、朝から出るよ」


息を整えながら、リタが言った。


「どこへですか」


「肉の煮込み。昼前には売り切れるけえ」


「朝から煮込みを食べるんですか」


「五週間待ったんじゃけえ、ええじゃろ」


「はい」


「そのあと噴水。カイルんちの庭は、あいつが実家へ帰る日に一緒に行けばええね。エレナの神殿は――」


「全部、明日でなくてよいと思います」


「何日かけてもええよ。うちら、もう急がんでええんじゃけえ」


ソラの指が、わずかに強くリタの手を握った。


「そうですね」


笑った顔は、少し苦しそうに見えた。


「疲れた?」


「少し」


「ほいじゃ、明日は昼からでも」


「いいえ。朝から行きたいです」


「どっちなん」


「行きたいです」


その言葉の方が強かった。


「なら決まり。起きれんかったら引っ張ってくけえね」


「お願いします」


笑い声が周りを満たしていた。


生き残った兵が杯を上げ、楽師が次の曲を始める。広間の端では、エレナとカイルがまた並んでいる。ガレスは本当に酒瓶を鞄へ隠し終えたらしい。


明日の予定が、いくつもあった。


「話があります」


帰路で何度も先延ばしにされた言葉だった。


「今?」


「今でなければ、間に合いません」


笑い声と音楽の中で、ソラの声だけが静かだった。


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